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口数が少ない婚約者についての悩み相談

作者: piyo

人にはそれぞれ悩みがある。


例えば、私、グレーシア・ファガスの目下の悩みは、婚約者の態度に起因する。



「は?婚約者の口数が少なすぎて困ってる?」



ファガス子爵邸の庭園にて、友人のアネッサが飲んでいた茶器を置き、何故という視線をこちらに向けた。

「婚約者の人とは良い感じ?うまくやっていけそう?」と聞かれたので、会って早々で申し訳ないが、彼のことで悩んでると、つい溢してしまった。


「グレーシアの惚気話を期待して聞いたのに、まさかの悩み相談か〜。」

「せっかく休み合わせて来てもらったのに、暗い話でごめんね。」


アネッサは伯爵令嬢であり、王城で王女殿下付きの侍女をしている。彼女の休暇は不定期で、一方私もファガス領の次期女領主として父の補佐をしてる関係で、休みの日は父の裁量となる。

互いに都合の良い日が中々合わず、今日になってようやく顔を合わせることが出来たというのに、残念な話の報告からとなってしまい心苦しい。


「彼と婚約してもうすぐ二月経つんだけど、彼からほぼ決まった語彙以外の声を聞いたことがないのよね…例えば、こうやってお茶をするじゃない?そしたら、普通は何か話をするでしょ?でも向こうから話題を振ってくることなんて皆無。だから、いつも私から話をするんだけど、全部『ああ』とか『そうか』とか、相槌で終わっちゃうのよ。」


これほどまでに会話がつまらないと思った人は過去にいただろうか、いや、いない。庭師のゼツじいの土壌の講義話すら楽しいと思えるレベルだ。


余りにも会話が弾まないので、昇進のためとはいえ、彼にとって私との婚約は不本意で、そのためにあのような態度を取っているのだと当初は思っていた。


しかし、会うたびに花をプレゼントしてくれるし、にこやかな表情で私の話を聞いてくれるし、デートしたら、ちゃんとエスコートしてくれるし、私のことが嫌いだから返事を素っ気なくしている訳ではないらしい。


でも、だからこそ、余計に困る。


正直どうしたらいいのかわからない。私が向こうにに合わせて黙ったら、どうしたの?という顔を寄越してくるし…

いっそのこと、もっと喋ってよ!と、キレ散らかしたらいいのだろうか?

いや、さすがにそれは最終手段な気がする。


「じゃあ、『はい』、『いいえ』以外で答えなきゃいけないことを聞いてみたらどう?」

「もちろん試したわ。例えば『魔獣狩りって恐ろしくはないですか?どうやって戦ってらっしゃるんですか?』って聞いたとするでしょ。そしたら『剣で』、以上よ。一応答えてはくれるのだけど、それ以上話を広げようとはしないの。私が深掘りして聞いても、いつも答えはこんな感じ。毎回こんなだから会うたびに疲れちゃって…」

「コミュニケーション上手なグレーシアが疲弊するなんて、余程のことだね…。ええと、婚約者の方って、どんな方だったっけ?確かグレーシアより四つ年上の騎士団の人ってことは聞いたと思うんだけど。」


そうだった、まだ婚約してからアネッサに詳細を話してないんだった。


「ごめんなさい、きちんと紹介してなかったかも。婚約者の名前はランデン・リンツ様、騎士爵の方よ。第七騎士団支部の北の駐屯地で部隊長をやってらっしゃるのだけど、この前のドラゴン討伐でその功績を認められて、次の副団長に昇進を確約されたらしいの。ただ、副団長になるにあたって騎士爵では爵位が足りないから、子爵家の一人娘の私が、彼の婿入り先の相手として選ばれたってわけ。」


まだ婚約者のいない娘がいて、しかも婿を探してる丁度よい爵位の家という条件に見事に(うち)が該当した。ファガス子爵家の領地が、彼の副団長就任後の勤務地となる第七騎士団の拠点に比較的近いことも決め手となったらしい。さらに、彼とどういう繋がりがあるのかしらないが、何故か第三王子からの強い推しもあって、我が家が口を挟むこともないままあっという間にランデン様との婚約が決まってしまった。


ちなみに、この国では爵位は男子のみに継承されるが、女性が仕事をすることは推奨されている。そのため、ランデン様は結婚後に子爵位を得ても騎士団の仕事を継続し、一方で私が領主の仕事を担当する取り決めとなっている。


