音を吸い込む布
町外れの染物工房を訪れたイルロは、入口近くの棚に畳まれた一枚の布に目を留めた。
灰色がかった青色の厚手の布で、縁は丁寧にかがられている。
しかし、触れた瞬間――驚くほど音が吸い込まれるように感じた。
工房の女主人が説明してくれた。
「これはね、織り上げるときに糸をきつく締めすぎたせいで、布の中の隙間がほとんどないんです。
だから風も音も、あまり通さない」
この布はもともと舞台の背景幕として作られたが、音を遮りすぎて役に立たなかった。
声や楽器の響きが布の前で急に弱まり、客席まで届かなくなるのだ。
そこで舞台からは外され、工房の隅で眠っていたという。
イルロは布を広げ、光に透かしてみた。
本当に、ほとんど向こうが見えない。糸が重なり合い、表面には微かな凹凸がある。
掌で叩くと、音は布の内側に吸い込まれ、空気が沈むような感覚があった。
「……これは、静けさを作る布ですね」
イルロは女主人の許可を得て、その布の端に小さな印を縫い付けた。
印の形は、波紋が消えていく様子を簡単な線で描いたものだ。
これなら、布を広げた場所が“静けさの範囲”だとすぐにわかる。
やがてその布は、近くの図書館に譲られることになった。
窓際に垂らせば、外の喧騒がやわらぎ、本をめくる音さえ心地よく響くようになるだろう。
「音を消すのではなく、音の輪郭をやわらげる布。
役に立たなかった場所を離れ、静けさを必要とする場所へ移る。
それもまた、布の役目のひとつ。」
イルロは記録帳にそう記し、布のスケッチと、その波紋の印を描き添えた。




