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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第6章 L:さようなら
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第14話 ぶつかり合う親子

 そこにある色は、白と黒だけだった。


 本来ならば、心落ち着かせる澄んだ青が広がっている空も、街道を築く緑の樹木も、広大な蒼々(あおあお)しい海も、芸術的で都会的な雰囲気を漂わせていたコミフェス会場も、周辺のビル群や複雑に入り組んだ高速道路なども、すべてが白と黒だけの、味気ない色で塗り潰されていた。


 そこには人の生活感といったものはなく、すべてが無機質。数多の建物が築かれてはいるが、人の気配がまったくない、完全なゴーストタウンな様相を醸し出していた。


 空に流れる空も、ただ流れているだけで「活きている」という感じがまるでしない。コンクリート壁で砕ける波濤も、時折微風で揺れる街路樹の梢も、それは同じだった。言ってしまえばこの世界は、「死」で満ちていた。


 そして、その「死」の空気を助長するかのような、幾重もの剣戟による金属音が鳴り響いていた。あたりが非常に閑静なため、その音は非常にこの世界に良く響く。さらに言えば、この世界における、唯一の「生」の空気を、そこから感じ取ることができた。


 コミフェス会場の天井近くのガラス張りの壁が内部より一部が吹き飛んだ。耳障りなガラスの割れる音が響き渡り、大小のガラス片は地表に散らばる。


 広大なコミフェス会場は今、荒れに荒れていた。


 組み立て式の簡易の長机やパイプ椅子がひしゃげて隅へと吹き飛ばされ、会場の中央に即席の戦場が築かれていた。戦場で互いの得物を交えるのは、万条院ななせと、彼女の父親である源武(げんむ)だ。無機質な色の中で、二人だけは生きている色をもっていた。


 だが、生きた色をもった二人が振りまくのは、まごうことなき「死」だ。


 ななせの手には、刀身が炎のように紅い魔剣――『桜紅華』が。


 源武の手には、漆黒と白銀色の刀身の双剣――『干将莫耶』が。


 ななせが扱う『桜紅華』は、振るうごとに紅い軌跡を描き、源武はその軌道を予測し、『干将莫耶』で斬撃を、受け止め、受け流し、隙をついてはななせの懐に飛び込もうとする。


 ななせがバックステップで回避し、距離を取って体勢を立て直そうとするが、源武は彼女の動きを完全に先読みしていた。


 ――腐っても、あたしの親だということか……。


 ななせは舌打ちする。思えば、自分に戦闘技術を教えたのは父親だ。相手にしてみれば、自分の戦術は彼の昔の姿そのものと言ってしまってもいい。源武がななせの行動を先読みしたような動きが行えるのは、それが理由だ。


 それに対しななせは、源武の動きについていくのがやっとだった。彼のように、先読みした故の余裕はなく、その場しのぎの対処を繰り返しているので、苦労の程度に雲泥の差があった。その原因は……、ななせも薄々理解していた。


 それは一重に、これまでの積み重ね。相手をどれだけ見てきたかという、観察眼の差だった。


 源武はななせに戦術を教えるために、幼い頃から彼女の戦闘技術を観察し続けていた。観察した結果、欠点となる場所を指摘し、矯正を行うように指示を出していた。


 それに対しななせは、源武の戦術をさほど観察していなかった。見る機会に恵まれなかった、といってもいいかもしれない。仕事の際は、基本的に源武はななせを家に置いてひとりでいくことが多く、また戦闘訓練の際も、源武は欠点の指摘の際にちょっとした動作を見せるだけで、必要以上のものは見せることをしなかったためだ。対峙し、戦い合う仲となった今としては、こういうことになるのを見越して、わざと自分の戦術を見せないようにしていたのではないか、とななせはつい邪推してしまう。


 それに……、とななせ。彼女にはもうひとつ、気に入らないことがあった。


 それは、源武の双剣。漆黒と白銀の雌雄剣である『干将莫耶』の能力のことだ。

『アーティファクト』である『干将莫耶』は、あらゆるものの『(えん)』を断ち切ることができる。パンドラが志具に対して一度実践したように、その気になればマスターと『アーティファクト』の関係を『切断』することが可能なのだ。その能力を使えば、一気に自分が有利になるというのに、源武は使用しない。


 理由はわかる。おそらくは……、


 ――舐めているんだ、こいつは。


 子娘なんぞに負けない、という余裕が、源武が『干将莫耶』の能力を使わない理由なのだと、ななせは思った。徹底的にこれまで積み重ねてきた矜持を打ち砕かんとしてくる源武に、ななせは強い憤りを感じた。


 一矢報いて、やつの澄ました顔を潰してやりたい!


