第15話
「ふざけんなクソ神があああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
あの日、俺の魂の絶叫が侯爵家の屋敷に響き渡ってから、数週間が経過した。
俺のこれまでの血みどろの努力――地獄の筋トレ、貞操を守るための過剰な警戒心、そして魔王城への単独カチコミ――そのすべてが「ただの勘違い」だったことが発覚した。
この世界はただ神獣をモフモフして育てるだけの『辺境神獣育成ライフ~モフモフ幸せスローライフ~』。
俺は「王都で道を聞かれるだけの『通りすがりのモブA』」だったのだ。
* * *
「……心を無にしろ。俺はただの風景。道を示すだけの看板だ」
王都の中央広場。噴水の縁の指定された座標に立ちながら、俺は静かに深呼吸をした。
プラチナブロンドの髪が風に揺れ、透き通るような白い肌が陽光を弾く。相変わらず見た目は『儚げな美少年』のままだが、俺の心は完全に悟りを開いた老僧のそれだった。
ただ立って、声をかけられたら既定のセリフを返す。それだけだ。
それさえ完遂すれば、俺の役目は終わり。平穏なモブとしての余生が約束される。
「あの……すみません」
不意に、控えめな声がかけられた。
振り返ると、そこには少し土埃で汚れたマントを羽織った、田舎から出てきたばかりのような素朴な少女が立っていた。彼女の腕の中には、初期ペットの白い子犬(ポメラニアン風)が抱かれている。
(……来た!! 間違いない、こいつがこのゲームの『本来の主人公』だ!!)
俺のNPC魂が、かつてないほどに燃え上がった。ついに、俺がモブとして真に輝く時が来たのだ。
俺はスッと姿勢を正し、誰の記憶にも残らないような、絶妙に薄味な微笑みを浮かべた。
「どうしましたか? 何かお困りですか」
「あ、えっと……王立神獣研究所って、どっちに行けばいいんでしょうか? 道に迷ってしまって……」
さぁ、いくぞ。
俺が数週間にわたって脳内でシミュレーションし続けた、完璧な道案内を!
「研究所ですね。この大通りを真っ直ぐ進み、三つ目の角を右に曲がった先にある、青い屋根の大きな建物ですよ」
「あ、ありがとうございます! 助かりました!」
主人公の少女はパッと顔を輝かせ、お辞儀をしてから元気よく大通りを駆けていった。
……終わった。
俺は、誰もいない広場でひっそりと、しかし力強くガッツポーズをした。
やった。やり切った。一切のフラグを立てず、余計な関わりも持たず、ただ純粋に「道を聞かれるNPC」としての役割を真っ当したのだ。
さらば、乙女ゲーの逆ハーレム。さらば、BLゲーの貞操の危機。
俺の平穏で何もない、最高に退屈なモブライフが、今ここから……。
『ピロリンッ☆』
突然、俺の脳内に、神獣育成ゲームのほのぼのしたBGMとは場違いな、やたらと重厚で派手なシステム音が鳴り響いた。
「……は?」
俺の目の前に、禍々しい真紅と黄金の装飾が施された、巨大なホログラムウィンドウが展開される。
『やっほー! お疲れ様! 見事にNPCの役目を果たしたね!』
「お前……あの時のクソ神……」
『いやー、実はさ! 君がチュートリアル期間中に裏ボスの魔王を単騎でワンパンしたって噂が、プレイヤーの間でバズりにバズっちゃってね!』
「…………はい?」
『あまりに人気が出すぎたから、運営が急遽、君を主人公にした【大型追加DLC】をリリースすることになったんだ! おめでとう!!』
ウィンドウの真ん中に、デカデカと新しいゲームのタイトルロゴが浮かび上がる。
【スピンオフ外伝:鮮血の白百合はモブになりたい】
〜最強ステータスで裏ボスを物理粉砕したら、なぜか勇者と兄と王太子に異常に執着されて逃げられない件〜
そして、そのロゴの右下には、俺が何よりも恐れていた文字がハッキリと刻まれていた。
ジャンル:【ヤンデレ・バトル・総受けラブコメディ】
「……………………嘘だろ」
俺は絶望のあまり、膝から崩れ落ちて天を仰いだ。
完璧にモブとしての役目を真っ当したはずなのに。
フラグをへし折るためにやりすぎた過去の業が、まさかの『別ジャンルのスピンオフ主人公に抜擢される』という最悪の形で俺に襲いかかってきたのだ。
「誰か……嘘だと言ってくれぇぇぇぇぇぇっ!!」
遠くから、俺を探すバカアニキや勇者ユーリたちの騒がしい足音が近づいてくる。
平穏なNPC生活は一瞬にして崩れ去り、俺の胃がぶっ壊れそうな過酷な第二の人生が、今まさに始まろうとしていた――。
-完-
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