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第4話

「カイン……! お前、今なんと……!」


親父は手元の羽ペンを取り落とし、ワナワナと震える手で目頭を押さえた。厳格そうな顔面が、見る見るうちに崩れていく。


「剣を習いたいと言ったのだな……! ああ、この父は嬉しいぞ! ずっと部屋に閉じこもっていたお前が、自ら体を鍛えたいと申し出てくれる日が来るなんて……っ!」

「ち、父上……! よかった、本当によかったですね……!」


さっきまでキラキラしていた兄貴まで、感極まったようにポロポロと涙を流し始めた。  

おいおい、なんだこの空気。大の男二人が揃いも揃って泣き出しやがった。引くわ。


「……大袈裟すぎんだろ、あんたら。俺はただ剣を振るいてぇって言っただけだぞ」


ドン引きしながら呟くと、親父は涙をハンカチで拭いながら大きく頷いた。


「いや、無理もないのだ。お前は昔から体が弱く……そのうえ、優秀なルファス(兄貴の名前らしい)と常に比べられてきたからな。すっかり自信を失って、部屋に引きこもってばかりいたお前が、前を向いてくれたことが父は嬉しいのだよ」


(なるほど。そういう設定か)


親父の言葉を聞いて、俺はこれまでのカインの荒んだ態度の理由を完璧に理解した。

病弱。  

優秀な兄への強烈なコンプレックス。  

引きこもり。  

その裏返しとしての、周囲への攻撃的な態度と口の悪さ。


(……あれ? これ、乙女ゲーの設定でめちゃくちゃよくあるやつじゃね?)


俺の脳裏に、前世で妹がプレイしていた乙女ゲームのパッケージがよぎった。  

いるいる。こういう『優秀な身内への劣等感をこじらせて捻くれたキャラ』。  

そして学園に入学後、光属性のヒロインに「あなたはあなたよ! お兄様とは違う魅力があるわ!」的なことを言われてあっさり絆され、デレるやつだ。典型的なチョロイン枠じゃねえか。


……待てよ? 

ヒロインに攻略されるってことは、やっぱりここは乙女ゲームの世界の可能性が高いのか?  いや、まだ油断はできない。BLゲームの主人公(受け)が、俺の劣等感を健気に包み込んでくるパターンだって十分にあり得る。どこの馬の骨とも知らん野郎に「カイン君はカイン君だよ(キラキラ)」とか言われながら肩を抱かれる姿を想像して、俺は全身に盛大な鳥肌を立てた。


(クソッ、どっちにしろ冗談じゃねえ!)


劣等感? トラウマ? 知ったことか。  

中身がすり替わった今の俺には、優秀な兄貴へのコンプレックスなんて欠片もねぇんだよ。あるのはただ一つ、「自分の身(主に貞操)は自分で守る」という鋼の意志だけだ。


「……まぁ、そういう昔のことはどうでもいいわ」


俺は鼻で笑い、親父を真っ直ぐに見据えた。

「とにかく、俺は強くなりてぇんだ。ヒョロヒョロのままじゃ、いざって時に自分の身も守れねぇだろ。腕の立つ奴を俺の専属につけてくれ。みっちりしごいてもらうからよ」

「おお……! なんて頼もしい顔つきになったのだ、カイン! よし、父に任せておけ! 我が侯爵家が誇る、最強の騎士をお前の師として呼んでこよう!」


親父は勢いよく立ち上がり、誰かを呼ぶために執務室を飛び出していった。兄貴も「僕も応援するよ、カイン!」と謎のウインクを残して後を追う。


嵐が去った後の執務室に取り残され、俺は一人、ニヤリと口角を上げた。


(ひとまず、物理で何とかできるレベルまでは徹底的に鍛え上げてやる。ヒロインだろうが攻略対象だろうが、俺の平穏を脅かす奴は全員、この腕でぶん殴ってやるからな……!)


こうして、フラグ粉砕のための、俺の筋肉至上主義な特訓の日々が幕を開けたのだった。


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