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第3話

(……なんだ、猫を被る必要ねぇのか。そっちの方がよっぽど楽だぜ)


これまでのカインの振る舞いを知り、俺はホッと胸を撫で下ろした。気味の悪い作り笑いをスッと引っ込め、元通りのしかめっ面に戻る。


「……チッ。なんだよ、キモチワリィな。こっちは病み上がりで頭がボーッとしてただけだ。いちいち突っかかってくんな、バカアニキ」

「あはは、やっといつものカインに戻ったね。やっぱり君はそうじゃなくちゃ」


バカアニキ呼ばわりされてるのに、なぜか嬉しそうに目を細める兄。

……なんだこいつ、ブラコンか? ますますBLの危険性が高まった気がするんだが。


「ていうか、アンタ今何してんだ? なんでこんな昼間っから屋敷をウロウロしてんだよ」

「ひどい言われようだなぁ。僕が通っている学園が今、連休に入っているから実家に戻ってきているんだよ。普段は学園の寮で生活しているからね」


学園……!!  

乙女ゲーだろうがBLだろうがラブコメだろうがバトルものだろうが、絶対の確率で舞台になる『お約束』の施設キターーーッ!


「ふーん……。じゃあ、俺ももうすぐそこに入学するのか?」

「もうすぐって……カインはまだ10歳じゃないか。学園は15歳から入学だよ。君が入るのはあと5年も先さ」


なるほど。兄貴との何気ない会話から、重要な情報がポロポロとこぼれ落ちてくる。  

学園入学が15歳。十中八九、そこが『ゲームの本編開始』のタイミングだ。つまり、俺にはあと5年の猶予がある。


(15歳まで、あと5年……)


俺は改めて自分の細い腕を見下ろした。  

このまま無策で本編に突入し、もしこの世界がBLゲームだったら? このひ弱な美少年の体では、屈強な攻略対象(攻め)に力尽くで押し倒されたら絶対に抵抗できない。貞操の危機だ。  

乙女ゲーの悪役令嬢の取り巻きポジだったとしても、主人公の逆ハーレム要因たちにボコボコにされる未来しか見えない。バトルものなら言わずもがな、真っ先に死ぬモブAだ。


(ジャンルが何であれ、ひとまず『武力』をつけておいて絶対に損はねぇ……! いざという時、物理で殴り飛ばせる力があれば最悪の事態は回避できる!)


自衛。それは生存戦略の基本中の基本だ。


「おい、アニキ」

「ん? どうしたんだい?」

「親父のとこに案内しろ。今すぐだ」 「父上のところへ? いいけど、君はまだ熱が下がったばかりで……」

「いいから! さっさと歩け!」

「わ、わかったよ。引っ張らないでおくれ」


家が広すぎて親父の部屋がどこかわからないため、俺はキラキラ兄貴を道案内に使うことにした。


* * *


案内されたのは、重厚な両開きの扉の奥にある執務室だった。  

部屋の中央にある大きなマホガニーのデスクには、書類仕事に追われている初老の男性が座っていた。彼もまたプラチナブロンドの髪を持ち、厳格そうだがどこか疲労の色が見える。間違いなく俺の父親——-侯爵当主だ。


「父上、失礼します。カインがどうしても父上にお会いしたいと……」

兄貴が申し訳なさそうに声をかけるより早く、俺はズカズカと執務室に踏み込んだ。


「親父! 俺、剣を習いたい!」

単刀直入な俺の宣言に、執務室の空気がピタリと凍りついた。  


書類から顔を上げた親父は、目を丸くして俺を凝視している。隣に立つ兄貴も「えっ?」と間抜けな声を漏らした。

「……カイン、お前、今なんと……?」

「だから、剣を習いてぇって言ってんだよ! こんなひ弱な体じゃ、いつまで経っても寝込んでばっかだろ! 今日から体鍛えて、強くなってやる!」


俺は、細い腕で力強くガッツポーズを作ってみせた。  

親父と兄貴は顔を見合わせ、信じられないものを見るような目で俺を見つめている。  

病弱で引きこもりがちだったであろうカインの口から、まさか『剣を習う』なんて言葉が出るとは思っていなかったのだろう。


「頼む、親父! 最高の剣の師匠を用意してくれ!」


俺の悲痛な——-貞操を守るための——叫びが、執務室に響き渡った。


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