第12話
「……これは勅命だよ? カイン」
王太子殿下は、輝くような極上のスマイルのまま、底冷えするような悪魔的な笑みを浮かべてそう言い放った。
(……ッ! この腹黒王子が!!)
『勅命』。その二文字を出されてしまえば、一介の侯爵家の長男坊にすぎない俺に拒否権などあるはずがない。
もしここで首を縦に振らなければ、不敬罪で俺だけでなく親父や兄貴、果ては侯爵家全体が取り潰しになる可能性すらある。
完全に逃げ道を塞がれた。
このままでは、光属性100%の赤面勇者、あざとい平民聖女、距離感バグのイケメンコンビという『ジャンル闇鍋地獄パーティ』に放り込まれる。どちらに転んでも、俺の精神と貞操が魔王討伐の前に塵となるのは火を見るより明らかだ。
(こうなったら……毒をもって毒を制すしかねぇ……!)
俺はギュッと拳を握りしめ、覚悟を決めて王太子を真っ直ぐに見据えた。
「……分かりました。殿下の仰る通り、勇者殿のパーティに加わりましょう」
「おお! 本当かい、カインさん!」
パーッと顔を輝かせるユーリを片手で制し、俺は言葉を続ける。
「ですが、一つだけ条件があります」
「ほう? なんだい、言ってみてくれ」
王太子が面白そうに目を細めた。
俺は深呼吸をし、一縷の望みをかけてその言葉を口にした。
「今日、入学式の前に広場で……『食パンを咥えたまま盛大にすっ転んでいた女生徒』がいたはずです。あいつを、このパーティに加えてください」
ピタリ、と。
訓練所の空気が、文字通り完全に停止した。
「……は?」
「……食パン?」
「……すっ転んでた……?」
王太子が素っ頓狂な声を漏らし、勇者や聖女たちが鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見る。
無理もない。国を救うための勇者パーティの追加条件が「パン咥えて転んでた女を入れろ」なのだ。頭がおかしくなったと思われても仕方がない。
だが、俺は大真面目だった。
(あいつだ……! あのベタすぎる『少女漫画のドタバタラブコメ』の波動を放つ女がいれば、このむせ返るような乙女ゲー&BLゲーの空気を中和できるかもしれない……!)
もしパーティの空気がBLや逆ハーレムに傾きそうになっても、あいつが「ち、遅刻遅刻ぅ〜!」と空気を読まずに突っ込んできてくれれば、全てがギャグ時空に引きずり込まれる。最悪、俺はあの女とフラグを立てて、相対的に一番安全で平和な『少女漫画ラブコメ路線』に全力で逃げ込んでやる。
「カイン……お前、何を言っているんだ?」
隣でバカアニキが本気で心配そうな顔をしてきたが、俺は無視して王太子に詰め寄った。
「その条件を飲んでいただけるなら、俺はこの命を懸けて勇者殿をお守りすると誓いましょう。……どうですか、殿下?」
「ええっと……。し、食パンを咥えて転んでいた女生徒、だね。……わかった、至急学園の者に探させよう」
さすがの腹黒王太子も、俺のあまりの気迫と意味不明な要求に気圧されたのか、少し顔を引きつらせながら頷いた。
(よし……! これで最悪の事態に対する『防波堤』は確保したぞ……!)
俺は内心でガッツポーズをした。
乙女ゲーか、BLゲーか、バトルものか。そこに無理やり少女漫画のラブコメをねじ込んでやる。
俺の平穏と貞操を守るための、異ジャンル異種格闘技戦が、今ここに幕を開けたのだった。




