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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第6章 L:さようなら
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第11話 親子の再会

「とう、さん…………」


 それは、素直な驚きだった。


 どうして彼がこんなところにいるのか?


 いつからいたのか?


 何の目的で自分の前に姿を現したのか?


 いくつもの疑問が、ななせの頭の中に浮かび上がる。……が、瞬時にななせは頭を切り替え、眉をつり上げ、自分の父親を睨み付けた。そこに親子の友好など欠片もない。ただ憎むべき相手としてしか、ななせは源武のことを見ていなかった。


 対し源武は、娘から友好的にされるとは、初めから思っていなかったのだろう。実の娘に憤怒の形相をされても、彼は傷ついた様子も見せず、それどころかまるで、そよ風に当たっているかのような些細さだとばかりの態度であった。


 視線を交わす二人。その二人の異様な空気を、近くを通る人たちは不思議そうに視線を向けるが、それ以上のお祭りのような楽しい空気に呑み込まれ、気にせずに通り過ぎていく。


「久しぶりの邂逅が、まさかこのような場所になるとはな。昔からお前は、俗世にまみれて生きているな」


「そういうあんたは、時代に取り残されたみたいに石頭なんだな。いまどき、頑固なガミガミおじさんなんて流行らないぞ」


「ふん。わざわざ自分から汚れに行く必要なんてないだろ。今回はお前に会うために、仕方なしに来ただけだ」


 毒を吐くななせに、源武は同じように毒を吐いた。


「……相変わらずだな、あんたは」


「お前が家を出てから、まだ半年も経っていないからな。短期間で、人は変わることはない」


 そのようで、とななせは軽く肩をすくませる。


 しばしの沈黙。それをもって、ななせは単刀直入に話を切り出す。


「何の用だ、父さん」


「お前を連れ戻しに来た」


 短く切り出された言葉に、源武は同様にストレートな言葉で返した。


「断る。以上。二度とあたしの前に出てくるな」


 吐き捨てるように短文を言うと、ななせは踵を返し、父親に背を向ける。


「お前が自発的に戻ってこないのなら、こちらとしても力ずくでいかせてもらう」


「ほう? たとえば?」


「真道志具を始末する」


 その言葉に、ななせは即座に振り返ると、源武に憎悪と怒りの眼を向けた。


「ふざけるなよ……。あんたはどれだけあたしから奪えば気が済むんだ……っ!」


 拳を震わせるななせ。楽しい場ゆえ、その空気をなるべく乱さない様にしようと、ななせは声を押し殺す。しかし、そうしたところで、ななせの憤りは隠せるものではなかった。


「なんとでも言えばいい。俺が聞きたいのは、大人しく俺の指示に従うか、それとも、力ずくで連れ戻されるか、どちらを選ぶのかということだ」


「あたしがあんたを病院送りにするって選択肢はないんだな」


「お前は、ウサギが獅子に勝てるとでも思っているのか?」


 この野郎……、とななせは忌々しげに源武を睨みつける。


「こんなところで騒ぎを起こせば、大惨事になるぞ」


 人がごった返している会場内。こんなところで一思いに暴れれば、怪我人どころか死人が出る騒ぎになるだろう。


 危惧するななせに、源武はあくまで平静を保っていた。


「そうならないように、協力者は準備している。心配ない」


「へぇ……。ずいぶんと用意周到なんだな。わざわざ今日、あたしがどこに行くのかまで調べやがって……ストーカーの素質があるんじゃないのか? 源武さんよ」


 皮肉たっぷりに言い返すななせ。その言葉には、明らかな拒絶の意志が宿っていた。


「人探しの術を使えば、お前の居場所なんてすぐにわかる」


「人探しの術だと?」


 ななせは驚いた。


 人探しの術を使われないように、実家にある私物を、ななせはすべて処分していた。だというのに、いったいどうやって……?


 ななせのそんな疑問を解決するような言葉を、源武は言う。


「俺とお前は親子だ。親子である以上、どう足掻いたところで切り離せないものがある」


 言われてもピンとこないななせ。すると源武は言った。


「お前の身体には、俺の血が半分入っているんだ。俺から完全に行方をくらましたいのなら、自分の身体に流れている血を全部入れ替えるべきだな」


 こいつ……っ、とななせは戦慄する。


 ――そこまでしてまで、あたしの居場所を調べたのか!


