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第5話

数日後。

親父が自信満々に連れてきた「最強の騎士」を見て、俺は思わず息を呑んだ。


「紹介しよう。我が侯爵家が誇る騎士団の副団長にして、王国でも数少ない『聖騎士』の称号を持つ、セリア殿だ」

「……セリアと申します。侯爵様からのご命令とあらば従いますが……ふん。いくらお飾りの稽古とはいえ、甘えは一切許しませんからね。泣いて逃げ出しても知りませんよ、カイン坊ちゃま」


腕を組み、ツンッとそっぽを向く彼女。  

燃えるような赤髪をポニーテールに束ねた、キツめの美貌を持つ20代前半くらいのお姉さんだった。  

そして何より目を引くのが、騎士の制服の上からでもはっきりと自己主張している、その豊満な胸部装甲である。


(……バ、バインバインだぁ……!!)


俺のテンションは爆上がりした。  

美人! 巨乳! そしてこの「坊ちゃん相手のお守りなんて面倒ね」と言わんばかりの、テンプレのようなツンデレ態度!


(おっ? なんだなんだ、急に風向きが変わってきたぞ? これ、ここからお姉さん先生とのイチャコラ修行ライフが始まるラブコメ展開になんじゃねぇの!?)


BLへの恐怖で縮み上がっていた俺の心に、一筋の光明が差し込んだ。  

こんな超優良物件を前にして、悪態をついている場合ではない。俺はスッと背筋を伸ばし、最上級の猫を被って、淑聖な笑みを浮かべた。


「初めまして、セリア先生。ご指導いただけるなんて光栄です。至らぬ点ばかりですが、どうか厳しく鍛えてください。よろしくお願いします」

「えっ……あ、はい。……意外と礼儀正しいのですね。少しは骨がありそうです」

俺の模範的な挨拶に、セリア先生は毒気を抜かれたように少し頬を染めた。よし、第一印象は完璧だ。チョロいぜ。


しかし、俺の浮かれた気分は、続く親父の言葉で一瞬にして凍りついた。


「セリア殿は先の魔王軍残党との戦いでも、単騎でオークの群れを殲滅したほどの猛者だ。カイン、しっかりと学ぶのだぞ」

「はいっ! 我が聖剣の前に断てぬものはありませんから!」

「…………は?」

魔王軍の残党? オークの群れを単騎で殲滅? 聖剣?  おいおいおい、ちょっと待て。


(『聖騎士』って……ただのカッコいい称号じゃなくて、ガチのやつかよ!! 魔王とかオークとか、完全に血みどろバトルものの『あるある』じゃねぇか!!)


ラブコメへの淡い期待は、オークの棍棒によって無惨に打ち砕かれた。  

もしこの世界がガチのバトルファンタジーだとしたら、俺みたいな「ステータス貧弱な金持ちの坊ちゃん」なんて、中盤で魔物に屋敷ごと襲われて無惨に死ぬか、主人公を引き立てるための噛ませ犬になるのが関の山だ。


(こ、こりゃあ……マジで徹底的にやらねぇと、貞操どころか命がヤバいぞ……!)


俺は冷や汗を拭い、さっそくセリア先生に指導を乞うた。  

まずは素振りからだ。木刀を受け取り、気合を入れて構える。


「ふんっ!!」


——カランッ。


「……え?」


勢いよく振ったはずの木刀は、空を斬るどころか、俺の細すぎる腕からすっぽ抜けて地面に転がった。  

しかも、たった一回振ろうとしただけで、肩で息をする始末。腕はプルプルと生まれたての子鹿のように震えている。


「あー……。坊ちゃま? まさかとは思いますが、それが全力ですか?」

「う、うるせぇ! ちょっと手が滑っただけだっ!」

思わず素の口調が出てしまったが、セリア先生は呆れたようにため息をついた。


(マジかよ……。いくら病弱で引きこもりだったとはいえ、ここまでひどいとは……)


想像以上に、俺の体はポンコツだった。  

今までロクに運動してこなかった10歳の体は、まったく言うことを聞いてくれない。これでは剣技を教わる以前の問題だ。聖騎士の必殺技なんて夢のまた夢である。俺は被っていた猫を放り投げて言った。


「……先生。すまねぇ、俺が甘かった」

「おや、もう諦めるのですか?」

「バカ言え。諦めるわけねぇだろ。ただ、剣を振るう前の『土台』が腐ってるって気付いたんだよ」


俺は地面に落ちた木刀を拾い上げ、セリア先生を真っ直ぐに見上げた。


「剣術の稽古は後回しだ。まずは基礎体力作りから頼む。走る、腕立て、腹筋、スクワット。俺の体がぶっ倒れるギリギリのラインで、毎日のメニューを組んでくれ」


俺の真剣な目つきに、セリア先生は少し驚いたように目を瞬かせた後、フッと楽しげに笑った。


「……ふふっ。口は悪いですが、その目、嫌いじゃありませんよ。いいでしょう、地獄の基礎練メニュー、私がみっちりと考えてあげます」


(よし。ツンデレお姉さんの指導付きなら、地獄の筋トレも少しは捗りそうだ)


まずは体力ゲージを人並みにする。  

死のフラグも、BLのフラグも、すべてはこの筋肉(予定)で粉砕してやる。  

屋敷の庭の片隅で、俺とバインバイン聖騎士による、泥臭い基礎トレーニングの日々が始まったのだった。


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