第四話
「どっちかっていうと、りんりんは考えすぎ。頑張りすぎ、やりすぎ。美容やダイエットや、着てるもんとか、髪型とか、どこまでやれば気が済むんだよ。限度ねぇだろ」
「そ、それは結果がついてこないから」
「その結果は誰が出すわけ?」
「私、だと思うけど」
「ふーん……もうその満足ゲージみたいなの狂ってんじゃねぇの?」
そんなことない。
肌だって今きちんと手入れしておかないとアラサーとかになってきたときに、慌てることになるし、ダイエットだって、絞れるときに絞っとかないとあとで泣きそうだし、髪型だってもっと上手になりたいし、髪質だってもっとこしと艶があっても良いと思う……服装だってもっと着まわし上手になりたいし……。
脳内を巡る考えをまたも読んだのかルゥが大仰に嘆息する。
「他人の目を気にしまくるくせに、もっと他人の言葉をそのまま信じろよ。自分の努力の上にあるんだからさ、自分のことくらい、ちゃんと認めてやれって。みんな可愛いって思ってんだろ? さっきのヤツだってそうだし、俺だっていっつもいってんじゃん」
「あんたのは心が篭ってない」
「は? 関係ないだろ、俺嘘吐けないんだから」
「―― ……ぅ」
ふわふわっと顔が熱くなる。
本当か嘘か知らないけど、ルゥは嘘が吐けないとずっといってるし、私がルゥの心を読めない代わりなのかな? それに問い掛けたことにはきちんと答えてくれる、答えをくれなかったことは一応ないと思う。
次の言葉を出せないでいると、バッグに入っていたケータイが短くなった。メールだ。
『二次会無事に合流できました。
年賀状書き頑張ってね。楽しみにしています。
少し遠いんだけど、さっき良く当たるおみくじがある神社を教えてもらったんだ初詣にいかない? ペット同伴でも気にしなくて良いから、考えておいてね。
おやすみなさい』
―― ……あー、えーっと……。
もちろん、桜崎さんからだ。私が中途半端なことをいってしまった結果こうなったんだろうなぁ。隣りから私のケータイを覗き込んでいたルゥをちらと見上げると、目が合って片方の眉が不機嫌そうに上がる。
「行かない。神使いがなんで神様祀ってるとこ行くわけ? 行かないだろ。というわけでお前も行かない。これ決定。予定があるっていっとけよ」
「予定あるの?」
「寝正月」
バキッ!
躊躇なく答えた罪は重い。一瞬だけうきうきとしてしまったじゃないか。
とりあえず、グーパンチして、家路を急いだ。初詣云々はおいといても、年賀状は書かなくては。
***
はぁ、やっぱり家が一番落ち着くなーと、シャワーと着替えを済ませ、年賀状をせねばとコタツの上に一式並べてダレた。
明日からに……っていってももう時間ないんだよね。喪中に出来ないかな。いや、もう今更無理か。
「るー……、駄目だってば。刺し箸は良くないよ」
台の上で突っ伏した腕の間から、作るの面倒臭いからコンビニで買って帰ったおでんと格闘しているルゥを眺める。
ルゥはさっきも靴がどうのとぼやいていたけど、手もあまり上手に使えない。
必然的に箸は難易度が超高くて……面白いことになる――余談だけどボタン掛けも難易度高い。ちょこっと頑張るけど出来ないから「自分で脱げよ」と偉そうな俺様発言になる。これはいただけない――
本当は箸使いなんて、食べられればどうでも良いような気がするんだけど、食事に出たときとかルゥが恥ずかしい思いをしてはかわいそう――という名目で四苦八苦する姿が楽しいから――だからちゃんと使うように促しまくる。
いきなりたまごから食べようとするから、余計に箸を立てちゃうんだと思うんだけど。
食べたいんだろうなぁ。
にやにや。
物凄んごく、不機嫌そうに眉が寄っている。
私の注意を無視するか、台所に立ってフォークを取ってくるか……ふふ……迷ってる迷ってる。
―― ……ぱし。
台の上に箸が寝かせられ……ずずぃ、と私の方へと寄せられた。
「何?」
分かるけど……何がいいたいか分かるんだけどー、私は心読めませんから、是非とも口でいってください。突っ伏していた身体を起こしつつ箸とルゥを順番に見た。
「文句いうんだったら、食わせれば良いだろ」
何故上からものをいうんだ。膨れっ面で。
「あーん」
「―― ……ぷ」
小さな子どもみたいに口を開けて待つルゥを見ると、お預けさせるのも可哀想だし何よりお腹がコロコロなってる。私は仕方ないという体で、器からお皿にあっさり――自分でいうのもなんだけど、家がそういうのに厳しかったから箸だけは上手く使える――たまごを移して割ってあげる。
「ちゃんと練習するんだよー」
あーん。と、たっぷりからしをつけて放り込んであげた。
当然、ぐふってなる。ぐふって。
がつっと口元を押さえて、ばたばたと手でコップを探すから握らせてあげた。
熱いお茶ですが大丈夫ですか?
「ぶっ!」
吐くのはギリギリ留めたようだ。
楽しい。
ルゥ超楽しい。超真っ赤だ。
「……からひ、つけしゅぎ」
「ごめんごめん。ぶ、はは、ルゥ涙目。あははは……しかも、しゅだって……ふふ、はは……耳も出て、るよ。あはは、自称、良い男が台無し、だよ」
涙でそうなくらいおかしい。
げらげらというくらいの大笑いお腹痛い。
ルドルフが来るまでは、あったかどうか分からない。少なくとも今はある。
悩殺美女のサンタさんにまで感謝しそうだ。
「今度は大丈夫、はい、あーん」
目尻を押さえて本当に笑いすぎて出てしまった涙を拭い、一口大のたまごを持ち上げる。ルゥは若干警戒しつつもやっぱり口を開ける。
もう一回盛って上げようかと思ったけど、流石に可哀想だからやめてあげた。
はぐはぐしながらルゥはお行儀悪く顎を台に乗っけて、にゅーんっ瞳を細める。
「はふー。ぬっくーい。うまーぃ。しあわせー」
「私も食ーべよ」
折角机上に広げた年賀状を隅っこに追いやって、ぱくりと頬張る。良くお出汁が染みてて本当美味しい。ルゥじゃないけど、思わず頬に手を当てて、はふっとしてしまう。
うん。確かに幸せかもしれない。
一人思い頷いたら視線を感じて目を開けた。
「何? に、にやにやしないでよ」
「べっつにー、ほら次、だいこーん」
「はいはい」
というか、これ、完全に餌付けだよね。
トナカイ飼ってるよね?
ペットを飼い始めるとなかなか外出も、もちろん外泊もできなくなるって聞く。今正にその状態に落ちてしまっているんだろうか。
「うまーぃ。でも、凜夏が作ったほうがもっとうまーぃ」
う、寝正月も仕方ない、のかな?




