第一話
年越しそばを美味しくいただいて、ちょっぴり過激なお笑い番組を見る。
どこまでのんびりな大晦日なんだろう。平和は悪くない。穏やかなのも悪くない。そう思うけど、何かが足りない気がする。
「―― ……何? どしたの」
すっくと立ち上がった私は、コタツの中からぼんやりと声を掛けてくるルゥを無視して着替えを始めた。
何か買い忘れ? コンビニ行くの? とぽこぽこ質問してくるルゥを総無視。
そんなもん、どうでも良い。
「ほら、ルゥも立って一緒に行くの」
「えー遠いところ? さみぃし、暗いし、明日にしよーぜ」
どこまでやる気のないトナカイなんだ。
いや、やる気のあるトナカイ例というのを私は知らないけどねっ! というかトナカイの生態に理解ない。
私はそのぶちぶちをスルーして、諦める気のない私に諦めてだらだらと立ち上がったルゥの身支度を整える。
パンツはこれシャツにセーター、上着にマフラー、寒がりだからこのくらい着せれば満足だろう。寒がり? トナカイのくせに。
「はい、これでオッケー。格好良い格好良い。スタイルだけは良いから着せ甲斐もあるよね!」
最後にマフラーを巻いてきちんと整える。
正直自分に巻くのとは勝手が違うので、手間取ったけど、ルゥに結ばせるよりは数段ましだ。
「……俺あれだけど、なんかりんりん寒くない?」
「いーの。女の子はちょぴっとの寒さと可愛さなら可愛さを取る生き物なんだよ。それに、寒くて仕方なくなったらあんたにくっ付いてるから平気」
「―― ……カイロかよ」
「使い捨てられないように気をつけてね」
「今は繰り返し使えるタイプが流行ってる」
そっか、カイロ部分は否定しないんだな。
良いんだ、カイロで。
ショートブーツの紐を不器用そうに結んでいるのを取り上げて、目の前にしゃがむときゅっきゅっと結んでいく。りんりんって器用だよなぁと何度目かの(恐らく)褒め言葉を聞くけど、それはルゥが極端に不器用なだけだと思う。
「で、どこ行くの?」
「初詣だよ、初詣」
あからさまにルゥは嫌そうな顔をしたが、私は一切相手にしなかった。ルゥの出不精に付き合ってたら私まで完全引き篭もりになってしまう。
そ、それに、デートは外でするものだと……したいなと……思ったり思わなかったりっ! いーじゃんっ、思ったって!
ううっ、勝手に思って勝手に赤面してしまった。格好悪い……。
***
「こいつら、なんでこんなに集まってんの?」
「カウントダウンだよ。みんなで年越しするの」
神社の近くまでくると、大勢の人が集まっていた。
ちょっと気を抜いたらはぐれそうなのでルゥの腕を取りぴっとりとくっつく。特別なイベントがあるわけではないけれど、年の明ける瞬間を共用する貴重なタイミングだと思う。
「なぁなぁ、屋台が出てる。何か買って」
「そういうのは帰りにしようよ、荷物になるしそんなのもって神様の前にたつのはどうかと思うよ?」
「そんな大層なもんでもないだろ。あいつ等だって好きなようにやってるって」
そんな罰当たりなこといっちゃ駄目だよ。といいたいところだけど、トナカイのルドルフさんはそっち側の人なので私の理解を超える。
まぁ、人になってみたら、何も出来ない自宅警備員になってしまったけどね? そういきついて、ふふっと笑いをこぼすと「うるせぇ」と不貞腐れたようなルゥのぼやきが聞こえた。
いつもの流れで、心を読むなと口にしようとしたら、突然盛り上がったみんなのカウントダウンの声にかき消された。
カウントがゼロになると沢山の「明けましておめでとう」と「ハッピーニューイヤー」の声が飛び交った。
「五月蠅い……」
ルゥが眉間に深い皺を刻む。仕方ないよ、お祭り的な感じで受け入れるべきだと思う。
人の流れは参拝道へと進み。それに流されるしかない。
帰るとかいい出しても無駄だ。
「ほら、せっかく来たんだから参拝して、おみくじでも引いて帰ろうよ」
「……ったく、神様が何してくれるっていうんだよ」
呆れたようなルゥの台詞にほんの少し切なくなる。
確かに目に見えた何かなんてきっとないだろう。それを特に期待しているわけではない。まあ、こういうのは習慣というか、気持ちの問題だ。
きっと大抵が神様へのお願い事というよりも、親しい仲間内で共有するこの時間の方を大切にしているんだと思う。人が集まるには何かしら理由が必要なものだ。
やっと回ってきた順番に、私はおみくじ代を引いた残りの小銭を賽銭箱へとじゃらじゃらと入れて、二礼二拍手……と呟いて実行したあと、鈴を鳴らそうと太い紐に手を掛けた。隣りにいたルゥがぼさっとしていたので「ほらっ!」と促して殆ど強制的に一緒に手にさせた。
ガランガランとお腹に響くような鈍い音がする。
両手を合わせて誓いを立てる。そしてもう一度ぺこりと……。
その音が完全に消える前に、楽しげな笑い声が聞こえた。
確かに周りはざわついていていろんな声がしていたから笑い声くらい気に留めるようなものではないんだけど、聞こえてくる場所が……。
祭壇のほうなのだ。
「見るな。終わったらさっさと行くぞ」
きょろきょろと声の先を探そうとしていたものの、ルゥが警戒をしている風な様子で私の腕を引くからよろりと正面から一歩ずれる。
必然的に次の参拝客が私の立っていた場所に入ってしまった。
もうあそこには戻れないだろう。
「もう! もう少し念入りにお願いしようと思ったのに」
「俺がいるんだし、神頼みなんて必要ないだろう?」
「うわぁ、何その俺様発言。格好良い!」
もちろん茶化したのは私ではない。
不思議に思ってルゥを見上げると不機嫌そうに眉を寄せて、ある場所を睨みつけていた。私はその視線の先を追いかけていく。
「―― ……なっ!」
私は思わず息を飲んだ。