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** トナカイひろいました **  作者: 汐井サラサ
おまけ**花嫁の季節**
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第四話

 あの人には分からないだろうな……私が欲しいのは、変わらないものなんだよ……そんなそのときばかりに、掛けられる愛情なんて、もう、微塵も嬉しくない。

 嬉しく、ないんだよ……。

 頬に当たる風の冷たさに、きゅっと瞳を閉じる。走馬灯の暇もない。


 どんっ! と強い衝撃があって、私の落下は止まった。

 止まったけど……あれ? 痛くない。それどころか、暖かいくらい……


「気をつけろよ。階段はあっちにあるんだぞ。無茶するな」


 ルゥだ。


「ルゥ……」


 じわりと目頭が熱くなった。

 反射的にその首にしがみつき、ぎゅぅぅぅぅっと痛いくらいに力を込めた。


「凛夏さん、大丈夫?」


 声が降ってきたけど、私は顔を上げなかった。ただ、強くルゥにしがみつく。


 ―― ……帰りたい、帰りたい、帰りたい、今、すぐ……すぐに……


「……分かった」


 普段よりもいくらか低く落ち着いた声に聞こえた。

 もしかすると、僅かに怒りを含んでいるのかもしれない。冷たい怒り。


 その驚きに、え、と声を漏らしルゥを見上げると、そっと頬をすり寄せたあと「帰ろう」と笑った。


「釣りは?」

「魚いねーんじゃねーの?」


 ちらと見れば、小さな影が動いているのが見えた。私の無言に絶えかねたのか


「りんりんが釣れたからいーんだよ。俺がここに居たのは必然っ!」


 無理矢理こじつけた。

 ふふっとまた笑った。ルゥと居れば特に意識しなくても笑いが零れる。作らなくても楽しい気持ちで居られる。

 あの人は、嫌だ……あの人は。

 再びきゅっとしがみ付けば、トナカイだけに身が軽いのか、ひょいひょいと崖を登ってくれた。


「君、早く彼女から離れてくれないか?」

「あー、悪い。それ無理。帰りたがってるし、連れて帰るよ」


 彼から困惑した気配が伝わってきた。当たり前だ。

 けれど、それは刹那のことだったのだろう、直ぐに合点がいったのか「ああ」と納得したようだ。


「僕は別に、別れろとまではいわないという話をしていたのに」


 小馬鹿にしたような台詞。

 頭にくる。

 頭にくるけど、それよりもずっと胸が痛い。きりきと痛んで、喉の奥が焼け付くようだ。


「あんたに凜夏はやらない」


 はっきりと告げられて、どきりと胸が高鳴った。


「俺、神使いだけどさ、これでも結構人間は嫌いだけど好きなんだ。刹那的な生き方は嫌じゃない。だから、いうけどさ」


 一体何をいうというんだろう。

 私は一刻も早くこの場から立ち去りたいというのに。


「今のままじゃ幸せとか、幸福感を勘違いしたまま終わるよ。知らずに生ききる人間も多いけどさ、縁といえばこれも縁だろ。もう、気がつかないままじゃ生きられない……」

「―― ……」

「そんな中の絶望で生きるか、気がつき、求め、得るのか……あんたの自由だ」


 ルゥのそれは、まるで呪いのようでもあった。



 ***



 そしてそのまま、全て放棄して私は帰った。

 大人として絶対にすべきではない行動だと思う。どんなに嫌な席でも自分で決めたのだから最後まで付き合うべきだ。

 でも、私はそれも出来なかった。


 あのあとあのお坊ちゃんがルゥになんて答えたのか私は知らない。

 聞きたくなかったし、その必要も私にはない。


「……宗教家みたいだよ、あれじゃ」

「神使いなんだから、似たようなもんだろ?」


 なんていって場を取り成してくれたのか分からないけど、お母さんのぶつぶつは着物をそのまま着て帰ってしまったことだけだった。


「ルゥ、帯解いて」

「あーれーってすんの?」

「……すると思ってるの?」

「思ってません」


 うちに帰れば、全てが普段どおりだ。

 姿見の前で堪能したあと、勿体無いけどずっと着ているわけにもいかないから、脱ぐ決心をする。それに、最初に羽織ったときのように僅かな喜色も、もうどこにも浮かんでいない気がした。


「そんなことない、良く似合ってる」


 平然とそんなことをいって、ルゥが背後に立つと、微かに体温が上昇して頬が染まる。

 それだけで少し幸福そうに見えた。凄く単純で、馬鹿みたいだ。


 頑丈に結んである帯を、ぐっぐっと解いてもらうと、すっとした。やっとまともに呼吸の確保が出来た気がする。

 洋装に慣れ親しんだ私が和装とか疲れて当然だ。


「なんか襦袢ってやらしいな」

「―― ……」


 いうと思った。

 着物を先にバスタオルを干すために使っていた大きなハンガーに掛けて吊る。

 まあ、これがこのハンガーの正しい使い方だ。

 着物のちゃんとした畳み方なんて分からないからとりあえず、これで良し。


 ちらとルゥを見ると、ぐでっとテーブルに顎を載せてダレている。


「ねぇ、ルゥ」

「んーー? 俺腹減った」


 確かにそうかも知れない。

 でも、私が聞きたいことくらい、ルゥには分かっているはずだ。そのはずなのに、ルゥは答えない。

 ルゥは嘘は吐かないかも知れないけど、時折聞こえない振りをする。

 なんていうかそういうのは、ちょっと、ズルい。


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