「ああーリンツ様!え、グレーシアの婚約者ってあのリンツ様なの!?最近城内に出入りしている美丈夫の騎士!あらゆる美に見慣れている王女様も見惚れてたくらいだもの。極上の容貌よね。それにまだ若いのに副団長に抜擢って、かなりの有望株だし。今まで北の支部にいたから全く話題に上がらなかったけど、王城勤務だったら彼にアプローチする女性で溢れてたんじゃない?婚約者がいるって聞いてみんな残念がってたわ。なーんだ、その婚約者がグレーシアだったのね。」

「そうなの、私だったのよ・・・」


アネッサの言うとおり、彼の容姿は抜群にいい。見た目は完全におとぎの国の王子様。プラチナブロンドの波打つ長髪に、硝子のような淡い青い瞳と、北方出身だからか、全体的に色素が薄い。身体付きも筋肉隆々というわけではなく、細身なので、剣を振るうよりも白馬に乗って指揮をとっているほうが俄然似合う容姿をしている。これまでさぞおモテになったに違いないと思ったのだが、残念ながら特定の相手はいなかったようだ。やはり、会話に難があるから長続きしなかったのだろうと勝手に推測している。


「将来有望だし、顔はめちゃくちゃいいのよ。だけど、美人は三日で飽きるっていうじゃない?これから先、結婚して一緒に暮らしていくわけでしょ。それなら多少容姿がイケてなくても、会話が弾む人が良かったな…」


他の人が良かったなんて、思ってても口にしてはダメだと頭ではわかっていても、つい言葉にしてしまった。

家族に相談しても、うまくやりなさいと言われ、侍女たちに愚痴をこぼせば、あんなに顔がいいんですからそこに居てくれるだけでいいじゃないですか、なんて言われる始末。

会話が少ないくらいでなんだと頑張ってみたものの、会うたびに私ばかり話す状況に心が折れそうになっていた。

そんな私の気落ちしている様子を見て、アネッサだけは咎めることもなく慰めの言葉をくれる。


「何人かの猛者たちがリンツ様に話し掛けに行ったらしいんだけど、みんなに素っ気ない態度だったらしいから、誰に対しても寡黙なのかもね。美形の婚約者なんて羨ましいって思ったけど、グレーシアも苦労してるんだね・・・」

「そうなの、苦労してるの!」

「でも、見た目も残念で、しかも無口だったら救いようなくない?見た目だけでも良くてよかったじゃん。」

「それはそうだけど。」

「でしょ。物は考えようだよ!初めて顔合わせしたときから口数は少なかったの?」

「んー、まあ、そのときは普通だったかしら。聞かれたことに、最低限答えてはいたと思う。リンツ様…ランデン様のご両親は既に他界されていらっしゃるから、親代わりだ、って第七騎士団の団長さんが両家の顔合わせに同席したのよ。その団長さんが仲介役として色々喋ってくれてたから、ランデン様の無口が気にならなかったっていうのはあるかも。」

「そうなんだ・・・まあ、返事を返してくれるってことは、人として最低限のコミュニケーションができるってことじゃない。無視されるよりはマシ!」

「そうだね、無視されるよりは、ね。」


なんだかランデン様への期待値のハードルがめちゃくちゃ低くなっている気がする。


「グレーシアは沈黙が嫌なの?向こうが気まずくないなら無理して会話しなくてもいいんじゃない?」

「うーん、沈黙が嫌なわけではないんだけど、会話を楽しみたいのよ。どちらかというと、私ばかり喋って、向こうは退屈してないかな、とか、気を使っちゃうところが嫌なのかも。」

「グレーシアから見て、リンツ様は退屈そうに見える?」

「ううん。ニコニコしながら私の話を聞いてくれてる。」

「めっちゃいい人じゃん!ただ口下手な人なだけなのかもよ。それか、人の話を聞いてるほうが極端に好きな人。」

「そうなのかなぁ・・・」


考えてみれば、最低限のコミュニケーションは取ってくれてるし、顔は極上だし、私の話もにこやかに聞いてくれるし・・・もしかして私が贅沢を言い過ぎているだけ?いやいや、そんなことはないか。

