第三話
そして出てきたお粥は卵チャーハンになっていた。
だから私がやるっていったのに。努力はかうけど、ね。と思うと怒る気にもならないから、素直にいただきますと口にする。
「何?」
「あーんだよ」
「―― ……今、超元気だから自分で出来ます」
目の前に突きつけられたスプーンを挟んで一悶着。でも結局今日は
「あー……ん……」
私が負けた。
ぱく。
ぼそぼそします。
元お粥だったものは口の中でばらばらになります。味は、熱のお陰か良く分からないけど。
さっきのおでこごつんではない、普通の方法で体温を測ったら三十七度台まで下がっていた。
微熱程度だ。
羞恥心に堪える修行のあと、何気に嬉しそうにルゥは空になったお皿を下げていった。まぁ、堪えきれなかったのと食欲が本当になかったせいで、大半はルゥのお腹に消えた。
自分の夕飯は買い忘れてきていたことにも気がつかなかったらしい。何を一生懸命になっているんだか。
コタツの上に顎を載せて、ほくそえめば「ベッドで寝ろよっ」と、声がかかる。
ふふ、なんか変なの。
でも、誰かが一緒に居てくれるのは心地良い。
ちょっと前の自分だったらそうは思わなかったと思う。
他人イコール気が許せない相手だ。
例えそれが恋人だったとしても、何が原因で捨てられてしまうかわからない。
それが凄く怖くて、私は私を見せることが怖かった。
だって私は何をどうしても完璧にはなれないし、可愛い女の子も綺麗な人も、頭の良い知性的で凛とした女性も、世の中には溢れている。
あえて私である必要なんてない。
私を選ぶ必要なんてないから、結局みんな離れて…… ――
ルゥも離れていくだろうか?
ふと、心に暗い陰が指した。
私は慌てて頭を振り浮かんだ考えも打ち消して「寝よ」と立ち上がった。コタツの端に放ってあったケータイがちかちかと点滅している。
「?」
誰だろう? とケータイを掴んでベッドに入る。
メールだ。
ぽちりと確認すれば桜崎さんだ。どうしたんだろう? 会社の先輩だけど、今個人的に付き合いのある人じゃない。と、思うんだけど。
『こんばんは、熱下がったかな?
明日の朝熱が下がっていても、大事をとって休んだ方が良いよ?
部長には風邪を引いて寝込んでるって伝えておくね』
ちょっと待て。
なぜにどうして、桜崎さんが私が寝込んでいることを知っているんだ。私は今日普通に出社して普通に勤務して帰ってきたというのに。
その疑問を解決したくて「ルゥ?」と声を掛けたらお風呂みたいだ。
仕方ない。このままでは、気になりすぎて眠れない。
私は急いで電話帳をピコピコとめくり「桜崎さん」を取り出した。
メールでも良かったけど、時間掛かりそうだから、時間さえ良ければ聞いた方が早いと思った。
「―― ……はい?」
数回のコールで通話は可能になった。
そういえば私、仕事の時間以外で桜崎さんに電話するのは初めてだ。急いで電話したのは良いけど、なんてきりだそう。
「あ、あの」
「凛夏ちゃんのほうだね? もう熱下がったの? 大丈夫?」
私の方なのって、他にどんな方があるんだろう? これは私のケータイで……。
「あ、はい! すみません。私です。その、えっとメールありがとうございます。あのう、」
「うん?」
「不躾な質問ですみません。どうして、私が熱だして寝込んでいること知っているんですか?」
「え、彼がそういってたんだよ」
「―― ……」
彼。
私の今の状況を知っている彼は、あのアホトナカイしかいない。
あの馬鹿トナカイっ! 桜崎さんに電話したのか
「もしかして、知らなかった?」
「はい、その。すみません。ご迷惑をお掛けしたのは、今なんとなく察しました。本当、私、知らなくて、その、えーっと良かったら聞かせてもらえますか?」
おずおずとそう切り出した私に桜崎さんは、優しく「凛夏ちゃんの体調が落ちついて居るなら良いよ」と話を聞かせてくれた。
ところで、桜崎さんはいつから私を「ちゃん」付けで呼ぶようになったんだろう?
まあ、何でも良いけど。
―― …… ――
バレンタイン前後は何かと騒がしくなることが多いから、仕事が終わればケータイの電源を落としていることが多い。今日もそうしておこうと思って手に取ったとほぼ同時にそれは鳴り響いた。
相手によってはそのまま鳴り止むまで放置しておくつもりだったけれど、ディスプレイに出た名前は「園枝凛夏」直ぐに出た。
『もしもし、俺だけど』
「―― ……」
他人のケータイを使った俺々詐欺だ。
桜崎さんはもしかしたら、私がケータイを落として誰かが掛けてきたのかもしれないとか、いろいろ考えつつ「誰?」と問う。
「えーっと、前会っただろ? 年末、凛夏と一緒にいた」
「ああ、ペット」
桜崎さん。
その覚え方はちょっと――でも、そういったのは私だ――
「それでそのペットくんが、どうして凛夏ちゃんのケータイから僕に連絡してくるの?」
「俺ケータイ持ってないから」
今時それは珍しい。
別に必要性を感じなかったから、そのままだったけどルゥにもケータイ電話を持たせるべきかもしれないと、ちょっと痛感。
そして、ルゥは不躾な質問を続けた。
「それより、あんた料理できる?」
「生きるに困らないくらいは出来るけど」
「じゃあさ、病人でも食べられそうなもの作って。今からそっち取りに行くから、住所教えて」
ルゥ……。
どこまでゴーイングマイウェイなんだ。
いきなり電話していきなりそんなこと言い放つなんて常識はずれも良いところだ。
痛くなりそうな頭を押さえて溜息。桜崎さんはどこか楽しげに話を続けてくれた。




