<EP_006>
翌朝、特区庁舎にはいつもの抗議の電話ではなく、報道各社からの取材依頼の電話が鳴り響いていた。
哲也はいつものように窓から登庁した。
登庁した哲也を待っていたように、特区長室へ大量の書類を抱えた職員が入ってくると、哲也の机の上の未決箱へドサッと置いた。
「特区長、昨日の戦闘の被害報告と、関係各所への申請書類です。承認をお願いします」
その量に哲也はうんざりするが、職員は気にした様子もなく部屋を出ていこうとした。
哲也は出ていこうとする職員を呼び止めると、自分の決済印を職員に投げた。
「面倒くさいから、キミに任せた。テキトーに押しておいて。俺は出かけるからよ」
そう告げると、哲也は椅子から立ち上がり、部屋から出ていこうとした。
「特区長、どこへ?」
決済印を渡され、戸惑っている職員が哲也に尋ねた。
哲也は首だけを回し、ニヤリと笑う。
「ルージュだけじゃ大変だろうからよ。ちょっくら、診療所に行ってくるわ。後は任せた」
そういうと手をひらひらさせ、特区庁舎を後にした。
哲也が診療所に着くと集まっていた住人からは歓声の声があがる。
診療所の入口には数人の子供たちが集まっていた。
子どもたちの中の年長の少女が哲也に紙束を渡してくる。
「秋月先生。私たちが書いた手紙です。受け取って下さい」
集まった子どもたちの中には、先日の首飾りをくれた少女もいた。
哲也は手紙を面倒そうに受け取る。
「ありがとよ。ただ、次からは手紙じゃなくて現金もってこい」
そう告げると診療所へと入って行った。
診療所としている自宅の部屋へと入り、四畳半で白衣に着替える。
「ちっ、こんなのが増えてもしょうがねぇのによ」
そう呟き、子どもたちの手紙は押入れの段ボールに無造作に放り込んだ。
「おい、士郎!マナ中毒者はルージュのほうに。それ以外は俺のとこに連れてこい!」
窓から入口で入場整理をしている士郎へ声をかけ、哲也は六畳間へと戻っていった。
診療中にかけていたテレビからは、特区庁のロゴを背にした鳶田が熱く語る姿が流れていた。
「…秋月特区長のご協力と、雷研究所の成果により、この度、雷のエネルギーを効率的に充電するバッテリーの実用化に成功しました!<つくば>発、エネルギー革命です!」
画面からは、<つくば>特区内を来年度より実証実験区域とすることも伝えられ、区域内の電気料金の大幅値下げが期待できるのではないかと言われていた。
診療の間にチャンネルを変えると、どこも同じように昨日の戦闘の特集ばかりだった。
誰が撮ったのかわからないが、ライカーグと対峙する哲也、特区庁舎に戻る哲也の後ろ姿が画面に映し出され、コメンテーターが好き勝手に褒めそやしていく。
「ちっ、面倒くせぇ…」
哲也は舌打ちをした。昨日の今日で、掌を返したメディアの姿勢には心底うんざりしていた。
そのままつけっぱなしにしていると、キャスターは興奮した口調で報じていく。
「...秋月特区長は、最後まで最前線に留まり、住民の安全を確保した後に自ら大魔族に幕を引きました。先日までの批判はどこへやら、SNS上では『戦う特区長』として絶賛の嵐です!」
また、別のチャンネルでは「今回の事件は秋月区長の失政が問題であり、今後、このような事件が起こらないよう……」と野間や四位がしたり顔で会見する様子も映し出されていた。
(チッ、安全圏に居続けたヤツが良く言うぜ)
そう、心の中で毒づきながら、哲也は次々と入ってくる患者に対応していった。
「う゛〜、づがれたぁ〜」
哲也のアパートの窓が開き、ルージュが入ってきた。
ルージュはサンタ帽を被り、赤と白で飾り付けられたファーを羽織って、全身は背中の大きく開いた赤と緑と白のキャミソールを着ていた。
「なんだ、その格好?」
小悪魔サンタな格好のルージュにドテラ姿の哲也は思わず目を丸くする。
「へへ〜ん、鳶ちゃんがプレゼントしてくれたの。似合う?」
ルージュは空中でポーズをとると、着地し、コタツへと入ってくる。
(鳶田のヤツ……趣味丸出しじゃねぇか)
そんなルージュを見ながら、哲也は苦笑いしてしまう。
「ルージュ様、窓から入らないように言っていますでしょう」
ドアからは半裸のベルゼスも入ってきた。
「シロー、お腹空いたぁ〜ご飯〜!」
