奇跡の花
「長い間が経ってしまった…」
航宙軍第4派遣隊の隊長は、一本の花を持ちながら感慨深そうにつぶやいていた。
「広い宇宙の中で、ずいぶん昔に持ち帰られた1本の青いバラ…それを探すために、われわれは組織され、派遣された。すべては、このバラのためだけに……」
今からさかのぼること30年前。
どこから来たかわからない、1つのカプセルが地球へ漂着した。
そのカプセルの中には、1つの種が入っており、育てたところ、見たこともないような深い青色のバラのような花が育った。
ブルーローズと名付けられたその花は、味わったことがない極上の蜂蜜をとることができた。
だが、種を取ることができず、それを味わうためには、この宇宙のどこかにあると思われる、もともとの生息地へ取りに行く必要があった。
そのため、派遣隊が組織された。
ブルーローズを養殖する技術はあれども、すぐに枯れてしまう。
今では3つの種だけが残された状況だった。
その派遣隊の目的は、ブルーローズの種を手に入れることと、地球外生命体と友好関係を保つこと、また、養殖技術を確立するための必要なものを調査するというものであった。
これらは、同時に果たされることとなるが、それはもう少し先の話となる。
ブルーローズ到着から25年を経て、無事に派遣隊の船体が完成し、さらに1年かけて船員の訓練が行われた。
地球を出てから1年ほどで、冥王星軌道を離脱。
さらに半年後には、加速を続けて、オールトの雲外縁部へ到達。
ここで、有人飛行船としては地球よりもっとも遠くの船となった。
さらに飛行を続けることで、その目的の場所が見いだせられるだろうと考えた船長だったが、ここで一つの最大にして最難関の難題にあたった。
カプセルは地球に到着するまでの軌道はわかっているが、オールトの雲以降の軌道は、未知の空間として不明扱いとなっていたのだ。
「われらを探しているのか」
そこに現れた救いの手ともいえる彼らが、どんな存在であるか、船長はこの時点ではわかっていない。
だが、声をかけられた以上、返事をするしか方法はなかった。
「そうです。ですが、あなた方はどなたでしょうか」
「宇宙文明、といえばよくわかるだろうか。それとも、異世界人か、宇宙人か」
「宇宙人…では、ブルーローズを送ってくださったのは…」
「ブルーローズ?なんのことだ…ああ、分かった。我々とはどうやら概念が違うようだ。我々では、それをカラッチと呼んでいる。そうか、君たちはそう名付けたのか」
顔が見えない相手との通信で、船長は聞いてみた。
「もしよろしければ、そのカラッチの育て方を教えていただきたいのですが」
「ああいいだろう。君たちなら、教える相手に不足はない」
「それはどういう意味ですか」
「君たちは、カラッチを手に入れ、そして、それをより育てようとしてこの世界へと飛び出してきた。オールトの雲と君たちが呼んでいるのは、ある種の結界であり、それは、我々はアルドインと呼んでいる。ここには貴重な生命体がいるため、不可侵の領域とするという意味だ。転じて、誰からも入ってほしくないときにはアルドインといえばいい」
「はあ…」
「さて、君たちが宇宙にとって貴重な生命体だというのは、我々以外でこの空間へとでてこれた初めての生命体だからだ。我はわが一族の監視長をしている。君たちが最も有力な生命体であるということで、あれを送らせてもらったのだよ」
「なるほど…」
「ああ、そうだね、そろそろ行かねばならない」
「どこにですか」
船長は、彼がどこかへ行ってしまうのではないかと思い、言い続けた。
「安心しなさい。わが一族の惑星へと案内するだけだ。そこで、すべてを教えよう」
そういって、何か機器を操作したような音がすると、一瞬だけ、真っ暗となった。
「到着した。ここが我が居城だ。さあおいで」
船長は、何も言わなくても、自然と足が動いた。
ほかの船員も同じだった。
船から降りると、すでに建物の前に停止している状態で、彼はこちらに向かって話しかけた。
「こちらへ」
初めて見た彼の姿は、人間と同じような形をしていた。
「なに、おびえることはない。我は常に見続けていた。君たちのもてなし方は、よくしっている」
彼はそう言ったが、何か裏がありそうな気がした。
だが、船長はそのことを胸の奥に押し込めて、中へと足を踏み入れた。
建物の中は、城や王宮を彷彿とさせる構造だった。
「こちらへ」
招かれたのは、船がそのまま入れそうな大広間だった。
「歓待の準備は整えてある。君たちは、我々のゲストだ。存分にくつろぐがいい」
目の前には、ずらりと並んだ料理の数々。
「君たちの口に合うように調節はしてある。さあ、ゆっくりと」