 その執念、執着に、ななせはある種の恐怖を抱くと、キッと源武を睨みつける。


「……狂ってるぜ、あんた……っ!」


「なんとでも言えばいい。すべてはお前のためだ」


「ふざけるな!」


 抑えていた怒気が爆発した。


 お祭り的な雰囲気でにぎわっていたその場が、一瞬静かになる。一部の人たちは何事かと視線を向けるが、ななせはそんな彼ら彼女らの好奇の眼差しを気にするだけの気持ちの余裕はなくなっていた。


 いつも父親はそうだった。自分本位な理論を押し付け、こちらの行動を無理やり制限してくるのだ。それはリーダーシップをとって場を仕切っているというよりは、自分勝手なわがままを他人に強要しているようなものだと、今になってななせは思う。


 幼い頃はそういった父親の行動に逆らわずにいたが、さすがに我慢の限界が来ていた。


 感情のままに叫ぶななせに、源武はあくまで平然としていた。


「今はわからなくていい。だが、いずれ俺の行いが正しかったということがわかるはずだ」


「どこまで強情なんだ、あんたは……っ。理由も聞かされずに信じれるわけがないだろ! 物事の分別がわからなかった子供の頃だったらそれで通し抜けるかもしれないけどな、今はもう違うんだ! 親の言うことだからという理由で、そう簡単に納得してたまるかよ!」


「俺にしてみれば、お前はまだまだ子供だ。どうせ感情の抑制もまともにできないから、『桜紅華』も満足に扱いきれていないのだろう?」


 くっ……、とななせは奥歯をかみしめる。


 事実ゆえに反論できない。戦闘の腕こそ上がってはいるが、それでもまだまだ、『桜紅華』の能力をフルに使っているかと問われれば、厳しかった。


 だが、とななせは言う。


「今はそんなこと、関係ない。あたしが言いたいのは、とっととあたしの視界内から消えろってことだけだ」


 ななせは口調は男勝りで、それゆえにやや粗雑なところがあるが、ここまで荒々しい言葉を吐くことは滅多にないことだった。それはななせの本心が実直で、歪みがないからである。


 ななせの言葉に、源武はふっと鼻で笑った。それは彼女を小ばかにするような、憐れむような笑い。それにななせの怒りのボルテージが上がるが、そんな気持ちを無理やり押し込む。ここで感情的に言葉を並べれば、源武の思う壺である。


「悪いが、俺には退く気はない。俺を退かせたいのなら、力ずくで来るのだな」


 できるものならな、と源武はそんな言葉を口調に宿していた。


 苦々しく思うななせ。源武は、それができないことを知ってわざとそんな挑発をしている。それを見抜くのは実に容易かった。


 ――相手の挑発に乗るか?


 ななせはそんな覚悟を固めようとしていた。……が、踏ん切りがつかない。周囲にはたくさんの人がいる。ここで戦えば、間違いなく無関係な人間を巻き込んでしまう。それに、一般社会に魔術や魔術師といったものが知られることは、色々とまずかった。それは魔術師の世界では暗黙のルールであるからだ。


 だが、それは源武だってそうだった。彼にしてみても、ここで派手な戦闘を行い、魔術を行使すればただでは済まない。世界中にある魔術結社・組織から制裁を受けることは必至だ。


 二人の不穏な空気を知ってか、行きかう人々は二人を避けるようにして道を行き来していた。楽しげな場であるだけに、ななせと源武の間に漂う不穏な空気は、周囲の空気に溶け込むことなくくっきりと浮かび上がっているようだ。


「……ひとつ、訊いてもいいか?」


「なんだ?」


 ななせの問いかけに、源武は反応する。


「どうして…………母さんを殺した?」


 訊きたかったこと。


 今までも何度か尋ねてはいたが、源武は答えようとしなかった。


 だから……というわけでもないが、それでも、もしかしたら、今訊けばちゃんと答えてくれるのではないかと、そんなことを思ったのだ。返答次第では、彼の言うことを考えてみてもいいとすら、思った。


 源武は沈黙する。普段から彼は、あまり口数の多いほうではなかったが、それを考慮に入れても、今の彼の沈黙は腑に落ちないところがある。


 おそらくは、迷っているのだろう。話すべきか、否か……。


 静かにななせは、父親の次なる言葉を待つ。そこには、自分の知りたい真実があるのかどうか……。


「……話す必要はない」


 だが、返ってきた言葉は、一番聞きたくなかったものだった。


 今までと変わらない、淡々とした調子で、源武ははっきりと、そう言った。


 そうかい……、とななせは確信した。この父親とは、決してわかりあえることなどない、と。


 嫌な確信だった。もしかしたら……、という思いが、あっさりと踏みにじられたような気がした。


「……場所は?」


 と、ななせは次の句を言う。


「やりあう場所はどこがいいって訊いているんだ」


 ななせは決断していた。実の父親に、己の刃を向けることを。


 わかりあえるかもしれない、という思いをあっさりと踏みにじった父親とは、これ以上、不必要な会話をするのは嫌だった。


 はっきりと、わかりやすく、白黒をつけよう。――そう、ななせは決めた。


「こっちだ」


 ななせの意図を理解した源武は、彼女から背を向け、戦場へと歩を進める。彼の背は、ついてこい、と言っているみたいだった。


 ななせはその後に続く。


 ここで、決着をつけてみせると、そう思いながら――――。


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