そんなベルゼスの小言を無視して、ルージュは台所にいる士郎へ声をかける。
士郎は相変わらずのタンクトップに短パン姿である。
ドテラ姿の哲也に、ミニスカサンタなルージュ、半裸のベルゼスに、タンクトップと短パンの士郎。
部屋に集まった4人の姿を見ていると、季節がいつなのかわからなくなる。
そんな中、士郎が大量のパスタを盛り付けた大皿をコタツの上に置いた。
「今日はカルボナーラを作ってみたッス」
ミルクと卵黄が混ざりあったソースがたっぷりとあえられ、トマトやベーコンとともに、上からは粉チーズがたっぷりとかけられたパスタの登場にルージュは目を輝かせた。
「ほぉ、美味そうじゃねぇか。こういうのでいいんだよ、こういうので」
美味そうな匂いを放つパスタに哲也も顔をほころばせる。
士郎が小皿に取り分けて各人に渡していく。
「いっただきま〜す!うーん、美味しい」
ルージュとベルゼスは目の前のパスタにパクついていく。
哲也も口に運ぶが、その顔が一瞬で曇った。
「……おい、士郎…コイツはカルボナーラじゃねぇな?」
哲也の不穏な空気を察しようともせず、士郎は腕を突き出し力こぶをみせつけていく。
「はい。牛乳にはたっぷりのプロテインを入れましたし、粉チーズの代わりにチーズ味のプロテインをかけてみたッス。Yeah!」
そういうと、爽やかな笑顔でニッと白い歯を見せて笑った。
「こんなもん、喰えるかあぁぁぁ!」
哲也は吼えた。
「哲也、そんなことないよ。とっても美味しいよ。シロー、おかわり!」
最初に盛られたパスタを完食したルージュは、士郎へと皿を突き出していく。
(マヂか、コイツら……)
美味そうにカルボナーラに擬態した何かを食べていく三人を見て哲也は絶句してしまう。
「もういい、俺は外で食べてくる」
そういうと哲也は立ち上がった。
「ダメッスよ。今日は開票日なんですから」
「開票日?」
「そうッスよ。今日は特区長選の開票日ですよ。そろそろ始まるッスよ」
哲也が不思議そうに尋ねると、士郎はテレビをつけて答えた。
テレビでは天気予報が流れていた。
「ああ、そんなのどうでもいいんだよ。どうせドベだ。これで特区長からおさらばできると思うとせいせいするぜ」
哲也は、そう言って出ていこうとする。
「ダメよ。どっちにせよ、ここで皆で祝ってあげるんだから。ベルゼス、テツヤを止めなさい」
ルージュがそう言うとベルゼスはドアの前に立ちふさがる。
ベルゼスに入口を塞がれた哲也は冷蔵庫から缶ビールと魚肉ソーセージを取り出すと、しぶしぶコタツへと戻っていった。
「そろそろ始まるッスよ」
天気予報が終わり、テレビではオープニングファンファーレと共に20時のニュースが始まった。
「みなさま、こんばんは。午後8時のニュースの時間です。本日のトップニュースは<つくば>特区長選のニュースです…」
キャスターが特区長選の投票率や候補者名を挙げていく中、部屋の中の空気が妙に張り詰めていった。
「特区長選の投票は先程締め切られ、現在開票作業が進んでおります。……出ました、現職の秋月哲也氏、当選確実です」
キャスターの声にアパートに歓声が響き渡った。
「師匠、おめでとうございます!」
「テツヤ、おめでとう。これかも、しっかり働き続けなさい!」
「テツヤ殿、おめでとうございます」
三人の祝福の言葉を受けながらも、哲也は呆然とした顔でテレビを見つめていた。
「秋月哲也さん、事前の情勢を覆しての大逆転勝利でした。勝因はなんだったと思いますか?」
「そうですね、やはり、元々の特区内での高い人気、先日発表された<つくば>発の雷発電への協力、なによりも3日前の事件を人的被害ゼロで抑えたという危機管理能力の高さが逆転の要因だったと思われます」
「やはり、魔晶特区の<つくば>では『戦う特区長』が必要ということでしょうか」
テレビで今回の選挙の勝因などが語られていると哲也のスマホが鳴った。
哲也がスマホに出ると、玄道の嬉しそうな声が聞こえてきた。
「おめでとうございます。秋月先生。これからも魔晶特区<つくば>をお願いしますぞ」
玄道の言葉に哲也はピンときた。
「おい、爺さん。あの写真をリークしたのはアンタだな。鳶田の件も都合が良すぎるんだよ」
