第6話
あれから数年。
俺の泥臭い努力は、確実に実を結んでいた。 どうやらカインの体は極端に虚弱だっただけで、剣の「才能」自体は恐ろしいほど秘めていたらしい。
「シっ……!」
「甘いですよ、カイン坊ちゃま!」
中庭に、激しい木剣の打ち合いが響く。
俺の鋭い突きを、セリア先生が紙一重で躱し、強烈な袈裟斬りを放ってくる。俺はそれを剣の腹で受け流し、そのまま彼女の死角へと滑り込んで寸止めした。
「……そこまで。私の負けです」
息を乱したセリア先生が、呆れたような、けれど誇らしげな笑顔を見せた。
今や俺の剣の腕はメキメキと上達し、あのバインバイン聖騎士様と互角——-いや、打ち合いのセンスだけで言えば、それ以上に渡り合えるようになっていた。
「へっ、まだまだだな、セリア先生。今日は俺の3勝2敗だ」
「くっ……生意気な。昔は素振り一回で生まれたての子鹿みたいに震えていたくせに」
軽口を叩き合いながら、俺はタオルを受け取って顔の汗を拭った。
基礎体力も人並み以上になり、剣技も聖騎士クラス。これでフラグ粉砕のための武力は十分に整ったはずだ。完璧な生存戦略だろ。
……だが。
俺は手元のタオルを握りしめ、中庭の隅にある水鏡に映る自分の姿を見て、絶望的な気分に陥っていた。
「……ほんとふざけてやがる…」
「どうしました?」
「どうしました、じゃねぇよ!!」
俺はバッと自分の上着を捲り上げ、己の肉体を凝視した。
そこにあるのは、無駄な脂肪が削ぎ落とされた腹筋。しかし、それは決して俺が望んだ「ゴリマッチョ」ではなく、いわゆる『細マッチョ』というやつだった。しかも、限りなく「細」に近い。
「何年……何年も毎日毎日、泥まみれで太陽の下で剣を振って、プロテイン代わりに肉をアホみたいに食ってきたんだぞ!? なんで太くならねぇ!? なんで日焼け一つしてねぇんだよ!!」
そう。一番の問題はそこだ。
水鏡に映る俺の肌は、数年前の引きこもり時代と全く変わらない——いや、むしろ年々その透明感を増しているではないか。
色素の薄いプラチナブロンドは陽の光を浴びて天使の輪っかを作り、汗をかいてほんのり赤みを帯びた白い頬は、自分で言うのもなんだが「滴るような色気」すら放っている。
誰がどう見ても、『激しい運動をして汗を流す、儚げで美しい貴公子』の図である。
「冗談じゃねぇぞ……! 生物学の法則が仕事してねぇ!! 普通、こんだけ外で暴れ回ってたら肌は真っ黒になって、ゴツい筋肉がつくもんじゃねぇのかよ!!」
「はぁ……。相変わらず変なところで悩んでいますね。カイン様は元々そういう細身の体質ですし、お肌が白くて美しいのは貴族として大変素晴らしいことじゃないですか。私なんて、日焼け止め魔法をかけるのに毎日必死なんですからね」
「魔法で防げるなら俺のこの異常な白さはなんなんだよ! 呪いか!? 絶対なんかの力が働いてるだろ!!」
セリア先生は呆れ顔だが、俺の心中は穏やかではなかった。
これはつまり、『ゲームの設定(強制力)』が『生物学の法則』に勝っているという決定的な証拠だ。
俺がどれだけ男らしく、逞しくなろうと足掻いても、この世界は俺を『儚げな美少年』の枠に収めようとしている。
(ヤバいヤバいヤバい……!)
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
もしこの姿で学園に入学したらどうなる?
『口が悪くて短気だけど、剣の腕は超一流。でも見た目は儚げで、汗を流す姿がエロい美少年』
……属性がてんこ盛りじゃねぇか!! こんなの、乙女ゲーだろうがBLゲーだろうが、絶対に特定の層(主にヤバい奴ら)の性癖にぶっ刺さるに決まってる!!
(クソッ、ステータスは上げられても、ビジュアルは変えられねぇってことかよ……!)
俺は絶望に天を仰いだ。
貞操を守るための筋肉バリア計画は、世界そのものの理不尽な設定によって、斜め上の「ギャップ萌え」という最悪のオプションを付与されてしまったのだった。




