第13話
魔王城への過酷な旅路。
その道中、俺の唯一の希望であり、すべての不純なフラグをへし折る防波堤となるはずだった「食パン女」が、突如として足を止めた。
「……ち、遅刻、遅刻ぅ〜」
いつものように間の抜けた声で食パンを咥えていた彼女の周囲から、突如としてドタバタオーラが消え去った。
代わって噴き出したのは、肌を刺すような禍々しい魔力と、重苦しいシリアスの波動。
「ふふ……あははははっ! 愚かな人間どもめ。まさかこの私を、いともたやすく勇者パーティに招き入れるとはな!」
「……は?」
食パンを吐き捨てた彼女は、血のように赤い瞳をギラつかせ、声のトーンを数オクターブ下げて高らかに宣言した。
「我は魔王軍四天王が一人! 貴様らにはここで死んで――」
「ヒィッ!?」
ズバァァァァァァァンッッ!!!
気づけば、俺は剣を振り抜いていた。
バインバイン師匠による地獄の特訓で細胞レベルまで染み付いた俺の生存本能が、突如としてシリアスかつ殺意MAXで襲いかかってきた女にビビり散らし、全力の神速カウンターを叩き込んでしまったのだ。
「えっ……あ、れ……?」
四天王(食パン女)は、必殺技を放つどころか、本来の恐ろしい姿に変身する間すらなく、俺の一撃を諸に食らって崩れ落ちた。
「ああ……魔王様……。どうか、ご無事で……あなたを、愛して、おりまし……た……」
そのまま彼女は、叶わぬ恋に散る悲劇の悪役のような切ないセリフを残し、サラサラと光の粒子になって消滅していった。
「…………嘘だろ」
俺は血の気の引いた顔で、空を舞う光の粒子を見つめた。
少女漫画のラブコメ枠だと思って全力で逃げ込んだ先が、まさかの『魔王に叶わぬ恋をするシリアス敵幹部スパイ枠』だったなんて。
ジャンルが大渋滞を起こしているどころの話じゃない。もうこの世界が何を描きたいのか、俺にはゴールがまったく見えねぇ!!
カラン、と俺の手から木剣が滑り落ちる。
防波堤は崩れ去った。俺はたった今、自らの手で唯一の安全圏(だと思っていたもの)を瞬殺してしまったのだ。
「カインさん……っ!」
ハッとして振り返ると、そこには異様な光景が広がっていた。
「カインさん……俺たちが油断している隙に、咄嗟に敵を討ち果たしてくれるなんて……! なんて自己犠牲に溢れた人なんだ……!」
勇者ユーリが、うるうるした瞳で顔を真っ赤に染めながら俺を見つめている。
違う、俺が一番ビビってただけだ。
「ああっ、みんなの為に自分を危険にさらすなんて……!」
ピンク頭の聖女が、両手を頬に当ててうっとりと息を吐いている。
「……ねえ、見た? あの容赦のなさ」
「ああ……あの細い腕で命を刈り取る姿、ゾクゾクするね。ベッドで鳴かせてみたいね」
イケメンコンビが、俺を見て熱い吐息を漏らし合っている。こっち見んな! お前らだけでイチャついてろ!!
(……終わった)
四天王を倒したというのに、パーティ内の空気は最高潮に煮詰まっていた。
乙女ゲーの逆ハーレムルート、BLゲーの総受けルート、その両方のフラグが、俺の『儚げな容姿で敵を瞬殺する』というギャップによって、完全に限界突破してしまったのだ。
このままこいつらと一緒に旅を続ければ、遅かれ早かれ俺の貞操は前後左右から蹂躙される。
(冗談じゃねぇ……! 俺はどのルートにも入らねぇ!!)
俺は決意した。
乙女ゲー? BL? ラブコメ? 知ったことか。
ゲームの強制力が俺を特定のジャンルに押し込めようとするなら、その強制力ごと物理でぶち壊してやる。
俺が選ぶのは、ヒロインも攻略対象も必要としない、たった一つの道。
(俺一人で魔王をぶっ倒す……! 『無双ソロルート』だ!!)
熱っぽい視線を送ってくる勇者たちに背を向け、俺は一人、魔王城へと続く荒野を爆速で駆け出したのだった。




