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** トナカイひろいました **  作者: 汐井サラサ
短編:**トナカイひろいました**
8/28

第八話

「トナカイが欲しいといえ」

「は?」

「俺が欲しいといえ」

「は?! はぁっ! 何でトナカイなんか、いや、あんたなんかいらないでしょ!」


 私が散々迷っている間に、トナカイが恐ろしいことを口走った。


「なんじゃ、トナカイが欲しいのか? トナカイなら、別にルドルフに拘らなくても良いぞ? 好きなのを選べば良い、」


 何もいってませんっ!

 私トナカイなんていりませんっ!


 そう叫びたいのに、女王様は聞きゃしない。

 大体偉い人っていうのは人の話を聞く気がない。サンタさんはその典型的なタイプに見える。


 とんっと身体を少しだけずらして私からそりが見えるようにした。


「奥から、ダッシャー、ダンサー、プランサー。ヴィクセン、ドゥンダー、ブリッツェン。キューピッドにコメットじゃ、ああ、ルドルフもおるな。どれが良い?」


 サンタに呼ばれる順番に、恭しくトナカイは腰を折っていく。

 執事喫茶? いや、トナカイ喫茶だ。いや、需要あるとは思えないんですけど。


「他のトナカイなんて意味ない。俺にしとけ」

「いや、トナカイなんて要らないし……ていうか、あんた何が出来るのよ」

「―― ……ぅ、か、家事一般とか?」


 なぜ疑問系なんだ。

 それは出来ないんだよね。鋭意努力します程度の発言だよねっ!


 それだけ押しておきながら売りの一つもないのかこのトナカイ。気の毒すぎる……。


「う、うるさい」


 むぅっと可愛らしく眉を寄せて、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。私は何もいってないけど、がっかり感が顔に出ていたのかもしれない。


「誓いのキスまでした仲じゃないか」


 なんですとっ!?

 この赤っ鼻。何をいい出すんだ! た、確かにキスはしたけど、されたけど、誓って何も誓ってないというか、あ、あれ? それって誓ってるの? いや、誓ってない。困惑。


「なんじゃ、それなら我もごねるわけにはいかんの。良いよ。りんりんにはルドルフをやろう」

「いりませんからっ!!」


 それから、女王様までりんりんいうなっ! 私の叫びも、心の叫びも華麗に無視された。


「まぁ、今宵は仕事があるからの、借りて行くぞ? 終わればりんりんに返そう」


 返さないでください。

 いりません。

 本当に必要ないですっ!


 全力拒否の私の姿勢はどこまでも無視される。


「凜夏。良い子で待ってろよ」


 こつこつとなぜか嬉しそうなルドルフに頭を小突かれた。

 多分、撫でられているんだろうけど、これは確実に小突かれている。私不幸にもほどがあるだろう。泣きそうだ。


「窓……直してから出て行ってください」


 駄目だ。疲れた。


 こんなわけわかんない、サンタクロースご一行様にお付き合い出来ない。

 そう思って口にして、顔をあげればもう目の前には誰も居なかった。窓ももちろん直っている。何事もなかったように、しんっと静かになって……。


「え!」


 ガラガラッ!

 私は慌てて窓を開けた。


 今夜の月は満ち始める直前でとても暗い。

 それでも、天上の星と、下界の星が煌き夜は明るい。ベランダの柵にお腹を預けてぴょんと身を乗り出し、夜空を見渡すけれど何もない。


「―― ……夢落ち」


 ぽつりと口にして、胸の中が涼しくなる。

 そうか、夢落ちか。それなら仕方ない、寂しすぎるクリスマスを一人で過ごす私の夢だったのかもしれない。

 まあ、そうだよねー……あれだけド派手な音立てたのに近所の人もざわつきもしなかった。


「私きっと疲れてるんだ」


 寒さに身を縮めて、部屋に戻る。

 ちらと視界の隅に入った食べかけのスパゲティは見ないことにした。なんて、虚しい妄想に浸ってたんだろう。

 しかも、トナカイなんて馬鹿げてる。さっさとお風呂にはいって――ちらとそのままになっているシンクを見て――片付けて……そして、寝よう。



 ***



 チチチ……。


 カーテンを閉め忘れてしまった。

 窓から差し込んでくる朝日に、目を覚ます。昨夜は寝付くのが早かったからこのまま二度寝が出来る感じじゃない。

 なんだか今朝はやけに重い身体に嘆息し、ごしごしと目を擦る。


「―― ……」


 もう一度擦る。


「……ぅ、」

「うるさい。今帰ったところなんだから、少し静かに……」

「っい、いやぁぁぁっっ!!!」


 何でっ!

 なんでなんでなんで!

 どうして、どうやって私のベッドの中に男が居るのっ!


 動揺のあまり一瞬息を呑んだが、男が声を発したところで、我に返り金切り声を上げた。同時に、手足をばたつかせてどうにか目の前の誰かを蹴り出そうとしたのに、あっさりと両手を掴まえられてしまい、足もホールドされた。


「っひ……」

「そんな怯えるなよ。りんりん」

「り、りんりん?」


 私をそんなふざけた名前で呼ぶのは一人だ。

 いや、でも、ルドルフはトナカイだった。目の前のは人間だ。角もないし、なにより、私の手を掴んでいる。蹄ではなく、五本の指で。


「間違ってないって、俺がルドルフ。神使いだから、人間みたいに嘘は吐かない」

「……で、でも」


 何もいってないのに、私の考えたことが分かるように、そういった男にへなへなと腕の力が抜ける。それにあわせて、捉えていた彼の大きな手も解け身体も解放される。


「俺はトナカイだから、昨夜の役目さえ全うすればあとは自由なんだ。それ以外のときを人間として過ごしたいと思えば人間になれるし、普通のトナカイで居て、のんびりしたければ、そのままで居ることも出来る」

「……そんな馬鹿な」


 どう考えても女性の一人暮らしの部屋に忍び込んだ変質者だ。

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