彼はそういった。
隊長は、それを聞いて、近くにあった取り皿を1枚取って、すぐそばにあった食べ物、おそらく肉類と推定されるものを、一切れとって食べた。
「む…」
「どうかしたか」
すぐに彼が隊長に聞いた。
「いや、普段食べているものよりもうまく感じたからな…」
「それはよかった。口にあったようだな」
「いやはや、素晴らしいの一言だ。どうやったら、このような建物を作ることができるのだ。ぜひとも教えていただきたい」
「それを教えるのも、我の仕事の内だ。食べ終わると教えることにしよう。それまでは、どうか食べていただきたい。好きなだけ」
「ああ、では、お言葉に甘えて」
隊長は、彼が促すままに、食べだした。
1時間ほどで、隊長以下、全隊員は、満足するほどに食べた。
「では、君たちに教えておこう。ここは、君たちが言うM17銀河の、中心から4万光年ほど離れたところにある、小さな恒星系の、第5惑星だ。ここでは、我らの祖先が住んでいた。今では、祖先の子孫が住んでいる」
「ここで、ずっと宇宙を飛び回っていたのか」
廊下を歩きながら、彼に隊長が聞いた。
「いいや、我らには、師と呼べるような存在がいた。彼らは宇宙文明という名前で、過去、現在そして未来の宇宙を自由に行き来する能力があるらしい。だが、我らに与えられたのは、宇宙を飛ぶ力だけだ。それも、一人では飛べず、いまだに機械というものに頼らなければならない」
「宇宙文明を伝えた人たちは今どこに」
「我らはそれを探すために、宇宙へ飛び出したといっても過言ではない。彼らとよく似ているのは、君たちのほうである。我々は、その点では似た者同士ということだ」
「似た点がわからないのだが、ぜひとも教えてほしい」
「我らは、宇宙文明によって一つにつながれたということだ。さあ着いたぞ」
重厚な木製の扉を開けたところには、一台の巨大な画面があった。
「宇宙文明によってもたらされたものの一つであり、現在まで遺されている重要な機械の一つ。惑星銀河大辞典だ。古今東西のありとあらゆるものがここには記録されている。これを見せるのは、君たちが我ら種族以外では初めてとなる」
「宇宙に出れたのが、私たちが初めてだというのだから、そうなるだろうな」
隊長は彼に一応一言言ってから、その機械に触れた。
「素晴らしい。このような機械を、私たちもほしいものだ…」
「この建物や我らの宇宙船の構造は、すべてここからとったものだ。そのブルーローズと君が言ったその花も、この大辞典の技術を応用して作った」
「すべてはこの中にあるのか…」
すぐに隊長は技術士官を呼び、この機械の複製を作るように命じた。
それを見ていた彼は、何も言わずに、その部屋から出た。
隊長の主観時間で半月後、膨大な容量があった大辞典すべてのデータを移し終え、出航となった。
「では、お元気で」
「そちらこそ」
彼はそういって、別れを告げた。
「何があっても、困らないように」
それが彼と交わした最後の言葉となった。
一瞬でオールトの雲の内部にまで到達すると、通常無線で地球へ連絡を取った。
「こちら、ブルーローズ派遣隊。航宙軍第4派遣隊隊長だ。連絡を乞う」
通常無線は、光の速度でしか飛ぶことはない。
そのため、冥王星のすぐ内側にいる現状では、地球まで5.2時間ほどかかることになる。
だが、隊長はすぐに返信が来たことに驚いた。
「どういうことだ…?」
「派遣隊隊長、お待ちしておりました。彼から連絡がありまして、技術供与を受けて、超光速通信を実現することに成功しました。宇宙文明の技術というのは、素晴らしいですね」
「きみは誰だ」
「あ、申し遅れました。地球を管理しているコンピューターです」
「地球を管理するコンピューター?」
「そうです。隊長がオールトの雲を抜けてから、数日後、宇宙文明の技術があるということで、国際連合総会に乗り込み、その場で、まるで魔法かのような数々の技術を披露してくださったのです。そして、自分が生まれました」
「今はいったい何年何月なんだ」
「あなた方がいなくなってから、49年ほど経ってます。どうかしましたか」
「…そうか、いや。問題ない」
隊長はそういった。
「ブルーローズ、これがきっかけで、こうなったのか…」
すぐそばまで来ていた航宙軍の艦隊にエスコートされながら、派遣隊は帰還した。
それから、ブルーローズの技術を使い、様々なものが開発された。
それは、様々なものに応用された。
一度入れられた技術は、おそらく人類がいなくなるまで、残されるだろう。
宇宙文明がそれを見てどう思うかは、また別の問題だ。
きっと、喜ぶだろうと、彼は言った。