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<EP_002>

(なんで、俺はこんなところにいるんだろう……)

いつもと違い、着慣れないスーツに身を包みながら、報道のフラッシュが激しく炊かれる記者会見場で哲也はぼんやりと考えていた。


玄道の依頼を受けた翌日から、<つくば>の一角にはプレハブの暫定特区庁舎が建てられ始めた。

暫定の特区庁舎が建てられると、高石首相と茨城県の大津川知事、つくば市の五十島市長により、哲也への暫定特区長の任命式が行われた。

魔晶特区に指定されるのは、あくまでダンジョンゲート周辺の<つくば>一帯である。

特区内では、魔晶薬や魔導具の規制緩和、マナ研究の優先権が行われる。

特区長として哲也がすべきことは「ダンジョンゲートの監視」、「特区内でのマナ中毒者の治療」、「特区内での治安維持」が主な仕事である。

医師免許を持っていない哲也は魔晶医師ではなく、表向きは元防衛隊員でダンジョン探索の第一人者という形でマスコミには報道されていた。


「秋月特区長、特区長就任にあたり、なにか所信表明がございましたら、お願いします」

記者からの言葉に哲也は我に返った。

「とりあえず、頑張りま〜す」

哲也はそう言うだけで精一杯だった。

そんな哲也のやる気の無い一言に記者会見場は失笑とため息に包まれた。


高石首相や大津川知事がどうにかその場を取り繕い、記者会見は終わった。

特区長室に戻り、スーツの上着を机にぶん投げ、ネクタイを緩めると椅子にドカッと身体を投げ出す。

「あー、クソ面倒くせぇ…俺に何しろってんだよ…」

真新しい特区長舎の天井を見上げながら、哲也は独りごちた。


哲也のやる気の無い所信表明がニュースとなり全国に報道されると、翌日の特区庁舎には抗議の電話が鳴り止まなかった。

登庁時に哲也の周りに報道陣が詰めかけたが、哲也は「あー、ハイハイ。ちょっとどいてねー」と相手にせずに特区長室へと入っていく。

その様子もまた火に油を注ぐこととなり、電話が鳴りっぱなしになった。

特区長室まで聞こえてくる電話の音と、職員の陳謝の声に哲也は顔をしかめてしまう。

特区長室に置いてあった新聞を見ると、一面に哲也のやる気の無い顔が写っていた。

その下には2週間後に行われる特区長選挙の候補者の写真も並んでおり、そこには現職の特区長として哲也の写真も載っていた。

(はぁ?こんなもんに立候補した覚えねぇぞ?)

そう思って、哲也はスマホを取り出すと玄道へ電話をかける。

少しの間の後、玄道が出た。

「おい、爺さん。なんで俺が特区長選挙に立候補してんだよ?暫定だって話だったよな?」

哲也の抗議に玄道は涼しげな声で答えていく。

「現職の特区長なんじゃから、立候補して当然よな。なに、気にするな。選挙活動はワシがやっておくわい。じゃ、頑張ってくれよ、特区長殿」

そう、一方的に告げると電話は切れた。

「クソがっ!」

そう叫ぶと哲也はスマホをソファに投げ捨てた。

デスクの上のテレビを付けると、朝の情報番組では哲也のやる気の無い顔を写しながら、コメンテーターが好き放題に哲也を批判していた。

哲也は苛つきながらテレビを消すと、昨日のうちに運び込ませておいた、冷蔵庫からビール缶を取り出すと、プルタブを引き、一息ついた。


(さてと、どうすっかなぁ……)

ビールをすすりながら哲也が考えていると、特区長室の窓が叩かれる。

外から撮られるのが嫌で閉めていたカーテンを開けるとルージュが浮かんでいた。

哲也が窓を開けるとルージュが入ってきた。

「何しに来たんだよ。俺は仕事で忙しいんだよ」

哲也の不満げな顔に、ルージュも頬を膨らます。

「なによぉ、仕事って言っても、いつものようにビールを飲んでるだけでしょ。<つくば>の堕女神様が直々にお祝いを言いに来たんだから、もっと喜びなさいよぉ」

「あー、はいはい。ありがとね」

ルージュの言葉に哲也は手をひらひらさせると特区長の椅子へと戻っていった。

すると、特区長室のドアがノックされる。

哲也が慌ててビールを隠して、入室を促すと士郎とベルゼスが入ってきた。

見るからに大悪魔なベルゼスと全身鎧に大剣を担いだ士郎の登場に、特区長室前に構えていた報道陣は恐れ慄き、遠巻きに見ている様子だった。

「師匠、特区長就任、おめでとうございます。やっと師匠の実力が認められて、俺、嬉しいッス」

士郎は入ってくるなり深々と頭を下げ、手で涙を拭った。

「テツヤ殿。おめでとうございます」

ベルゼスも深く頭を下げ、哲也の就任を祝う。

「ほらほら、みんな祝ってるんだよ。もっと楽しそうな顔をしなさいよ」

勝手にソファーに座りながらルージュが言った。

「お前らなぁ……」

いつもの顔ぶれを目にした哲也にある考えが閃いた。

(こいつらを利用すれば良いじゃねぇか)