けれども、自分が思ってるよりも、悲観しなくてもいいのかもしれない。


「ありがとう、アネッサ。憂鬱だった気分が少し晴れてきた。」

「どういたしまして。ちなみに、次に会うのはいつ?」

「・・・今日、このあと。」

「おっと、思ったよりも直近だったわ。私、早めにお暇したほうがいい?」

「全然!全く気にしなくていいから、長居して?どうせ来るのは夜だし・・・三日にいっぺんは家に顔見せにくるのよ。そのたびに私しか喋らない修行の時間が来るっていう、ね。」

「三日にいっぺんって、結構な頻度だね。家で夕食をご一緒したりするの?」

「ううん、しない。アネッサも知ってのとおり、最近王城に用事があるみたいで、王城に行った帰りは必ず屋敷に寄ってくるのよね。でも、私の顔を見たらすぐに帰ってしまうの。北の駐屯地からうちまでは結構距離があるっていうのもあるんだろうけど。」


おそらく、早馬で駆けても駐屯地に着くのは毎回夜更け過ぎなのではないだろうか。


「王城からここも近いわけでは無いのに、わざわざ家に立ち寄ってくれてるんだ。」

「でも、来たところで、向こうの発言ほぼゼロだからね?毎回お花をお土産に持ってきてくれるのは嬉しいんだけど…」

「ええっ、花のプレゼントまで!三日に一度わざわざ仕事帰りに会いに来て、花をプレゼントしてくれるなんて、良き婚約者以外の何者でもないわ。」

「ただし、無口。」

「ううん、それさえ改善できたら・・・結婚はいつするか決まってるんだっけ?」

「半年後を予定してるわ。向こうの希望で、式は親族だけでこじんまり行うつもり。本当はアネッサにも来て欲しかったんだけど・・・」

「グレーシアのウェディングドレス姿が見れないのは残念だけど、気にしないで。それにしても半年後かぁ。それでこの頻度の逢瀬はなかなかだね・・・」

「やっぱりそう思うよね?多いよね?北の駐屯地の隊長ってそんなに暇なの?っていつも思っちゃうんだけど。」


魔獣さえ出なければ案外暇なのかしら?そうはいっても仕事終わりで疲れてはいるだろう。そんな頻繁に来てくれなくてもいいんだけど。


「副団長になるから引き継ぎもあるだろうし、暇ではないと思うけどな…。忙しい中時間作って会いに来てくれてるんじゃない、それだけグレーシアのことを大切に思ってくれてるんだよ。」

「そうかしら…。」


まあ、悪い人ではないと思う。

ただ、会話が絶望的なだけで。


このあともまた修行の時間が来ると思うと、またも気分が沈んでくる。

あとほんの少しだけでいいから、相槌以外の会話をしてくれないかしら…


「ねえ、ちょっと提案があるんだけど、言ってもいい?」


この先のことを考えてまた憂鬱になっていたところ、アネッサがワクワクした表情で私に提案してきた。


「な、なに?急に楽しそうな顔して。」


一歩引いた姿勢を見せる私に、アネッサはぐいっと顔を近づけて言い放つ。


「いつも会いに来て貰ってるんだったら、今度グレーシアの方から彼の職場に会いに行っちゃえばいいんじゃない!?サプライズで!そしたら、流石に相槌以外の言葉くれるんじゃないかなって思って。」

「え、それって普通に迷惑じゃないかしら?」


サプライズで職場に顔を出す・・・いや、どう考えてもランデン様や騎士団の人たちにとっても迷惑だろう。勤務中に、突然、奥方でもないただの婚約者が、しかも用事があるとかではなく、遠方からわざわざ顔を見に来たって・・・

たとえ騎士団の人たちに受け入れられたとしても、先触れくらい出せよ、ってランデン様の気分を害してしまうことも考えられる。


「私の侍女仲間で騎士団所属の彼がいる子とか、しょっちゅうおやつの差し入れ持って会いにいってるよ。みんな身体が基本だから、そういった差し入れは喜ばれるみたい。」

「ええ、思ったより緩いわね・・・差し入れか・・・ちょっと考えてみようかな。」

「うんうん、いつもと少し違うことをしてみたら、状況もちょっとは変わるかもよ。まあ、どう頑張っても一問一答な態度が崩れないなら、そのときまた別の手段を考えよう!いつでも相談してくれていいから。」

