表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人の日々  作者: 昼の月
17/157

壁と窓のあいだ

イルロの工房には、ひとつだけ変わった窓がある。

 正面の壁の左寄りに、小さく開いた縦長の明かり取り。木枠に収まり、ガラスは入っていない。風は通るが、外はほとんど見えない。


 昔、その窓は「道具の呼吸口」と呼ばれていた。

 湿気を逃し、光を取り込むための工夫だったが、いつからか、イルロはそこをひとつの“壁と窓のあいだ”として意識するようになっていた。


 ある午後、窓際に立ったイルロは、ふと気づく。

 光の入り方が、前日までと少し違っていた。

 差し込む線が細くなり、角度も微妙にずれている。


 窓の外――そこには隣の空き地に、新しい柵が立てられていた。

 誰が立てたのかはわからない。だがその柵は、確かに“視線”を変えた。


 その日から、イルロは少しの間、作業台を窓から離した。

 光のない机はどこか落ち着かず、音も吸い込まれるように静かだった。


 しばらくして、子どもの声が外から聞こえた。

 ミラだった。例のパン屋の娘。


「イルロさん! ここに“ちょうどいい風”が吹いてるよ!」


 彼女は、工房の裏にまわった風の通り道に、木の風車を並べていた。

 どれもイルロの端材から作ったものだった。


「ほら、光がだめなら、風を回せばいいって、ママが言ってたよ!」


 ミラは笑って手を振ると、また走って行った。

 そのあとに残ったのは、回転する音――小さな、けれど確かな空気の音だった。


 イルロはふと、窓の内側に手を伸ばし、わずかに削った。

 光の角度に合わせて、木枠の内側を斜めに仕立てる。

 すると、午後の光が、少しだけ部屋の奥まで届くようになった。


 壁と窓のあいだ。

 ほんの数センチの世界に、工夫と希望を詰めることはできる。


 数日後、イルロは工房の内壁に小さな棚を設けた。

 風の通るその場所に、花瓶ひとつと、ミラの作った風車が置かれた。


 窓の外は、まだ柵に遮られている。

 けれど、室内には光と音が戻っていた。


 世界の形は変わっていく。

 それに気づくのが遅くとも、そこから“新しく空間を作る”ことは、まだできる。


 その小さな棚のことを、イルロは心の中でこう呼んだ。


 ――「とどいた光の置き場所」。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