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<EP_004>

ルージュの雷研究所への出向は様々な問題を引き起こし始めた。

まず、マナ中毒者の治療が可能なのは<つくば>全体を見渡しても、マナ吸収の杖を持つ哲也とルージュのみである。

また、重度マナ中毒者による事件は毎日のように起きているため、自警団の出動も回数を増やしていた。

ルージュの診療所は午前中で閉まってしまうため、午後の治療には哲也自身が出ていく必要があった。

特区長が特区庁舎を離れて治療に行かなければならない状況が報道されると、哲也への批判を強めることになった。

また、哲也はルージュと違い、マナ注入により普通の怪我も治すことが可能であり、闇医者として<つくば>での知名度もあるため、通常の患者まで哲也の元に来てしまうのだ。

<つくば>住人が記者に口を滑らせたため、「医師免許を持っていない哲也が治療行為を行うことは違法だ!」と医師会を中心とした反対意見が多く出たのだ。

ルージュを太らせるほどのマナ量を蓄えた重度のマナ中毒者の治療には、哲也個人で対応することは不可能なので、シュツルムブリンゲンを構えた士郎を伴うことになる。

今の士郎は<つくば>自警団の団長であるため、彼を常に伴わせての行動に「特区長は自警団を私物化している」という批判も加わっていた。

様々な批判を報道陣が哲也にぶつけてくるが、哲也はまともに相手しない上、のらりくらりと躱すため、報道による批判は加熱していった。


その日も哲也は午後からは診療所に来るマナ中毒者の治療と、午後に起こった重度のマナ中毒者による傷害事件、取り押さえた自警団の治療と忙しく走り回っていた。

「疲れたな…こんだけ大量のマナを吸い取ってりゃ、そりゃルージュも太るわけだ」

診療所となっている自宅アパートを閉め、患者がいなくなって哲也はいつもの六畳間に座り込んでいた。

「師匠、お疲れ様でした。もう、患者さんもいないみたいッスね」

「ああ、そうして欲しいもんだ。士郎もお疲れさん」

部屋に入ってきた士郎を哲也は労うと、隣の四畳半に入り、迷彩服にヘルメット、腰に剣と杖を差した戦闘スタイルで出てくる。

「んじゃ、少しばかりマナ抜きに行ってくるからよ。士郎もテキトーに休め」

そう言ってアパートを出ようとする。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。今日はマズいッスよ」