「ありがとう。」


持つべきものはやはり親身になってくれる友達だ。





「はい。」


ランデン様の手から花束が差し出される。今日のお花はピンク色のガーベラ。


アネッサとは私の悩み相談後もしばらくお茶と談笑を楽しんだ。久しぶりの再会だったので、話題が尽きることなく、気づけばもう夕方。彼女が帰っていったのと入れ替わるように、花を抱えたランデン様がいつも通り我が家を訪れた。


「今日も素敵なお花をありがとうございます。」


私がお礼を述べると、彼はニコリと微笑む。その顔は一枚の絵画のように美しい。近くにいる侍女が鼻血を拭っているのが見える。


問題はここからだ。

このあと彼が口を開くことは、今までの経験上、まずない。

このままだとずっと沈黙が続くだけので、例のごとく私から話題を振る。


「お花はいつも同じお店で買ってらっしゃるのですか?」

「いや。」

「そうなんですね。いつも異なる種類のお花を持ってきてくださるから、飽きません。私、お花は大好きなので、とても嬉しいです。」


これは本当のこと。特定の花が好きなわけではなく、花全般が好きなので、こうやっていろんな種類のものをプレゼントされると、実のところとても嬉しかったりする。

私としては、彼の優れた容姿よりも、こうしたプレゼントをしてくれる姿勢のほうが好感度が高い。


ランデン様は私の喜んでる姿に満足したのか、踵を返し早々に帰路に着こうとする。今回も文字通り顔を見に来ただけらしい。


「じゃあ、また、三日後に。」

「あ、待ってください。」


慌ててランデン様の服を引いて、彼の帰りを引き止める。


「あ、すいません。」

「・・・どうした?」


おお、初めて疑問形で問いかけてくれた!?


「ええと、今度、ランデン様の職場に見学に行かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「なぜ」

「なぜって、ちょっと興味がありまして・・・」


なぜと言われるとは。またも疑問形だわ!


こんな些細なことに感動してる自分がいる。

アネッサの言う通り、ちょっと普段とは違うことを聞いてみて良かったかも。


「…来ないでくれ。」

「え」

「また、三日後に。」


私の言葉を遮る様にして、今度こそ彼は馬に跨ってそのまま颯爽と立ち去ってしまった。



「やっぱり、迷惑よね…」

でも、彼の言葉のレパートリーを聞けて、私の心はいつもと違ってふんわりと満たされていた。





人にはそれぞれ悩みがある。


例えば、俺の場合、自分の婚約者ともっと会話をしたいのに、それが出来ないもどかしさにある。


「オラオラオラァッッ!!!!!もう立てる奴は残ってねぇのか!?」


おとぎの国から抜け出してきた王子様のような麗しい男が、優雅さを欠片も見せず、息も乱さず剣を振り回して周囲を威嚇していた。彼の周囲には床に倒れこんで疲れ果てた隊員たちのみ。


「ちょ、ほんと、もう勘弁してください・・・」

「体力お化けのアンタについていけるのなんて、そこらの魔獣くらいじゃないっすか。」

「いや、第七騎士団の団長もだろ。ランデン隊長はあのバケモンに育てられたんだから。」

「あー訓練より魔獣討伐のほうが楽だわ。」

「おい、無駄口叩いてる暇あったらさっさと立ちあがってこっちかかってこいやー!」

「だから、もう握力も限界なんで無理っす。剣握れません。拳もボロボロです。」


通常の打ち合い訓練の最後に、多対一の模擬戦を行ったのだが、その一に隊員たちは叩きのめされていた。叩きのめした本人は傷一つなく涼しい顔をしている。


「ッチ、しょうもねぇ。じゃあ訓練はここまでだ。小休憩したら各自持ち場に戻れよ。俺はさっさと糞つまんねぇ事務作業終わらせねえと・・・愛しいグレーシアちゃんのとこに行くのが遅れちまう。」

「婚約してから頻繁に通ってますよね。」

「当たり前だ。婚約者なんだからな。本当は毎日顔見に行きたいくらいなんだけど、我慢してんだよ。」


俺だけの天使、グレーシアちゃん。

ブルネットのストレートの髪に、深い緑の目。守ってあげたくなるような華奢な身体に、優しい笑顔。ド・タイプだった。一目見た瞬間から恋に落ちた。しかもフワフワした見た目と違って、次期女領主として手腕を振るい、俺がほぼ喋らないのに、飽きさせないように話題を振ってくれる。その彼女の気遣いがジンとくる。まさに天使。早く結婚して一緒に住んで毎日愛でたい。


