第二話
ピピピ。
可愛らしい電子音が鳴り、確認。三十八度七分。高熱だった。
でもまぁ、熱だけで他辛いところもないから、きっと昨日人混みで疲れて発熱ってところだろう。
頭を冷やして……冷やすのも面倒臭い。
もう、良いや。このまま寝ちゃえ。
ことんっと台の上に体温計を放って、私はこたつに突っ伏したまま目を閉じた。
―― ……ルゥ、早く帰ってこないかな。
そんな弱気な台詞まで頭に浮かんでしまう。
「―― ……他に好きな奴が出来たんだ」
「ごめん、君より大切な子が出来て」
「お前良い奴なんだけどさ、なんかお前なら一人でなんとかなりそうじゃん。あいつ俺がいないと駄目で…… ――」
どうして、どうして、どうして、いつもいつもいつもいつも
私にだって貴方が必要なのに、私一人で何でも出来るわけじゃないのに、私一人が一番嫌いなのに。
私を……
「……冷たい」
額に何か冷たいものを感じて目を開けると、視界の隅にルゥの姿を発見した。
こたつで寝てしまったはずなのに、ベッドに横になっている。移動させられても気がつかないほど眠りこけてたなんてちょっと恥ずかしい。
「お、気がついた。で、何泣いてんの?」
にぱっと笑って人差し指で私の目尻を拭う。
「夢、見てた」
ぽつ、と口にすれば目元にあった手は私の頭をふわふわりと撫でる。
「凛夏はなんにも悪くないよ。悪くない」
「覗かないでよ」
「いわせたくなかったから」
「―― ……む」
そんないい方ずるい。
ちょっと格好良いとか思ってしまう。
ぷいっと顔を背けると額からタオルがぽとっと落ちた。ルゥは、くつくつとおかしげに笑いながらそれを拾いもう一度絞り直して額に載せてくれた。冷たい。
「でさ、俺良く分かんないんだけど、どうすれば良い? 熱あるよな? 冷やした方が良いかと思ってそうしたけど……あとは? 病院行くとか薬飲むとか」
「ん、薬飲む。飲んで少し寝れば大丈夫」
「薬どこ?」
「そっちの引き出しの中、箱があるから……」
私が指差した方向を確認して「分かった」と立ち上がったルゥは、薬と水をちゃんと用意して戻ってくれた。
「口移しとか?」
「黙って渡してください」
アホなトナカイを黙らせて薬を流し込む。
ぽすりと枕に頭を落とした。ぐらりと頭の中が揺れたような気がする。
気持ち悪い。
頭痛い。
はぁ、と吐いた息が熱い。
「飯とか食った方が良かったんじゃね?」
「無理、今咀嚼する気おきない、熱が下がったら何か作る。ルゥは先に何か」
「ん。凛夏が寝たら買いに行くよ」
「財布とケータイ、バッグから持って行って良いから、何か分からなかったら家電鳴らして」
「ん」
軽く瞼を落としていると、ルゥの長い指が優しく髪を梳いていく。
気持ちが良い。
まだ飲んだばかりで効くはず無いけど治ったような気になってしまう。
人の手の温かさって不思議だな……。
***
目を覚ますと、額のタオルはまだ冷たかった。
それを取り除いて、身体を持ち上げると「あ、起きた?」とルゥが台所から顔を覗かせた。
新妻かよ、なんて突っ込みはなしにしても、まさかとは思うけど料理とかしてるわけじゃないよね?
ベッドサイドに載せてあった洗面器にタオルを戻して、するりと抜け出す。
凄く汗をかいて気持ち悪い。
でも、頭はすっきりしたような気がする。
簡単に身体でも拭いて着替えようと、台所――通らないとユニットバスにいけない――に行くと良い匂いがする。
「ちょ、ルゥが作ったの?!」
当然の反応だ。
「違うけど? 俺に出来る訳ないじゃん」
威張るとこじゃないけど、そうだよね。出来る訳ないよね。
「レトルトっぽくないし、どこかからテイクアウトしたの? 美味しそう」
ひょいとルゥの混ぜていたお鍋を覗き込む。
コンソメスープ、かなぁ? 野菜がいっぱいでポトフみたいだ。
隣りは何だろうと蓋を取ったらお粥だ。
「ちょっ、これ沸かしすぎじゃない?」
「え、でもぶくぶく~ってしてから、溶き卵入れろっていわれたけど?」
「にしても、これじゃ、ぶくぶくじゃなくてぼこぼこ。地獄めぐりの坊主地獄みたいになってるよ、お粥なのにお焦げが出来ちゃうよ」
ぶくぶくっていい方が可愛いと思ったこととかは置いといて、ほら貸してとルゥがお玉と交代で持っていた卵入りのお椀を奪おうとしたら、あっさり交わされた。
「やめろよ。俺がやってるんだから」
「出来てないからいってるのに」
「いーんだよ! 出来るよっ! ほら、着替えようと思ってたんじゃねーの? 着替えもやって欲しいの? だーいかーんげーぃ」
この変態。
もうっ! と踵を返せば「あ、ちょい待ち」と腕を引かれ振り向かされる。
そして、おでこぴとっ。
「さっきよりは熱くないな。薬効くんだな」
「あ、当たり前だよっ」
ふわわっと全身が熱くなり、えいっとルゥの胸を押して突き放す。
近いんだよ馬鹿。
ぶすっとむくれて私は当初の予定通り着替えをすませた。