誰がやるでもなく
朝、橋の上にはすでに桶が置かれていた。
中には新しい水。
まだ冷たい。
イルロが手を入れると、
ひやりとした感触が残る。
「……早いですね」
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見回り役のノルが橋を渡りながら言う。
「今日はグラドじゃない」
「違いますか」
「さっきオルナが持っていた」
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畑番のオルナが畑から戻ってくる。
「水、替えておいた」
「今日はあなたですか」
イルロが言う。
「たまたまだ」
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水路番のグラドもやってくる。
「今日は任せた」
「任せたわけじゃない」
オルナが笑う。
「気づいたからやった」
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午前中、
村の仕事はいつも通り進む。
ユルンが焼き場から戻り、
桶を見て言う。
「水があると落ち着くな」
イセラが干し場から答える。
「布も扱いやすい」
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昼、
橋は静かになる。
桶の水はゆっくり温くなる。
誰も触らない。
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午後、
最初に橋に来たのは子どもたちだった。
「今日もある!」
「冷たい!」
ノルが笑う。
「今日はオルナだ」
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ユルンが手を濡らしながら言う。
「誰がやったか分かるのもいいな」
グラドが頷く。
「水の感じで分かる」
「違うのか?」
オルナが聞く。
「少しな」
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イセラが布を湿らせながら言う。
「朝の水は柔らかい」
ユルンが笑う。
「水に違いがあるのか」
「扱い方が違う」
グラドが言う。
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夕方、
橋の上に人が集まる。
水は少しずつ減る。
誰かが補うわけではない。
だが、
不足もしない。
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ノルが橋の中央で言う。
「決めてないのに、
続いているな」
オルナが頷く。
「決めてないからだ」
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日が傾き、
桶の水がほとんどなくなる。
イルロはそれを見ながら呟く。
「……役割は、
自然に分かれていきますね」
誰がやるかは決めない。
だが、誰かがやる。
セレン村の初夏は、
小さな習慣を、
無理のない形で続けていく。
明日もまた、
誰かが水を替えるだろう。
それは偶然であり、
同時に必然でもあった。