「あ、そういえば、俺、隊長が婚約者さんの前では寡黙って聞いたんですが、ほんとですか?」

「は?誰が言ってたんだ?」

「第三騎士団に勤めてる俺の友人が、街の警備中に隊長たちのデートを目撃したとリークがありました!隊長はデート中ほぼ相槌しか打ってなかったとのこと!」

「隊長が寡黙?ずーっと口汚く喋ってる隊長が?ええっウケる。」

「黙れよおまえら。俺は今口調の矯正中なの。わざわざ三日にいっぺん王城まで行って第三王子殿下んとこに習いにいってるんだからな。この努力の姿勢見習え、そして崇めろ。」

「口調の矯正!?なんでまた!」

「結婚したら最低限の社交はしないといけないって殿下が言うからよ…」


殿下は俺の強さを買ってくれていて、将来的には俺を騎士団長まで押し上げたいらしい。そのために今回の婚約も、それから貴族の仲間入りをするためのマナーだとかそういった教育も自ら率先して動いてくれた。


「それに、北方訛りの汚い話し方でグレーシアちゃんに話かけでもしたら彼女が穢れるだろ?だから殿下みてえな綺麗な口調がマネできるようになるまで、俺は彼女と会話しないって決めてんだよ。」


今の俺は騎士爵を持ってるとはいえ、田舎出身のド平民。対して、彼女は生粋のお貴族様だ。天使の彼女に釣り合うようになるため、せめて外面だけでも取り繕いたかった。


「馬鹿だ、馬鹿がいる。」「会話しなくて、でも婚約者に会いに行ってデートもしている、だと?それ、相手どう思ってんの?」「お綺麗な顔してずっと突っ立ってるだけのつまんねえ奴だなって絶対思われてそう・・・」


隊員たちがひそひそとざわめき出す。


「うっせえな。ほら、散った散った。動けない奴は言え!医務室まで運んでやっから。歩ける奴は自分で行け。」

「隊長って口は死ぬほど悪いのに、なんだかんだ優しいよな。」

「口の悪さと粗暴さを整えたら、王子様みたいなのに、マジでもったいない。」


ブツブツ言う隊員たちが訓練場から出ていき、室内はランデン一人となる。

が、訓練場の二階席に一つ、見知らぬ人影があることを、彼はまだ知らない。





(・・・幻聴?いや、幻覚?一体何を見たのかしら、私。)



昨日、来るなと断られたにもかかわらず、グレーシアは少しの好奇心からランデンが所属している北の駐屯地まで足を運んでいた。


たまたま領内の視察の予定がキャンセルとなり、偶然にも時間ができてしまった。そこで、父に思い切って婚約者の職場の様子を見に行きたいとねだったところ、快く送り出してくれたのだ。差し入れの果実(料理は得意ではない)を持って、魔獣除けのお守りをこれでもかとぶら下げ(北の駐屯地は魔物の巣窟)、馬車に揺られること数時間。詰所で婚約者である彼の居場所を聞くと、この時間は訓練所で隊員たちと戦闘訓練をしていると伝えられた。訓練場の観覧は自由で一般の人も普通に出入りしていると事務員から教わり、グレーシアも二階席で彼の訓練風景を観ることにした。


そこで聞こえてきたのは、聞き覚えのある声…の怒号。

あの美しい姿からは想像できない位に汚い言葉の数々。さらに、多対一の模擬戦が始まり、ものの数分で決着がついてしまった。


隊員みんなが倒れている中、一人立っているのはもちろん、隊長である自分の婚約者で。


「オラオラオラァッッ!!!!!もう立てる奴は残ってねぇのか!?」


婚約者がめっちゃ腹の底から声を出して喋ってる。

めちゃくちゃに強いことよりも寧ろそっちに驚きだ。

綺麗な顔からは想像できない、酒場のゴロツキのような話し方ですら気にならなかった位に。


「それに、北方訛りの汚い話し方でグレーシアちゃんに話かけでもしたら彼女が穢れるだろ?だから殿下みてえな綺麗な口調がマネできるようになるまで、俺は彼女と会話しないって決めてんだよ。」


ええ、馬鹿なの?