その閃きに哲也は笑みを浮かべた。


「あー、わかったよ。お前らがそんなに俺の就任を祝ってくれるってんなら、俺の仕事、手伝ってくれるよな?」

哲也の問いかけに士郎は「当然ッス」と元気良く答える。

「えー、なんで私がアンタの手伝いしないといけないわけぇ?」

ルージュは不満げな声を挙げた。

「ルージュ。俺が特区長やってる間に誰が魔晶医師をやれるんだよ?お前しかいねぇだろ?それに、お前は<つくば>の堕女神様だろ?マナ中毒者を治してやらないとなぁ。堕女神ルージュ様?」

哲也は堕女神の部分を強調して言ってやる。

「むぅ〜、わかったわよ。その代わり、ちゃんと仕事しなさいよね」

口を尖らせ、不満そうな顔をしながらもルージュは渋々了承する。

「士郎、お前は自警団を組織しろ。いつもの居酒屋のオヤジと雄大に頼めば、有力な探索者パーティを引き込めるだろ。ベルゼス、悪いが士郎を手伝ってやってくれ。お前はサートゥス軍で部隊を率いた経験もあるだろ?<つくば>の治安が改善すればルージュの評判も上がるぜ」

そう言うと、士郎は当然のことながら、ベルゼスも了承してくれた。

三人の内諾を得ると、内線で呼び出した特区庁職員にその旨を伝えると、三人とともに特区長室を出ていった。

(さて、これで万事解決っと)

厄介事を片付けたということで晴れ晴れとした顔で哲也は椅子に身体を沈め、美味そうにビールを啜るのであった。


翌日から、士郎とベルゼスによる自警団の組織化が始まった。

探索者が集まる馴染みの居酒屋「カラバ」に連絡を取ると、主人は快諾してくれた。

ここ数日、<つくば>において重度のマナ中毒者による事件が繰り返されていることも自警団の設立に追い風であった。

カラバを自警団の集会所とし、士郎が元仲間で同級生の雄大に声をかけると、雄大は顔の広さから、いくつかの有力パーティに声をかけてくれた。

重度のマナ中毒者はマナにより身体が遥かに強化されており、通常の警察や防衛隊では手がつけられなかったからだ。

同じ探索者による魔導具を使った制圧以外での制圧が難しいため、自警団の設立は<つくば>住人には好評であった。

ダンジョン探索者は元々が独立心旺盛というか気性の荒い者が多い。

<つくば>内で最強クラスに近い、士郎とベルゼスが参加していることも大きかった。

特に、同じように独立心旺盛で気性が荒い魔族の部隊を率いていた経験のあるベルゼスは探索者たちの手綱を上手く操縦できているように思えた。


ルージュのほうは、元々、<つくば>の堕女神として無償のマナ治療を行っていたということもあり、ルージュがマナ治療を再開したということは<つくば>内でも話題となった。

また、特区長室に入ってくるルージュが報道されると、小悪魔的な可愛らしい容姿に注目が集まった。

ルージュの容姿はSNSで大いにバズり、治療所となったアパートには、長蛇の列ができるほどであった。

ルージュのアイドル化は無法地帯となっていた<つくば>のイメージアップに繋がるため、広報部も利用できるとほくそ笑むことになった。


ただ、それ以上に問題となったのはルージュの行為である。

ジェミアテラ出身の魔族であるルージュは、当然、医師免許など持っていない。

そのため、マナ中毒の治療を医療行為とすると問題になるのだ。

マナ中毒者の治療にはルージュや哲也の持つマナ吸収の杖による魔力吸収(マナ・ドレイン)以外に治療方法は現在見つかっていない。

一応、マナ吸収の特性を持つモンスターの攻撃で蓄積されたマナは減らせるのだが、中層以下に出現するため、地上に連れてくることは不可能だった。

ルージュは「マナ専門のカウンセラー」という位置づけにし、治療ではなくカウンセリングという形で落ち着いた。

この決定に、高石総理や植野厚労大臣は国会で苦しい答弁になったが、そこは玄道の尽力でねじ伏せることができた。


自警団の設立、組織化は順調に進み、ルージュによる治療の法整備が終わり、哲也は特区長室で優雅にくつろげるはず……であった。


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