道具の終わり、木のはじまり
ある日、村の北にあるミル家から、イルロのもとに古い荷車の一部が持ち込まれた。
もう何十年も使われていたものだという。
軋んだ車輪、割れた梁、腐りかけた取っ手。
「もう動かないんです。けれど、父が作ったもので……どうにも、ただ火にくべる気にはなれなくて」
そう話したのは、家の娘ルーナだった。
父はすでに他界していたが、この荷車で何度も家族を隣村へ運び、干し草や薪を積み、祭りの飾りも運んでいたという。
イルロはしばらく荷車の木を撫で、目を閉じた。
もう補修はできない。けれど、木にはまだ命があった。
「いくつかの部品は“形を変える”ことができる。……残りは、静かに眠らせよう」
数日後、イルロは作業を始めた。
荷車の梁は、角を落とし、穏やかな木の盆へと。
取っ手は、しっくりと手に馴染む、小さな杓子に。
車輪の外縁は磨き直し、村の集いの縁台に取り付ける飾りとして生まれ変わった。
残った、使えない部分の木片は、村の草地に埋められた。
火にせず、風に返した。
その上には、ミル家のルーナが、花を一輪手向けた。
「うちのお父さん、きっと、これで安心します」
彼女はそう言い、盆と杓子を抱えて帰っていった。
その夜、イルロは工房の棚に、一枚の札を置いた。
そこには、こう記されていた。
>「終わった道具から、新しい暮らしが始まる」
道具は、ただ“使われる”ために生まれ、
そして“終わった”からといって、無に還るわけではない。
木は、削られても、燃やされても、朽ちても、
いつも“何かに戻ろう”としている。
イルロの工房はその橋渡しであり、
今日もまた、“終わったものの続きを作る”音が、静かに鳴っていた。