あ、隊員の人で同じこと言ってる人がいる。やっぱり馬鹿なんだ。会話しないって決めてたから、これまで一問一答の単語コミュニケーションだったってわけ?


(…これは、あの馬鹿に一言言ってやらなければ気が済まない。)


グレーシアは差し入れの入ったバスケットの取っ手を強く握りしめ、彼の元まで移動しようと席を立った。



ブツブツ言う隊員たちが訓練場から退出するのを見届け、隅に置いておいた台帳にメモを取る。

「カイトは右脚で踏み込む癖で動作が遅くなりがち、これはあとで伝えるとして、キーリスは基礎連を追加する必要有、と・・・」


先程の訓練で気付いた部下たちの癖や今後の対応を、忘れないうちに一人一人記述していく。

半年後には自分は副団長として別拠点に移る。ここを去る前に、少しでも彼らの成長に貢献してやりたかった。


「熱心ですね。」

「まあな。隊長様だからよ。部下の成長は俺の喜びだ。」


責任ある役職を任されているんだ、熱心にならないほうがおかしい。


と、そこまで考えてふと気づく。俺は一体誰に話かけられたんだ?


「素敵な心掛けですね。」


聞き覚えのある声に、下を向いていた顔をはっと上げる。そして、そこにいるはずのない人物を目にし、驚愕のあまり目を見開き声を上げた。


「ググググレーシアちゃん!!!!?」

「私、ちゃん付けで呼ばれてるんですね。」


驚きで固まっている俺の腕を引いて、訓練所の側にあるベンチまで誘導される。


「よいしょ。隣、どうぞおかけください。」

「え、あ、ああ。」


え、なんでいるの?昨日会った時、来ないでって俺言ったよな?

大きなバスケットを持って、隣に腰かけるグレーシアちゃん。うん、今日も可愛い。いや、違う、そうじゃない、え、なんで?


「さっきの訓練、見てました。」

「えええええええええ、見てたのか!?嘘だろ、いつから!?」

「そこの陰で、訓練開始の最初から。」


う、うわー俺めっちゃ汚い言葉で隊員たちに怒鳴ってたよな?幻滅されたか?ああ誰か嘘だと言ってくれ。時を一刻ほど戻したい、そしたら俺は訓練中一切口を開かないと心に誓う!!!


「全部声に出てますよ。…さっき隊員の方が、隊長はずっと喋ってるって言ってたのは本当だったんですね。」


…終わった。


俺の悪い癖だ。思ったことが口から出る。

意識して口を閉じておかないと、すぐに言葉が溢れ出てくるのだ。


「でも、良かったです。」

「は?なんで?」


絶望している俺に対し、グレーシアちゃんは安心した声で語りかける。


「だって、単語以外喋れることがわかったから。…あなたと、一方通行じゃない会話ができるってわかったから。」

「え、俺、単語以外喋れない人だと思われてたのか!?」

「ええ。」


心外だ、、、しかし、考えてみれば、思い当たる節しかない。


「それは、ごめん…」

「気にしません。例え口が悪くても、たくさん喋ってくれるほうが私は嬉しいです。」


え、いいの?そうなの?

絶望一色から一変、一筋の光が差した気がして、思わずグレーシアちゃんに確認をとる。


「いいのか?不快にならねぇか?俺、ずっと北の田舎で育ったから訛りあるし、両親死んでからは、ここの騎士団に拾われておっさんらに揉まれて育ったから言葉遣い荒いし、」

「うちの領民も大概ですよ。」

「結婚までには口調を改めようと殿下の元に通って矯正してんだけど、」

「それは、まあ、追々で。というか、社交も無理にしなくていいですから。そこは私が頑張りますので。」

「俺、本当はめちゃくちゃ喋る奴なんだけど、嫌になったりしないか?」

「喋らないほうが嫌です。」


グレーシアちゃんは一度言葉を切って、俺のゴツゴツした手をそっと握る。初めて彼女から触れてくれた。たったそれだけのことなのに、自然と頬が熱くなる。


「私たち、半年後には夫婦になるんですよ?敬語くらいなら、私でも教えて差し上げます。いつもうちに顔を見せに来るなら、もうちょっとお話がしたいです…あなたのことを、もっと知りたいから。」