慌てて士郎が止めた。

「ん?なんでだ?」

溜めたマナの影響もあり、鋭い目で哲也は士郎を睨みつける。

「今日は公開討論の日ッスよ。さすがに出ないわけにはいかないでしょ」

士郎がそう言うと、哲也はニヤリと笑った。

「ああ、あんなのは良いんだよ。どうせ当選するつもりもねぇんだしな。それ以上に、これ以上にマナを溜めるほうが俺には問題だよ」

哲也は身体の中を小さな虫が這い回るような不快感と、それに伴う苛立ちで吐き捨てるように言った。

着替えた時に見た全身には、いたるところに黒い斑紋が浮き出ていた。

「しかし……」

それでも食い下がろうとする士郎に哲也は言い放つ。

「そんなに言うなら、士郎、お前が出てこい」

「はぁ?」

哲也の言葉に士郎は目を丸くする。

「お前だって、<つくば>自警団の団長だろ?そんでもって、俺の弟子だ。師匠の代わりに公開討論会で一席ぶってこいや。じゃ、頼んだぜ」

哲也はニヤニヤと笑いながら踵を返し、手をひらひらとさせながらアパートを出ていった。

「お、俺が……?」

立ち去る哲也の背を見ながら士郎は呆然と立ち尽くすしかなかった。


つくば国際会議場にて開かれた特区長選挙公開討論会には、大手メディアから地元紙まで、多くの記者が詰めかけ、会場は異様な熱気に包まれていた。

議場の壇上には、対立候補である野党系の無所属・野間慶彦と、理想主義を掲げる共和党の四位一夫が座し、秋月哲也特区長の登場を待っていた。

候補者入場予定時刻が過ぎても、当の哲也は一向に姿を表さない。

スーツ姿の来場者や記者たちの間から、いらだちと嘲笑交じりのざわつきが広がり始めた。

そのざわつきが一気に凍りついたのは、司会者が困惑の表情で「秋月特区長代理の方が来られましたので、公開討論会を開始いたします」とアナウンスした直後だった。

厳粛な会議場の雰囲気を切り裂いて、全身を黒い金属のプレートアーマーで覆い、背中に自身よりも大きな大剣を担いだ士郎が登場すると会場は一瞬静まり返った。

士郎は全身を強張らせ緊張した様子で壇上に上がり、対立候補の野間と四位のスーツ姿の間に、異物感を強烈に放ちながら直立した。

「えー、あなたは…?」 司会者が戸惑いながら尋ねる。

士郎は直立不動のまま硬い表情で答えた。

「師匠……いえ、特区長は、よんどころない事情のため、本日は出席はいたしません。代わりに、弟子である自分が来ました」

その瞬間、会場のざわつきは怒号へと変わり、無数のカメラのシャッター音が、静寂を求めていた会議場を激しく切り裂いた。


元来、気弱で口下手な士郎である。

公開討論会ではしどろもどろにどうにか答えていくものの、内容は支離滅裂であり、集まった記者や対立候補からは失笑が漏れてくる。

最後に司会より「<つくば>に必要なものはなんでしょう?」の問いが投げかけられた。

野間は「<つくば>に必要なのは、透明性のある予算執行と、市民が安心して眠れる治安回復の確約です!」と胸を張って答えた。

四位は「<つくば>に必要なのは、資本主義的な利権ではなく、市民一人一人がマナの恩恵を平等に享受できる倫理観です!」と拳を突き上げて答えた。

「では、秋月特区長代理の士郎候補、いかがでしょうか?」

司会者から言葉を求められると士郎は、深く頭を下げたあと、顔を上げると腕を突き出し、爽やかな笑顔で高らかに宣言した。

「筋肉です!」

士郎の言葉の意味がわからず、会場が凍りつく。

そんな会場の空気を全く読まずに士郎は続けた。

「健全なマナは健全な筋肉に宿ります!だから、<つくば>にとって一番必要なのは、筋肉です!力こそパワー!Muscle is Justice!Yeah!」

士郎は力強く叫び、カメラに力こぶを見せつけ、ニッと白い歯を見せ爽やかな笑顔を見せた。

凍りついた会場は失笑に包まれ、やがて大爆笑へと変わっていった。

「あ、ありがとうございました。これにて本日の公開討論会は終わりにしたいと思います。三候補ともありがとうございました」

笑いを必死に堪えながら、司会者がそう告げると、爆笑の空気のまま公開討論会は終わりを告げた。


その日の夜のニュースで公開討論会の様子が流れると、ダンジョンから帰った哲也は部屋でビールをすすりながら大爆笑していた。


翌日の哲也の登庁にはいつも以上に報道陣が集まってきていた。

「秋月特区長。昨日の公開討論会の欠席についてお答え下さい」

「士郎団長の言っていた『<つくば>に必要なのは筋肉』というのは特区長も同じ考えなのでしょうか」