「さぁ、なんのことですかな。ワシも秋月先生の当選にそれなりの資金を突っ込んでいますからなぁ」
電話の先で玄道はとぼけた声を出す。
「秋月先生、今、使いの者を出しましたからな。選挙事務所にいらして下さい。主役がいないのでは格好がつかない」
「あぁ?そんなとこ行かねえぞ!」
哲也の言葉を無視して、電話が切れた。
それと同時に部屋のインターホンが鳴った。
「ああ、出なくて良いぞ……」
そう哲也が言うのと同時にドアの前にいたベルゼスがドアを開けていた。
ドアからは黒服の男たちが入ってくる。
黒服の男たちは哲也の両脇を抱えると連行するようにアパートから連れ出していった。
「くっそぉぉぉ、俺の日常を返せぇぇぇぇぇ!」
イルミネーションとクリスマスソングに彩られた<つくば>の空に哲也の慟哭だけが吸い込まれていった。
【魔晶特区長 秋月哲也 <つくば>は今日も平和でした。ただし、一人を除く 〜完〜】
これにて、魔晶都市シリーズ完結です。
ここまでお付き合いしていただき、ありがとうございました。
もし、4部作を全て読んだ方がいらっしゃいましたら、今後の執筆活動の励みになりますので、感想を聞かせて頂ければ幸いです。
4部作終了ということで、各作品の簡単な解説をしていきます。
・魔晶都市<つくば>
この作品は現代ダンジョン作品を書いてみようということから始めました。
「なぜ、ダンジョンが出現したのか」「ダンジョンの目的は」「なぜ、危険なダンジョンに一般人が潜れるのか」「潜る目的は何か」「危険なダンジョンを政府が放置している理由は何か」「そんな状況になったら世界はどうなるか」といった疑問に対して答えを用意するつもりでプロットを書いていました。
そうしたら、「ダンジョンができたら周辺が無法地帯になりました」となってしまい、「魔震で地上に魔界が出てきたら無法地帯の魔界都市<新宿>ができました。危険地帯の<新宿>は隔離対象です」という、菊池秀幸先生の魔界都市シリーズに酷似してしまいました。なので、シリーズ名と主人公名をパクらせていただきました。菊池先生&菊池先生ファンには、この場を借りて謝罪します。申し訳ございません。
・魔晶都市ブランシュ 呪いこそが最強への道でした
この作品は「追放もの」を描いてみようで作りました。
「追放する側・される側にも明確な理由を」「追放する側にも救いを」という目的で書きました。
主人公の士郎がとても素直な良い子だったので、かなりすんなりと書けた作品でした。
なのに、最後にどうしてこうなった?(笑)
・魔晶都市ラプソディ <つくば>に堕女神様がやってきた
「この作品は、女の子が足りない」ということで「令嬢もの」を書きたくて作りました。
最初は「悪役令嬢もの」にしようと思ってたのですが、「悪役令嬢ってなんだ?」という基本的な疑問にぶち当たって動かなかったので、とりあえず「元悪役である魔王の娘」として動かしてみました。
プロット当初は「魔晶都市ルージュ」という名前で作って、ルージュは仮名でした。
しかし、魔界都市ノワール→魔晶都市ブランシュで使ってしまった上に、プロット上でコメディ色も強くなってきたので、魔界都市ブルースから名前をパクり、魔晶都市ラプソディになりました。
ヒロイン名は仮名のままスライドさせました。
・魔晶特区長・秋月哲也 <つくば>は今日も平和でした。ただし、一人を除く
今作です。
プロット段階では「魔晶医師・秋月哲也」というタイトルで、地上に攻めてくるライカーグ軍を<つくば>住人を率いて哲也たちが止めるという簡単なプロットでした。
しかし、<つくば>住人を率いるには、何かしらの権力が必要だよなぁとなりまして、悩むことになりました。
元ネタの魔界医師メフィストが<新宿>区長と同一人物だったり、違かったりと複雑なので、「だったら、一緒にしてしまえ」ということで特区長という役職をつけることになりました。
蓋を開けてみたら、もう、全員がやりたい放題してくれました。(特に士郎)
書いていて「えっ、哲也?お前、そんなヤツだっけ?」と驚かされました。
さて、哲也たちの物語はひとまず終わりました。
ここまで読んでいただけた方には感謝しかありません。
では、また、お会いできる日を楽しみにしております。




