<EP_001>
「ただいま〜、シロー、お腹すいたぁ〜」
カラカラと窓が開き、肌もあらわな格好をしたルージュが背中の蝙蝠の羽を羽ばたかせて部屋に飛んで入ってきた。
冬の冷たい風がエアコンの効いた部屋に入ってくる。
ルージュはすぐさまコタツへと潜り込んでいった。
「あー、もう少ししたらできるッスから待ってて下さいね」
ルージュの言葉に台所に立つ生田士郎は答える。
こちらもタンクトップに短パンと冬とは思えない格好である。
タンクトップの胸は盛り上がり、二の腕はルージュの腰ほどの太さがあるように思えた。
「ルージュ様。窓から出入りするなど、みっともないですよ」
ドアが開き、大きなヤギの角に漆黒の翼を生やした190cmはあろうかという大きな身体を縮こませてベルゼスが部屋へと入ってきた。
「べーっだ。私は窓から入れるから良いんだもん。窓から入れないからって嫉妬しないでよ」
コタツに入りながら、ルージュはベルゼスに舌を出す。
「ルージュ様。もっと女性らしくしていただきませんと。ミーシャス様はもっとおしとやかでしたよ」
そう言いながらベルゼスもコタツへと入ってくる。
「はい、できたッスよ。今日は寒かったッスから、ちゃんこ風ミルク鍋にしたッス」
そう言って台所から土鍋を持った士郎がやってきて、コタツの上に鍋を置いた。
鍋からは湯気が立ち、美味しそうな匂いがしてきた。
「わー、美味しそう!」
熱々の鍋を目の前にしたルージュの顔が輝いた。
士郎は台所から人数分の箸と椀を持ってくるとコタツへと入っていった。
「いっただきま〜す!」
箸と椀を持つとルージュが声を上げた。
六畳間に190cmを越える大男二人を含む4人が入るとたちまち手狭になった。
「……おい」
ここまで黙っていた部屋主の秋月哲也がようやく声を上げた。
「ん?何?テツヤ」
士郎に掬って貰った椀を片手にルージュが哲也へ声をかける。
「なんだって、俺の部屋に集まってんだよ!夕飯ぐらい自分の部屋で食べやがれ!」
手狭になった部屋に哲也の怒声が響いた。
「いいじゃないッスか、師匠。みんなで食べたほうが美味しいッスよ」
全員の椀に鍋をよそいつつ士郎が答えていく。
「そうよ、テツヤ。どーせ、いつもの乾物とビールぐらいで済ませるつもりだったんでしょ。<つくば>の堕女神様が一緒に食べてあげてるんだから、感謝しなさいよね」
ルージュが鍋を口の中で頬張りながら喋る。
「ルージュ様、口の中に入ったまま喋らないで下さい」
そんなルージュをベルゼスがたしなめた。
そんな二人を苦々しく思いつつ、哲也も椀を啜ると顔をしかめた。
何かがおかしい。
鶏ガラスープを牛乳で割った汁なのだが、妙なコクがあり、粉っぽさを感じる。
「おい、士郎…なんだこりゃ?ただのミルク鍋じゃねぇな?」
「あ、わかったッスか?ただの牛乳じゃなくて、プロテインをたっぷり入れたんですよ」
士郎の言葉に哲也は思わず吹き出してしまった。
「士郎、テメェ!なんてもの喰わせやがる!」
「いやぁ、良質なタンパク質も取れるッスからね。筋肉も喜んでるッス。Yeah!」
哲也の抗議に士郎は爽やかな笑顔で腕を突き出すと力こぶを見せつけ、大胸筋をピクピクと動かして答えた。
「士郎!毎回、毎回、筋肉飯に俺を巻き込むな!普通の料理で良いんだよ!」
「いいじゃないの、士郎のご飯は美味しいんだしね」
なおも抗議を続ける哲也に、椀を空にしておかわりを要求しながらルージュが答えた。
「そうですね、ルージュ様。シロー殿、是非レシピを教えていただきたい」
ベルゼスもおかわりを要求しながら答えていく。
(マヂか、こいつら……魔族は揃ってバカ舌なのか?)
