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** トナカイひろいました **  作者: 汐井サラサ
短編:**トナカイひろいました**
1/28

第一話

 季節柄仕方ないと諦めている。


「……行き倒れ」

「誰が行き倒れだ、こら」


 喋った。

 その上、持ち帰ってしまった。否、違う。断じて違う。絡まれたのだ。確実に。この変質者としかいいようのない……見るからに怪しい、トナカイに。


 ―― …… ――


 私は少しアルコールの入った身体の火照りを醒ますように、師走末の冷たい風を切って歩いていた。

 クリスマスを間近に控えた忘年会とか最悪だ。

 どういう流れか普通に飲んでいただけなのに、嫌いなタイプの男性社員に絡まれて、ポッキーゲーム紛いなことを強要された。あの顔が鼻息が掛かるくらいまで、正面に来たことを思い出すと腹立たしいというのを通り越しておぞましい。


 そんなわけで、お酒が進んでしまった。

 タクシーを断って歩いていると、リア充カップルが目に付いて仕方ない。三歩進んだ私に迷惑の掛からないところで爆発しろ。そうリアルに思ってしまうくらい憎らしい。羨ましいわけじゃない。羨ましいわけではっ。

 というか数日前まで私だってあの中の一人だった。あのクソ男が、馬鹿なことさえしなければっ!


『あー、ごめん。この間のコンパで意気投合しちゃったなっちゃんと、やっちゃった』

「は?」

『そしたらさー、お前より相性が良いっていうか、凄くて。もうこれ別れるしかないよな?』


 分かるだろ? って、わっかんねーよっ!!

 思い出しイラつきに、がんっと足元に転がっていた石を蹴った。蹴ったら偶然ぶち当たってしまったのだ。路上の隅に野たれ死んでいたトナカイコスプレの雄に。しかもこめかみ。だらだら出血しちゃって良い迷惑だ。

 放って帰るわけにいかなくなってしまった。


 …… ――そして今に至るわけだ。


「傷の手当てまだ?」

「今からやる。消毒液ないから、アルコールぶっ掛けて良い?」


 因みに焼酎だけど。駄目なら調理酒もある。


「はぁ?! お前何いっちゃってんの? 良いわけないだろー」

「……だってないんだもん」

「それならそれで、舐めようか? とか可愛らしい仕草くらい出来ないのかよ、いきなり、アルコールぶっ掛けるってどこのおっさんだよ」


 このボケトナカイが……傷口舐める馬鹿がどこにいる。大体それを可愛いだなどという、男が居るから……。ああ駄目だ全身全霊を掛けて、今現在男性不審というか……生物学上雄というだけで毛嫌い出来る。ちっと口内で舌打ちしてから、にっこり作り笑顔。


「舐めようか?」

「俺に媚びようっていうには年取りすぎだ」


 ……こいつ葬って良いですか?


 ―― ……がしっ。がらがらがら、ぴしゃんっ!


 首根っこ引っつかんで、ベランダに放り出してみた。一瞬何をされたのか良く分からなかったのか、トナカイの動きは止まっていたが外気に触れて頭が冴えたのだろう。角の横に愛らしくある小さな耳がぴるるっと震えた。そして、無言ですっくと立ち上がると……


 どんどんどんっ!


 と派手に窓を叩きやがる。


「開けろっ! この馬鹿野郎っ! いや、鬼女っ! こんないたいけなトナカイを寒空の下に放り出すとはどういう了見だこらーっ!! さっさと開けろっ! りんりんっ!」


 ―― ……がらっ!


「りんりんいうなっ!」


 バキッと殴り倒した。

 これ以上騒がれても近所迷惑だから一応室内に入れてやる。私の酔いはすっかり醒めた。


「ていうか、なんで私のことを、い・た・い・け・な・トナカイが、りんりんなんて呼ぶの?」

園枝凜夏そのえだりんかだろ、書いてあるんだからそのくらい俺でも分かる」


 書いてある? どこにだ。私は名前入りの何かを持ち歩いている覚えはない。


「……あえて突っ込まないわ。あんたの名前は何?」

「りんりん。寒い。あったかいもの飲ませろ」


 私が問質そうとした先には誰も居なかった。さっさと部屋の中央にあるコタツにすっぽりと納まって、トナカイは蹄でコツコツ台を叩く。蹄で。蹄。着ぐるみだよね?

 ご立派に天井を指している角を、がっと掴んで、


「ちょっと角邪魔」


 ごんっとコタツの台に頭を沈めた。そして、台に突っ伏したトナカイの後ろを通り過ぎると、一応、私が加害者(現在進行形で)らしいから、ココアとか淹れてやった。


「はい。どうぞ」


 ことりとコタツに置き、自分の分も入れたからそれを両手に包み込んで、私もコタツに入る。ああ、コタツは平和だなぁ。ずずっ。ココアも甘くて美味しいし。


「りんりん」

「だから、勝手にりんりんいうな」

「お前これ見て何も思わないの?」

「は?」


 再びトナカイはコツコツと台を叩く。うるさいな。


「は? じゃなくてな、飲めないだろっ! これじゃっ!」

「あんたが着ぐるみ脱いだら良いだけでしょっ!」

「はぁ? 何いっちゃってんのりんりんちゃん。俺トナカイなの。サンタクロースの婆に日々こき使われる可哀想なトナカイなの。着脱できるわけねーだろーがっ! この馬鹿」


 お爺さんではないのか? どっかのお店のイベントだろうか? 大人向けならきっとサンタのおじいさんよりはお姉さんの方が受けが良くて当たり前だ。にしてもなんでこんなにこのトナカイは偉そうなんだ。人の家に上がりこんだ上に、勝手に寛いで……勝手にコタツつけて勝手にエアコンのスイッチまでオンしたのはこの男だ。


 ああ、そうか、押すには不便しないのか。


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