 そんな思いが湧くななせだが、苦々しいことに、そんな相手にまともに戦えていないというのが現実だった。憎いことに、源武の舐めた態度に、ななせは己の実力が至っていないと感じていた。


 くそっ、とななせは一度源武と大きく距離を取る。二十メートルほど距離を取るが、源武は身を低くし、まるで蛇が地面を這うように近接してくる。


 ななせは、長机とパイプ椅子で築かれた山の陰に迅速に移ると、『桜紅華』で熱の爆発を発生させる。爆発の勢いに堪え切れない机と椅子は炎を纏いバラバラになり、まるで散弾のごときパワーとスピードをもって、広範囲に放たれた。


 ななせの無差別攻撃に、源武は慌てた様子は欠片も見せない。自分に襲い掛かる熱弾だけを的確に見極め、それらを『干将莫耶』で打ち落としていく。それも、余計な所作はせず、必要最低限の動きだけで。


 しかし、ななせの攻撃はそれだけでは終わらない。駄目だとわかると、さらに次なる机と椅子の山を同様に炎の散弾として放つ。技量ではなく、物量に任せた戦術だった。シンプルではあるが、効果的なものだ。


 次から次へと放たれるななせの攻撃を、源武はあくまで冷静に対処しているようだった。


 ならば――! とななせは放つ炎の散弾に紛れて、源武との距離を詰める。先程まで後手後手に回っていたななせが、ここで初めて先手を打った。


 動きが読まれないように不規則な動きをし、なおかつ炎弾で死角となるような動きを心掛けるななせ。


 源武はななせのほうを見ていない。迫り来る炎の処理をすることだけに意識を集中しているようだった。


 ――いけるか⁉


 否、いかなくてはならない。中途半端な戦術が通用しない相手だ。迷いがある状態で攻撃しようとしたら、源武に有効な一撃を与えることができない。


 迷いを吹っ切り、ただ一点の考えだけに集中する――!


 ななせは迫る。源武の左側から。背後に回り込んでもよかったが、この男はやけに後ろに対しての感覚が鋭いことを、ななせは知っていた。それはおそらく、長年戦いの場で活躍してきた戦士としての(さが)なのだろう。


 ななせは疾駆する。彼我の距離が縮まる。源武はこちらを見ていない。彼は正面から襲い掛かってくる炎を捌いていた。


 飛ぶ炎弾よりも疾く、ななせは疾走し、源武の左脇から『桜紅華』を――――振るった。


 逆袈裟に斬り込んだななせ。しかしそれは、彼の肉を裂くことなく、黒の剣によって受け止められる。


 源武はななせを見ていなかった。お前の攻撃を防ぐのに、わざわざお前を視界に映す必要すらない。――そう、彼の行動が物語っているようだった。


 愕然とするななせ。感情に支配され、ななせはわずかな間だが、棒立ちになる。それが、命とりだった。


 ギンッ、と源武の睥睨が、ななせを射抜いたかと思うと、次の瞬間にはななせは宙に浮いていた。源武の放った、身体の芯まで響く、鋭い回し蹴りのせいだった。


 肺に溜まっていた空気が、強制的にすべて吐き出される。酸素が無くなったことで、ななせの視界が明滅する。そこに源武は、追撃を加え、ななせをボールのように遠方に蹴り飛ばした。


 身体に力が入らず、ななせは受け身も取れないまま地面をバウンドし、滑る。ごろごろと転がる様は、さしずめ毬のようだった。


 ななせの動きが停止する。しかし、意識はかろうじて保っていた。


 薄く、靄のかかったような意識。指先を動かすことしかできない身の程に、ななせは惨めさを抱いた。


「その程度か」


 動けなくなったななせに、源武は一言、呟いた。呟きほどに小さな声だったが、はっきりとななせの耳に届いた。


 その程度か。その言葉に、源武は何の感慨も抱いていないようだった。むしろこの結果は、なるべくしかなったのだと、言っているようだった。この結果は、必然なのだと。それだけ俺とお前の実力は離れているのだと。


 一撃も与えられなかった。


 惨めだ。全力を出したというのに、それでも父親には届かない。しかも彼は、手を抜いていた。なおのこと、惨めだった。


「……っ…………」


 一言、反論してやりたかった。しかし、ななせの口からは何の言葉も出てこない。それだけの体力が、なかった。


「これでわかっただろう? 所詮、子は親には勝てないというわけだ。大海を知らぬ蛙のまま、お前は家を出て、強くなった気でい続けていただけだ。護る価値もない、弱者の傍に居続けた結果がこれだ」


 弱者。


 それが誰を指した言葉なのか……。


 ななせが奥歯を噛みしめる。己の歯を砕かんとせんばかりに、力強く。全身の力が抜けているというのに、なんとも不思議な感じだった。いったい何が、自分をここまでさせるのだろうか……。


「あの小僧には関わるな。(まこと)のやつの頼みかどうかは知らんが、そんなものは守る必要はない。死んでいったやつの、無様な遺言なんぞはな」


 死んで……いった……?


