第8話
(関わったら負けだ。絶対に関わったら負けだ)
俺は広場でカオスな大渋滞を起こしているフラグの数々から目を逸らし、すべてを『全無視』して入学式の会場へと足を向けた。 触らぬ神に祟りなし。モブとして平穏に生きるためには、スルースキルこそが最強の盾である。
「おーい、カイン!」
しかし、俺のささやかな願いは、聞き慣れた能天気な声によって呆気なく打ち砕かれた。 振り返ると、そこには相変わらず無駄にキラキラしたオーラを撒き散らしている兄貴の姿があった。
「キャアアアアッ! ルファス様よ!」
「相変わらずお美しいわぁ……っ!」
兄貴が登場した瞬間、周囲の女生徒たちから鼓膜が破れそうなほどの黄色い歓声が上がる。 どうやらこのバカアニキ、学園で相当な人気を誇っているらしい。……いや、それよりも問題なのは、兄貴の隣に立っている人物だ。
太陽の光を編み込んだようなサラサラの金髪に、宝石のように澄んだ碧眼。王族特有の洗練された身のこなしと、周囲を圧倒するような気品。 誰がどう見ても、いかにもな『王太子』である。
(うわぁ……。絵に描いたようなテンプレ王族キター……)
乙女ゲーなら『メインヒーロー』、BLなら『傲慢系ドS攻め』、バトルものなら『強大なパトロン兼ライバル』。どれに転んでも厄介な、歩く超特大フラグだ。 だが、さすがの俺も一国の王太子相手に「うっせぇ、近寄んな」などと粗相をするわけにはいかない。不敬罪で家が取り潰しになってしまう。 俺は瞬時に営業用の仮面を被り、流れるような優雅さで臣下の礼をとった。
「お初にお目にかかります、殿下。カインと申します。以後、お見知りおきを」
我ながら完璧な挨拶だ。 日焼け一つしていない儚げな容姿も相まって、周囲からは「なんて美しい礼儀作法……」「まさに深窓の貴公子……」とヒソヒソ声が漏れ聞こえてくる。よしよし、これでただの『礼儀正しい大人しい貴族A』としてやり過ごせるはずだ。
そう安堵したのも束の間。
王太子は、興味深そうに俺の顔を覗き込み、極上の笑みを浮かべてこう言い放った。
「顔を上げてくれ。君がルファスの弟か。……君の剣の腕は素晴らしいらしいね。彼からいつも自慢話を聞かされているよ」
——ピキッ。 俺の顔に張り付いていた笑顔に、ヒビが入る音がした。
(は?)
俺はゆっくりと、隣でニコニコしているバカアニキを睨みつけた。 こいつ、王太子殿下に俺のことなんて吹き込んでやがったんだ!? 『深窓の病弱美少年』って設定で身を隠そうとしてたのに、初対面で『剣の達人』ってバラす奴があるか!!
王太子の一言は、周囲の空気を一変させた。 女生徒たちの黄色い歓声は止み、「えっ、あの細い体で?」「剣の達人なの?」と、広場にいた全生徒の視線が一斉に俺へと突き刺さる。 それどころか、先ほどのピンク頭の女、距離感バグってるイケメン二人組、パンを咥えて転んだ女、さらには木の上に潜む黒装束の連中までが、一斉にこちらに注目しているのが肌でわかった。
(終わった……!!)
目立たず様子を見るという俺の完璧な作戦は、入学式開始5分前にして、実の兄の手によって完全に粉砕されたのだった。