彼女がこちらを見る目は真剣で。俺も彼女の視線から目を逸らせない。手は少し震えている。


「グレーシアちゃん…俺も、本当はもっと話したかった。でも、ぜってーボロが出ると思ったから我慢してたんだ。これからは我慢せず、いっぱい話しかけてもいいか?」


「はい、もちろんです。あなたの声を、話を、たくさんお聞かせ下さい。」




人にはそれぞれ悩みがある。


例えば、私、グレーシア・ファガスの最近の悩みは、夫の態度に起因する。


「え、旦那がずっと喋ってて困ってる?」


ファガス子爵邸の庭園にて、友人のアネッサが飲んでいた茶器を置き、何故という視線をこちらに向けた。


「口数が少な過ぎるって、婚約期間中いってなかった?別の人と結婚したんだっけ?」

「いいえ、ランデン様のことよ。意識しないと思ってること全部言葉に出るって本人が言ってたんだけど、本当にその通りだったわ…」



「あ、今日の朝ごはんのスープはコーンがたくさんで美味しそうだね。小さい頃はコーン畑のある北の村に住んでたから、主食といえばコーンだったんだ。コーンスープよりも蒸して食べる方が多かったな。バターをつけて焼いて食べるのも美味しいよね。コーン畑の迷路もよく行ったなあ、迷子になると半日出てこれないんだよね。グレーシアもコーン好き?」

「はい、好きですよ。」

「ふふ、良かった、お揃いだね。それより、今日の髪型かわいいね。昨日のハーフアップも良かったけど、今日のかっちり纏めてるのも好きだよ。もしかして、耳飾りは婚約時代に一緒に街に行って買ったやつかな。今日の服によく似合ってる。」

「ありがとうございます、あの、スープ冷めちゃいますよ?」

「ああ、ごめん。それで、今日なんだけど、ちょっと遅くなるかも。団長がさ…」



あれから半年、私たちは無事に入籍した。ランデン様は副団長に就任し、ランデン・ファガスとして忙しい毎日を送っている。


彼の口調は第三王子殿下直々の教育のおかげもあって、随分と改善されたのだが、口数の多さは減ることがなかった。気付けばずーっと喋り続けている。婚約初期のあなたは何だったんだというくらいに。


「お喋りが多い分にはいいの。その方が私も楽しいし。けれど、大半が、その、私への賞賛というか、愛の囁きというか…」


言葉が段々と尻すぼみになっていく。

駄目だ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。


「わあ、前回会ったときは全く聞けなかった惚気話じゃない!例えば!?詳しく!」


詳しくなんて言えるはずがない。

訓練場に私が押し掛けたあとから、彼はずっと私への気持ちをストレートに伝えてくる。


『最初見たとき、天使かと思った。こんな可愛い子が俺の嫁さんになってくれんの!?って。それに話も面白いし、ずっと聞いてられるっていうか、あ、たぶん声も可愛いからだな、きっと。ほんと全部好き。超好き。早く結婚したい。ぜってーめちゃくちゃ大事にする。』


今まで口数が極小だった彼からの告白は、それはもう私の心に刺さりまくった。


最近では口調が改善されたせいで、見た目と相まってまるで王子様に愛を囁かれてるようで、未だ慣れず反応に困っていた。


『好きだよ、グレーシア。今日も早く仕事を終わらせて帰ってくるからね。あ、でも花屋にも寄っていくつもりだから、少しだけ遅くなるかも。何の花にするかは楽しみにしてて?』


いけない、思い出しただけで顔が熱くなってきてしまった。


「でも、本当に良かったね。半年前に会ったときは、言ってはなんだけど、これは婚約破棄もありうるかもって思ってたもん。」

「私も、彼があのままだったらその可能性はあったと思う。」



人にはそれぞれ悩みがある。


けれども、それは時に贅沢な悩みであるのかもしれない。



(おわり)

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― 新着の感想 ―
はたから見ていると楽しい旦那さんですね。子供が生まれる時に立会い出産になったら看護婦さんに叱られそうな感じ。
相談のていでマウントとったり、惚気たり、皮肉や呪詛吐いたり、人は中々に多様性を秘めているものですからねえ。 そのうち「うちの天使がずーっと可愛い声で泣いてて眠れないのよ、でもずっと顔見ときたいからそれ…
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