「公開討論会を欠席してまで行かなければならない公務とは何だったのですか」

矢継ぎ早の質問が哲也に飛んできた。

普段なら「あー、ハイハイ」でさっさと特区長室に逃げ込むのだが、連日の取材拒否のため、報道陣もバリケードを作って進ませなかった。

「特区長、あなたは特区長という公務をどうお考えなのですか」

なかなか進めないことに苛立ってきたところに報道陣が質問をぶつけてくる。

「あぁ?んなもん、知らねぇよ!ガタガタうるせぇんだよ!外野は黙ってろ!」

ついに哲也はキレ、ドスを利かせて怒鳴ってしまう。

哲也のあまりの剣幕に、報道陣は恐怖に言葉を失い、一斉に押し黙った。包囲が緩まった瞬間、哲也は強引にかきわけ、特区長室へと入っていった。


この言動も朝のワイドショーで報道されると、特区庁舎には抗議の電話が鳴り響くことになった。

また、公開討論会後に行われた選挙の中間情勢も発表されると、哲也はぶっちぎりの最下位という報道がなされた。

そのニュースを面白くもない様子で聞いていると、哲也のスマホが鳴った。

画面を見ると「毒島玄道」と出ていた。哲也は苦虫を噛み潰した顔で電話に出た。

「んだよ、仕事中なんだよ。」

哲也の言葉に玄道はため息をついているような声で答えてきた。

「秋月先生。もう少し、真面目にやってもらいませんと……」

「あぁ?うるせぇよ。依頼は最初の2週間だけって話だろが。大丈夫だよ、それまではやってやるよ」

「……先生…ほどほどにお願いしま…」

諦めたような声で玄道が言うのを途中で哲也は電話を切った。

スマホを机の上に放り出し、哲也への批判を繰り返すテレビの電源を落とす。

「うるせぇんだよ。特区長なんざ、いつでも投げ出してやらぁ!」

そう言うと、哲也は机の上にに足を投げ出し、椅子にふんぞり返った。


翌日、哲也はベルゼスに抱えて貰い、登庁する。

前日に開けておいた窓から特区長室に入った。

このことに気づいたメディアは翌日にはドローンによる空撮を試みるようになった。

哲也を抱え特区長室に近づくベルゼスは周りを飛ぶドローンに不快感を顕にした。

「テツヤ殿、これはなんです?」

「なんでもねぇよ。ただのハエみたいなもんだから、邪魔なら壊して構わねぇぜ」

「わかりました」

ベルゼスが翼を強く羽ばたかせると、ドローンはたちまちバランスを崩して地上へと落下していった。

報道陣の怒号が聞こえるが、気にせずに哲也は窓から登庁していった。


午後になりルージュの診療所が閉まると、哲也は診療のために診療所に向かう。

この時も哲也の周りには報道陣が群がり、診療所へと向かう車を取り囲んだ。

しかし、車から顔を出した哲也が「てめぇら、いい加減にしろ!患者が待ってんだよ!マナ患者を殺してぇのか!」と一喝すると道が開いた。


診療所にも報道陣が押しかけてきたが、自警団により守られ、診療は進んでいく。

魔晶薬によってマナ中毒になった者、中毒者によって傷つけられた者、様々な人が哲也の診療所にはやってくる。

今までは闇医者としていたが、今は正式なマナ専門の診療所であり、<つくば>内では唯一の診療所でもあるのだ。

訪れる者へ、哲也は面倒そうな顔をしつつもマナを抜き取り、時には注入し、治療を施していった。

「先生!これあげる」

診療所に来た少女が哲也に折り紙で作った首飾りを差し出してくる。

少女は先日起こったマナ中毒者の事件で崩れた壁の下敷きとなり足を骨折していた。

哲也はその場で少女にマナを注入し、歩けるようにしたのだ。

今日は経過観察のために来ているだけだった。

「んだよ、折り紙かよ。本物寄越せよ」

哲也がそう言うと、少女は涙を浮かべてしまう。

「まぁ、いいや。せっかくだから貰ってやるよ。ありがとう」

泣きそうな少女に面倒くさそうな顔をしたまま、首飾りを受け取り頭を撫でてやる。

「もう、大丈夫そうだな。気をつけろよ」

「うん、ありがとう」

哲也の言葉に満面の笑みを浮かべ、少女は立ち上がり、まだ引きずってはいるが診察室から出ていく。少女の母親が何度も頭を下げてきた。

哲也は次の患者の前に隣の四畳半に行き、少女の首飾りを押入れの中に無造作に放り込む。

押入れの中の段ボールには折り紙で作られたメダルやクレヨンで描かれた哲也の絵などが多く入っていた。

「ふん、またゴミが増えやがったぜ。面倒くせぇ」

そう言って、押入れを閉め、再び診察室としている六畳間に戻っていくのであった。


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