妙な味のする鍋を美味しそうに食べる3人をげんなりとした顔で哲也は見つめていた。
そんな騒がしい夕食の中、テレビでは「本日、国会で茨城県つくば市のダンジョン周辺の一角を”魔晶特区”とすることが決定されました」というニュースが流れていた。
騒がしい夕食が終わると、哲也はビールを冷蔵庫から取り出すと鍋の残りをつまみにすすり始めた。
「ふぅ〜、お腹いっぱ〜い」
ルージュは大の字に寝転がり、それをベルゼスがたしなめていく。
「お粗末様でした」
士郎は哲也のぶんを椀に盛り付けると台所で洗い物を始めた。
そんな中、哲也のスマホが鳴った。
スマホの画面を見ると、哲也は苦虫を噛み潰したような顔をし、立ち上がると隣の四畳半へと入り、しばらくすると、白衣を着て杖を腰に差して出てきた。
「その格好ってことは、さっきの電話は玄道さんからですか?」
「ああ、そうだ。おいルージュ、悪いがマナを抜いてくれ。」
苦虫を噛み潰した顔のまま、大の字で横になっているルージュへ声をかける。
「えー、面倒くさ〜い。お腹いっぱいだからパスぅ」
寝転がったままルージュが答える。
「うるせぇよ。玄道のジジイからの依頼だから、マナを全部抜いておかねぇと面倒なんだよ!さっさとしろ!このダメ神が!」
「んもう、しょうがないなぁ」
哲也の言葉にルージュは渋々立ち上がると、腰の短杖に左手を当てて、右手で哲也の身体を触ると、右手が光った。
「おう、ありがとよ。じゃあ、俺は今から出かけるから、全員、部屋に戻りやがれ。士郎、戸締まりは頼むな」
哲也がそう言うと、部屋のインターホンが鳴り、黒服の男たちに連れられて哲也は部屋を出ていった。
黒服たちに連れられ、常磐道を抜け都内へと入っていく。
いつものように毒島邸へと入ると、豪華な調度品に囲まれた部屋に一人の老人が座っていた。
毒島玄道――日本の裏社会を牛耳る妖怪とも言われる老人である。
「よく来てくれましたな、秋月先生」
玄道は好々爺たる笑顔で哲也を迎えたが、その目の奥は全く笑っていなかった。
(ちっ、こっちは顔も見たくねぇんだけどな。断れるわけねぇだろが)
玄道の笑みを苦々しく思いつつ、哲也は心の中で毒づいた。
「で?今日の患者は誰だよ。魔晶薬を使い過ぎて泡吹いてる政治家か?」
哲也はぶっきらぼうに玄道に聞いた。
「まぁまぁ、今日は治療の話ではないんじゃよ。ゆっくりと飲みながら話そうかの」
玄道が手を叩くとメイドが現れ、哲也と玄道の前にグラスを置き、シェリー酒を注いでいく。
「治療の話じゃないなら、なんなんだい?」
注がれた極上のシェリー酒の味に満足しながら哲也は玄道へと話を促す。
「つくば市のダンジョン周りが魔晶特区に指定されたというのは知っておるな?」
「ああ、そんな話があるみてぇだな」
メイドへシェリー酒のおかわりを要求しつつ、哲也は興味も無さそうに聞いていた。
「その特区の暫定特区長をお主に頼みたい。やってくれるな」
「はぁ?」
玄道の言葉に哲也は目を丸くしてすっとんきょうな声を挙げてしまった。
「おいおい、何言ってんだよ?なんで、俺が、そんな面倒くせぇことをしなきゃなんねぇんだよ。他に適任者がいるだろ」
哲也の言葉に玄道は優雅にシェリー酒を口に含むと首を横に振った。
「お主しかおらんのじゃよ。特区に指定されるのは<つくば>一帯じゃ。お主は魔晶医師として<つくば>内では知らぬ者がおらん程の実力者じゃ。ワシの依頼を通じて政財界とも繋がりがあるからのぉ。それに、お主は元防衛隊員。適任者はお主しかおらんのじゃよ」
シェリー酒を再び口にすると、玄道はニンマリと笑い哲也を見てきた。
「なんだよ、それ。民主主義はどこに行った、民主主義は!」
玄道の言葉に呆れながら、哲也は喚く。
「なぁに、お主にやってもらうのは、あくまで暫定の特区長じゃよ。特区発足後、2週間後に行われる選挙で正式な特区長が決まるまでじゃ。やってくれるな」
玄道は笑みを浮かべながら話をするが、その目は全く笑っていなかった。
「も、もし断ったら?」
玄道の静かな迫力に、哲也は声を絞り出して聞いてみる。
「ん、断ったらか?」
そういうと玄道が周りに目配せをする。周りにいた黒服の男たちの手が胸元に伸び、隣のメイドがスカートをめくりあげる。顕になったメイドの太もものガーターベルトには鈍く光るデリンジャーが姿を見せた。
その光景に、哲也はカラカラになった喉をシェリー酒で潤す。
極上だったシェリー酒からは何の味も感じられなかった。
「そ、その依頼……お受けいたしましょ……」
どうにか絞り出した哲也の言葉に玄道は満足そうにうなずくと、グラスを持ち乾杯の仕草をする。
それに応え、哲也は再びシェリー酒を飲み込む。
シェリー酒からは苦味しか感じられなかった。
(クソがっ、なんで俺なんだよぉぉぉ!!)
そう叫びたい衝動を哲也は必死で押し殺していた。




