沈黙の梯子
村の納屋の裏手に、長い木の梯子が立てかけられていた。
幾度も修繕された跡があり、踏み段のいくつかは色が違う。
けれど、今は誰も使っていないらしく、蜘蛛の巣がかかっている。
イルロが梯子を見上げていると、畑から戻ってきた青年が声を掛けた。
「それは、もう上らない梯子ですよ」
「どうして?」
「古いから折れるかもしれないって言われてるんです。
でも、捨てられもしない……村にとって大事な物だから」
青年は土のついた手を拭いながら、少し笑った。
「子どもの頃、僕らはこの梯子で屋根に登って、干した豆を取り込んだりしたんです。
上に上がると村が一望できて、すごく誇らしい気持ちになったんですよ。
まるで自分が大人になったみたいに」
「今はどうして屋根に登るんですか?」
「別の梯子を使います。でも……新しいのはしっかりしていて安心なんだけど、なんだか冷たいんですよね。
古いこの梯子には、不思議と温かさがあるんです」
イルロは梯子の踏み段に手をかけた。
木は乾いてざらついていたが、その感触は確かに人の手や足で磨かれた跡を残していた。
踏み段一つ一つに、子どもたちの小さな足音や、大人の息遣いが染み込んでいるようだった。
風が吹くと、梯子がきしんで小さな音を立てた。
その音はまるで「まだ登れる」と語りかけているようにも、「もう休ませてくれ」と訴えているようにも聞こえた。
イルロは記録帳を開かず、ただ静かにその音を胸にしまった。
梯子は沈黙していたが、確かに村の過去と今を繋ぐ声を持っていたからだ。




