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** トナカイひろいました **  作者: 汐井サラサ
短編:**トナカイひろいました**
2/28

第二話

 ―― ……ずぽっ


「はい、どうぞ」


 私は苛々しつつも、一度台所に戻りトナカイのカップにストローを突っ込んで再び座った。


「って、お前」

「何」

「これで良いと思ってんのかよ!」

「……口は良く回るんだから、使えるでしょ」

「熱いだろ! 俺はデリケートなトナカイなんだよ。猫舌なんだよっ! ストローなんかで飲めるかっ!」


 トナカイならトナカイ舌だろう。

 うるさいやつだ。


 仕方なくもう一度立ち上がって台所を往復する。このクソ寒いのにどうしてこんなトナカイのわがままに付き合わなくてはいけないんだ。


「……何する気だ」


 危険を察したのか、トナカイは器用にコップを私の手元から反らした。


「氷入れるんだよ。冷えれば問題ないでしょう?」

「お前馬鹿だろっ! 馬鹿だよなっ! 俺はあったかいもんが飲みたいっていったんだぞっ! それをアイスココアにしてどうするんだよっ!」


 トナカイは鼻だけでなく、頬まで赤くして怒っている。


 鼻。

 塗っているのかな? 赤いな。

 仕事とはいえ、お気の毒だ。それがなければ、それなりに見れない顔ではないだろう。黒に近い緑色の瞳は特に綺麗だと思う。

 トナカイコスしているけれども。


「手、冷たいから早くカップ出しなさいよ」

「嫌だ、ふーふーしろ」


 お前がしろよ。いっては駄目か? いったら駄目なのかっ!


 とりあえず、氷をシンクに放りに戻って、もう一度トナカイの傍によるとカップを抜き取った。蹄で支えているだけだからあっさり抜ける。片手にカップ。空いた手で……。


 ―― ……がらがらがら、どんっ! ぴしゃんっ。


「外なら直ぐに冷えるわよ」


 ヤツの首根っこを掴み、もう一度放り出した。

 二度目だというのに、刹那きょとんとするところがちょっと可愛い。……可愛い? いや、それはトナカイコスの間抜けさからだ。

 ちょこんと上向きな尻尾が、ぴくんっと空を指して可愛いとか思わない……というか、尻尾まで動くとはかなりリアルだ。


 どこのお店の人だろう。


 どっかりと胡坐をかいて座り、器用にマグカップを持ち上げて啜っている。ほわりほわりと上がる湯気が……なんというか哀愁を漂わせる。ちょっと可哀想になる。

 がらがらっと窓を開けると、こちらを見上げたトナカイに、ふんっと空になったマグカップを差し出された。反射的に受け取れば「さみぃ」と何事もなかったように入ってくる。


「……寛いでるところ悪いけど、帰ってもらえませんか?」

「嫌」

「は?」

「帰りたくない泊めて。ああ、石がクリーンヒットしたところが痛い、駄目だこれ、帰るの無理、絶対無理」


 もぞもぞとコタツの中へと沈んでいく。


「……トナカイさん。お話があります。ちょっと座りなさい」


 ぺしぺしと、私もコタツに座って台を叩く。

 私の台詞に肩まで潜り込んでいた大きな身体をずるずると出してきた。どこまで人ん家で寛ぐ気なんだ。


「石を当てたのは悪かったと思っています。すみませんでした。でも、もう乾いてるでしょう? かすり傷じゃない。手当てだってあんたが勝手に拒んだんだから、私にはそれ以上出来ることはないし、私は明日も仕事で、さっさとお風呂に入って寝たいの。帰ってください」


 びしりと玄関を指差した。トナカイは人の話を聞きながら……こともあろうか


「寝るなっ!」


 ごんっ! ご立派な角を引っつかんで台に叩きつけた。


「~~~っ、痛ぇ」


 舟を漕いでいるお前が悪い。


「帰れ」

「だから、嫌だって。俺此処に泊まることにしたの。風呂なら入って来いよ。一緒に入りたいなら付き合っても良いけど」


 机に突っ伏したままこちらを向いてにやりと笑う。コタツと仲良くなったせいで額が赤いし鼻も赤い。間抜けとしかいいようはない。


「大丈夫だって、セックスがヘタすぎて男に捨てられるような女襲わねーよ」


 ―― …… な ん で す と ?


 ぴしっ。


「あんた、あの男の知り合いなの?」


 自分でも驚くほどの低音が出た。


「あの男ってなっちゃんとラブラブのヤツ?」


 ひくりと頬が引きつる。


「知り合いじゃねーよ。全然」

「じゃあ、なんでそんな詳細まで知ってるのよ」

「そりゃあんたに書いてあるからだろ」

「……どこにも書いてないわよ。書くわけない」


 私はブログをやっているわけでもないし、SNSで日常を赤裸々に綴っているほどの暇人じゃない。あいつがそれをしていたかどうかは知らないけど……そうか、あの馬鹿、あることないことそういうところに書き綴っていて、このトナカイはその読者だったのかもしれない。


「違うって」

「何が!」

「べっつにー、なんなら俺が教えてやろうか?」

「……は?」


 何を誰が教えるって? 私の思考はあいつへの苛々で追いつかない。


「だーかーらー、セックスに決まってんじゃん」


 決まってねーよ。


 この脳内常春のトナカイ、誰か滅してくれ。

 爆発しろ。

 塵と化せ。


 ゆらりと立ち上がった私は、そのまま足を上げてボケトナカイの頭を踏みつけた。


 ぐりぐりぐりぐり……


「い、て、い、たたたたたた……っちょ、ど、動物、虐、待……」

「黙れ変態。黙れコスプレ男」

「ギブっ! ギブギブッ! ギブアップです。りんりん許してっ」


 分かれば良い。

 私が足の力を緩めたと同時に、痛みにぎゅーっと閉じていた目を開けると


「すげー、眺め」


 がんっ! ぐりぐりぐりぐり……学習能力ゼロのトナカイに繰り返した。

 それから、りんりんいうな。なんか凄い陽気そうな響きだ。私には似合わない。


 よいしょとトナカイの頭から足を降ろしたら、トナカイは、はふーっと深く嘆息した。

 まあ、加減なしでやったから痛かっただろう。自業自得だ私は謝らない。


「素で居れば良かったんじゃねーの?」

「は?」

「暴力女だけど、大人しくて可愛くて良い子を作ってるより、マシじゃね?」


 起き上がって「角折れてねーよな」と角の確認をしつつそういったトナカイに返す言葉もなく、ぽすんっと私は座り込んだ。


「―― ……にが、」

「は?」

「あんたに、何が分かるのよ!」


 ずっと、ずっと好きだったんだ。

 彼に見て欲しくてダイエットも頑張ったし、化粧だって綺麗に出来るように勉強した。ファッション雑誌だって沢山愛読して、おしゃれの勉強もして……愛されたくて、愛されるように、ずっと頑張って、私なりに努力してきた。私は頑張ったのにっ! 頑張ってたのに! 結局あんな理由で捨てられた。


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