止まった提灯
その晩のセレン村は、祭りの準備で賑わっていた。
広場の木の梁に吊るされた提灯が、風に揺れている。けれど、その中のひとつだけは灯りがつかず、暗いままぶら下がっていた。
「イルロさん、あの提灯、どうしても直らないの」
声をかけてきたのは、祭りを取り仕切る鍛冶屋の妻エマだった。
手には油で黒くなった布が握られている。
「芯を替えても火がつかない。枠も歪んでるのかもしれないわ」
イルロは脚立を立て、提灯を外してみた。
竹で組んだ枠の一部が折れかけており、紙も湿気でくすんでいる。
「これは火がつかないんじゃなくて、風がすぐ消してしまうんだ。口が広すぎる」
イルロが説明すると、周りに集まっていた大人たちが頷いた。
近くで遊んでいた子どもたちも興味深そうに覗き込む。
「ねえイルロさん、提灯ってどうして風で消えちゃうの?」
「火は息をするようなものだ。強い風に吹かれると、呼吸ができなくなる」
「じゃあ、守ってあげないといけないんだね!」
イルロは竹を削り、枠に細い板を一枚足した。
風を分けるように口を狭め、紙を張り直す。
子どもたちが紙を持って手伝い、膨らませながら笑った。
「ほら、丸くなった!」
「おれの顔みたいだ!」
笑い声に大人たちも釣られて笑い、広場に温かい空気が流れる。
灯りをともすと、今度は風に揺れながらもしっかりと燃え続けた。
赤い光が紙を透かし、周りの顔をやわらかく照らした。
「やっと揃ったわ。これで全部の提灯に明かりが入った」
エマはほっとしたように言い、イルロに深く頭を下げた。
提灯の列が夜空に浮かび、村全体が灯りに包まれていく。
その光景を見上げながら、イルロは静かに息を吐いた。
――小さな火が並ぶだけで、人の心は温かくなる。
祭りのざわめきの中で、提灯は揺れながら夜を照らし続けていた。




