第二話
「はい! 出来ましたよ。ほらほら、そんな顔してたら可愛い顔が台無しですよ。帯も見てください」
ぽんっと肩をたたかれて立ち上がると、そういって手鏡を持たされた。部屋にあった姿見に映してみる。
確かに可愛い。
帯の上の方がお花みたいな形になっている。何のために着ているのかって部分を気にしなければ、たまにこういう格好をするのも良いなと思う。
ふわふわっと頬がゆるんだのに、ほっとしたのか「ほらね」と再度背を押された。
ま、何がどうであっても先生には責任ないからね。
ちらと時計を見るとお母さんたちと約束している時間まで、少しだけある。ルゥどのへん散歩してるんだろう。
―― ……折角だから見て欲しいのに。
ああ、まだ携帯も持たせてないんだった。はぁ、と嘆息して、私も散歩してみることにする。
先に暇を告げた先生にお礼をいって見送ったあと、私も部屋を出る。
旅館はこの辺りでは老舗と呼ばれるくらいのところなんだけど、新館とかも出来ているし、そんなに古い感じはしない。それどころか、建物内に新しい木の香りが立ちこめていて、ちょっと森林浴でもしている気分だ。呼吸するのも気持ち良い。
「可愛いお嬢さん」
声を掛けられた。聞き慣れた声だ間違えるはずはない。私は、小さく嘆息して振り返る。廊下の陰からにょりきと手を出して、手招き。
何やってるんだか。
私は笑いそうなのをこらえて、歩み寄った。手の届くところまでくると、ルゥは私の手をパシリと取ってぐぃっと引っ張る。
「ちょっ」
着慣れない物を着ているから、よろめくとぽすっとルゥの胸に受け止められる。
「すげー似合ってる。可愛い」
う……。文句をいう隙もなかった。
「ここ、関係者以外立ち入り禁止じゃ」
「良いよ。直ぐ出るから……」
「あ、あんまぎゅーぎゅーすると着崩れる」
「いーよ、そしたら直すから」
不器用なくせに……。
私が思ったことが伝わったのか、ルゥの腕の力がゆるんだ。
ちょっぴり寂しい。
けど、ちょっぴり楽しい。
くすくすと笑った私にルゥはほんの少しだけ頬を赤らめて、五月蠅いなと不機嫌そうにした。
「着物はいーな。脱がす楽しみもあるし」
「そんなものは楽しみではありません」
どこで、そんな馬鹿なことを覚えたんだ。
「え、良いではないか良いではないか、あーれー、じゃねぇの?」
違うから。
違うけど……、ふふ、馬鹿だなぁ、ルゥは……。
なんか和む。と、勝手に和んでいたら、ルゥが何か思い出したというように、そうそう。と声を上げた。
「じっとしといて」
お互いの体温が伝わるような距離に、もう一度傍に寄ってそっと髪に触れる。崩れるからと、手を掴もうとしたら、少しだけ、と拒否られた。
じっとしていたら、ちりんっと小さな音がする。
「やっぱ、良く似合う」
いって柔らかく瞳を細めたルゥにどきりとする。
頬が熱を持つのを隠すように、そっと髪にふれると、もう一度ちりんと鳴る。
「かんざし?」
「うん。そこで売ってたんだ。絶対、吊ってた着物と、りんりんに似合うと思った」
「見えないよ」
「見なくて良いよ。俺が似合うっていってんだから、似合ってるに決まってんだろ?」
どうして、こいつはこんな恥ずかしいことをさらりと口にするんだろう。
「暴力的なところさえ完璧に隠せば、お前を気に入らない奴なんていねーよ」
にこにこにこにこ……ってしてもらっても、あれ、私今なんか盛大に馬鹿にされたような気がしないでもないんですけど。
「暴力的ってどういう意味よ!」
ばきっ!
とりあえず、げんこつ。こういう意味だよと恨めしい目で見られたけど知らない。
「ああ、嫌だな、もう時間だよ」
ちらと壁に掛かっていた時計を見て、眉を寄せる。
このままルゥと散策にでも行けたら良いのに。その方がずっと楽しいし、ずっと充実した週末を過ごすことが出来るのが分かってるのに……。
物凄く気が重い。
はぁ……と嘆息すると、ふわりとルゥに頬を撫でられた。それに誘われるように顔を上げると
「さっき聞いたらさ、この下の沢で釣りが出来るんだってさ。俺、そこで時間つぶしてるから。釣れたら夜だしてくれるっていってたし、期待してろよ」
「したことあるの? 釣り」
「ない。ないけど、やってやれないことはないだろ、うん」
やれないことばっかりじゃない。また、笑いがこぼれた。




