揺れを忘れないまま
朝、橋の上を最初に渡ったのは畑番のオルナだった。
昨日より、
足取りは自然だ。
中央で一度だけ立ち止まり、
軽く体重をかける。
揺れる。
だが、戻る。
「……よし」
それだけ言って、
そのまま畑へ向かった。
*****
水路番のグラドが橋の下から声を上げる。
「どうだ」
「昨日と同じだ」
オルナが振り返らずに答える。
「なら、いい」
短いやり取り。
それだけで終わる。
*****
工房の前では、見回り役のノルが立っていた。
「今日は誰も騒がないな」
「揺れに慣れたのかもしれません」
イルロが答える。
「慣れるのは早いな」
「早く話したからです」
ノルは小さく笑った。
*****
午前中、パン焼きのユルンが荷を抱えて渡る。
橋の中央でわざと強めに踏み鳴らす。
「まだ揺れる」
「忘れないためだろ」
グラドが言う。
「忘れないが、
怖がらない」
*****
染め物のイセラがゆっくり渡る。
川面を見ながら言う。
「揺れると、
色が少し動いて見える」
「悪いか?」
ノルが聞く。
「いいえ。
生きている感じがする」
*****
昼前、工房の前に自然と人が集まる。
「揺れはどうだ」
「変わらない」
「問題ない」
誰も深刻な顔をしていない。
だが、
誰も無関心でもない。
イルロは作業台に手を置きながら言う。
「揺れを忘れないまま、
普段に戻るのが
ちょうどいいですね」
*****
午後、荷車が二台続けて渡る。
揺れはある。
だが、橋は受け止める。
オルナが言う。
「揺れる橋のほうが、
力が逃げる」
グラドが頷く。
「固すぎると、
割れる」
ユルンが笑う。
「人も同じだな」
*****
夕方、橋の上に夕陽が差す。
揺れは目立たない。
だが、消えてもいない。
ノルが静かに言った。
「揺れは、
あっていい」
「ええ」
イルロは頷く。
「揺れて戻るなら、
それは強さです」
*****
人々はそれぞれの場所へ戻る。
橋は、今日も少しだけ動き、
そして止まる。
セレン村の春は、
揺れを消さず、
揺れを恐れず、
揺れとともに立つことを
自然に教えていた。
何も変わらないようで、
確かに深まっている。
橋も、人も。
明日はもう、
揺れの話は減るだろう。
だが、
あの一本の支えがあることを、
皆、体のどこかで覚えている。
それで十分だった。




