眠らない犬
村の入口には、古い石の階段があり、その下に一匹の犬が寝そべっていた。
白と茶色の毛並みはぼさぼさで、片耳が垂れている。
昼間も夜も、いつ通っても同じ場所にいるのに、不思議と誰も「眠っている姿」を見たことがなかった。
「この犬は、いつも起きているんですか?」
イルロが尋ねると、畑帰りの老婆が笑った。
「そうさね、あの子は“眠らない犬”って呼ばれてるよ。
夜中でも目を光らせて、村の道を見ているんだ。
ほら、ちょうど今も瞬き一つせず、あんたを見てるだろう?」
犬は確かに目を細め、じっとイルロを見つめていた。
敵意はなく、ただ確かめるようなまなざしだった。
「でも、さすがに眠ることもあるでしょう?」
「どうだろうねえ。誰もその姿を見たことがないのさ。
だから、子どもたちは『あの犬が眠ったら、村にも眠りが訪れる』なんて言ってるよ」
その話を聞いて、イルロはふと笑った。
村全体が一匹の犬に見守られているように思えたからだ。
犬のそばに腰を下ろすと、風が吹いて草がざわめいた。
犬は顔をそちらに向け、すぐにまたイルロを見つめた。
その姿は、静かな守り手そのものだった。
イルロは記録帳を取り出し、犬の姿を描きながら言葉を残した。
「眠らぬ犬は、村の眼差しとなる。
見守られることで、人は安心して眠りにつく。」
書き終えたとき、犬は尾を一度だけ振り、また静かに村道を見張り続けていた。