「知らなかったわけではあるまい。薄々、お前も気づいていただろう? 気づいていたからこそ、やつの息子のところまで駆けつけた。違うか?」


 確かに、薄々は「もしかしたら」とは思っていた。最悪のケースを想定していなかったわけではなかった。


 だけど、しかし……もし、父親のいう通りなのだとしたら……あいつは…………。


 源武の足音が、近づいてくる。


 カツ、カツ、カツ、と……。澱みがない足音が、ななせの耳朶を打つ。


「お前がどうしてあの小僧の肩をもつのかは知らんが、自分の意志で離れようとしないのなら……」


 ななせは顔を上げる。上げた先には源武がいた。黒と白の双剣を構えて……。


「――俺が『斬って』やる」


「…………っ」


 源武は本気だ。本気で、自分と志具の『縁』を斬るつもりだ……。


 志具のもとに来て、今まで積み重ねてきた数々の思い出。交流。それらをすべて、源武は力ずくで捨てさせようとしている。


 ――…………嫌だ……。


 させるものか。されたくない……っ!


 気づけば、拳を固く握りしめていた。彼女の想いによって、失われていたはずの力を取り戻していく。


 うつ伏せだった身体を起こす。上半身を両手で支え、そこから膝をつき、立ち上がろうとする。


 動き始めたななせを、源武は冷たい目で見つめていた。無駄な抵抗を、と彼の目は物語っていた。


 なんとでも思えばいい。なんとでも……!


 お前なんかに……お前、なんかに……、


「あたしの気持ちはわからない……っ。この四か月の間に、あいつに抱いた、あたしの気持ちを……っ。お前なんかに……わかってほしくない!」


 声を張り上げると、ななせの身体から力が抜けた。片膝をつき、その体勢を維持するのが精いっぱいだった。


 源武を見ると、彼の表情に変化が起きていた。


 それは怒り。彼は平静を保っているように見せてはいるが、薄く開いた唇の隙間からは、歯を噛みしめているのが見えた。


 しかし、それもわずかの間だけ。次の瞬間には、唇を閉じ、口の端をつり上げると、こう言った。


「……所詮は、負け犬の遠吠えだ」


 敗者を嘲笑う源武。もはや、自分の勝利は確定的だと、信じて疑わない顔。


 実際、ななせはそれ以上彼に噛みつくことができなかった。しようにも、身体が言うことをきかない。


「二度と思い出せないようにしてやる。やつの息子との関係を、『干将莫耶』で斬ることなど容易いことなのだからな」


 やっぱり、斬るつもりなんだ。


 源武は再び歩を刻む。近づいてくる彼に対し、ななせは何もすることができなかった。


 失う。


 これまでの、すべてが……。


 それを思うと、泣きたい衝動にかられた。しかし、ななせはそれを理性で押さえる。この父親の前で涙など、流してなるものか……! それがせめての、彼に対する反抗だった。


 ――志具……。


 ななせの視線は、振り上げられた黒の剣に向けられる。『干将莫耶』のそれが、今のななせには首を斬り落とすギロチンに思えた。


「これで、終わりだ」


 黒の剣が――――振り下ろされる。


 ななせは、目を強く瞑る。走馬灯のように流れる思い出が、瞼の裏に映る。


 覚悟を決めたななせ。しかし……、


 ――…………?


 どういうことか、いつになっても斬られることはなかった。


 シイィ……ン、と静まり返った戦場。ふと、源武が言う。


「パンドラのやつ、しくじったか」


 え? とななせが言ったのと同時、源武がその場から飛び退いた。


 直後、ブォンという重低音が鼓膜を震わせたかと思うと、目の前を巨大な剣の刀身が走った。


 突然のことに、ななせが目を白黒とさせていると、彼女の前に、盾のように立ちはだかる人がひとり。


 源武と入れ替わるようにして現れたのは、少年だった。ななせに対して背を向けており、顔は見えない。


 しかし、ななせにはわかった。


 どうしてここに彼が……、という気持ちがあったが、それ以上に、嬉しかった。彼が、自分を探してここまで駆けつけてきてくれたことに。


「すまない、万条院。待たせてしまったな」


 少年は振り返る。


 薄く相手を安堵させる笑みを浮かべていた彼に、ななせは名前を呼ぶ。


「志具……!」


 そう。


 彼はまごうことなき、真道志具だった。


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