第六話
「―― ……あ」
どきどきを落ち着けようと、こっそり深呼吸を繰り返しているときに突然声を上げるから、またびくりと過剰反応をしてしまった。「何?」とゆっくり振り返れば、トナカイはほっぺとコタツが仲良くなったままだけど、目が合って直ぐに逸らされる。
「いや、なんでもない」
見ている間に、ふわわっとトナカイの頬が赤い鼻とお揃いになった。
メイクも取れないんですね。どこの化粧品をお使いですか?
なんでもないというのに、まだ何かあるのか、唸っている。
なんだろう? 変なヤツだ。いや、見た目的にも最初から変だけどね?
「……だから、その」
「何?」
「―― …………さんきゅ」
「は?」
「だ、だから! その、絆創膏だよっ!」
吐き捨てるようにそういって、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
どこか子どもっぽいその姿にぷっと吹き出してしまう。なんだ可愛いところがあるじゃないか。
そのデコに貼ってあるのは、キティちゃんだけどね!
「ミートソースと、たらこソースがあるけど、どっちが良い?」
「どっちでも良い」
生死を彷徨っているのか、でろーんっと机に突っ伏したまま動きもしない。耳だけが、ぴくんぴくんっと小さく動いている。
……リアルだ。
気にしてはいけない。
ケーキでも買って帰れば良かった。小さく嘆息したあと、ミートソースに決める。
「はい、どーぞ」
でんっとコタツの上に載せたら、トナカイが若干引いていた。
私も作りすぎたと思う。
本当なら私の分も込みだから大した量じゃないんだけど、どうにも食欲が湧かなかったから、一枚の大皿に全部載せた。確かにいい加減にもほどがあると自覚している。
「見た目は豪快すぎるけど、大丈夫! 人気のお店のやつだから、味は保証するよ」
ずいっとトナカイのほうへと押し出せば、眉を寄せられた。
そんなに嫌な顔をすることないだろうに、作らせておきながら失礼だ。と、同じように眉間に皺がよる。
「お前さ、学習しろよ」
「は?」
「これでどうやってフォーク持つんだよ」
こつこつと蹄で台の上を叩く。
「……犬食い?」
「俺はトナカイだ」
細かいことはどうでも良いと思う。
「熱いだろ! 火傷するだろ! せめて、ふーふーしてあーんってしろよ」
それは個人的に最上級の対応に感じるのですが、トナカイの中では最低限のラインらしい。
思わずご立派な角を掴んでそのままスパゲティー皿に顔を埋めたい気分になった。
そして、それを実行してやろうかと思ったところで
ぐぅ、ぐぅきゅるるる……
と大きな音が。
「ぷ」
我慢出来なかった。
この偉そうなトナカイ、本当の本当に空腹だったらしい。お腹で飼っている虫が激しく訴えてきている。
「きょ、今日だけだよ」
余りに大きな音を出すからおかしくておかしくて、笑うのを我慢出来なかった。片手で口元を押さえつつ、くるくるとフォークでスパゲティを巻き取っていく。
そして、口元に持ち上げて、ふーふー……っと。これで良いのかな? そっと、軽く唇の端に当ててみればもう熱くない。
これならトナカイ舌でもぶーぶーいわれることはないだろう。
「はい……って、何マジマジ見てんの?」
「へ? あ! あぁ、いや、りんりんは笑ったほうが可愛いなと思ってた」
「は、はぁ?! 何いっちゃってんの、ほ、ほら、口開けなさいよ」
だから、りんりんって……もう、そっちは良いや。
なんか赤い鼻と同じくらい赤く頬を染めてそんなことをいうから、こっちまで恥ずかしくなる。
ずいっとフォークを突きつければ、素直にぱくりと口にして、もぐもぐ、ごっくん。
見たまんま。
餌付けだ。
私は今トナカイ飼ってる状態なのだろうか?
「美味しい?」
「腹減ってたからなんでも美味い」
……可愛くないトナカイだ。
まあ、私はパスタを茹でただけなので、それでも文句ないけどね。
もぐもぐと、同じ作業を淡々と繰り返しお皿の中身が半分くらいになったところで「お前も食えよ」と声が掛かった。ようするにお腹いっぱいになったのだろう。
「案外小食なんだね」
「トナカイは燃費が良いんだ」
ふーん……。
トナカイネタにはもう突っ込まない。だって私の理解の斜め上を行くし、聞いて分かるような話をしてくれるとは思えない。世の中知らないことがあるほうが良いだろう。
ぱくん。
もう冷え切ってる。
「―― ……あ」
私が残った分を黙々と食べていると、器用にお茶を飲んでいたトナカイの手が止まった。何? と首を傾げれば「鈴……」と零す。
「鈴?」
「鈴だよっ! 鈴っ!」
意味が分からない。尚首を傾げて、もうひと口と運びかけたところで……
ガッシャーンッ!!
うわぁ……家の中でイルミネーションなんて飾ったつもりはないんだけどなぁ。
盛大な音を立てて、窓ガラスが割れてしまった。室内灯の明かりにガラス片が反射して綺麗だ。
あはは……何この展開。