表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人の日々  作者: 昼の月
16/155

雨の音と、木の傘

朝から静かに降り続ける雨は、村の屋根や地面をゆっくりと潤していた。

 大降りではないが、湿気が重く、風もなく、鳥の声も控えめだった。


 イルロの工房では、窓の外で雨が葉を叩く音が、リズムのように続いていた。

 こんな日は、重たい仕事には向かない。

 彼は古い棚から、数年前に途中まで作ってそのままになっていたものを取り出した。


 それは、“木でできた傘”だった。


 雨を防ぐための傘ではない。

 木の細工で、傘の形だけをなぞるように作られた装飾品。

 小さな柄に、薄く削った弓なりの板を差し込んである。


 「なぜ傘を作ったのか?」と誰かに聞かれたことがあったが、イルロ自身も明確な理由は知らなかった。

 ただ、あるときふと“雨の音を形にしたくなった”のだ。


 その傘は、一部の骨が欠けており、長いこと放っておかれていた。

 けれど今日の雨は、何かを呼び覚ますように静かだった。


 作業を進めていると、扉の外で「コン」と控えめな音がした。


 入ってきたのは、灯油屋の娘・ユラだった。

 まだ十代の少女で、父の配達を手伝って村をまわっている。濡れた肩に掛けたケープが、淡い水色に染まっていた。


「イルロさん……急なお願い、いいですか?」


「どうした」


「雨の音を、家に持ち帰れるような……そんなもの、作れますか?」


 突然の頼みに、イルロは手を止めた。

 ユラは頬を赤らめて、ことばを補う。


「母が、昔は雨の日が好きだったんです。でも、寝込んでから、窓も開けられなくて……。私、なにか“雨の気配”を届けられたら、って思って……」


 イルロは、言葉を返さず、木の傘を見つめた。


「……それなら、ちょうどいいものがあるかもしれない」


 その夜、彼は木の傘の“骨”をすべて整え、柄の部分にはユラの母の名前の頭文字を小さく彫った。

 傘の先に取り付けたのは、ごく細い金属の板。

 それが雨粒を模した小さな玉に当たるたび、「コ、コ……」という優しい音が鳴る。


 翌朝、雨は上がっていた。

 ユラが受け取った木の傘は、開くと静かな鈴のような音を立てた。


「音、ついてるんですか……?」


「“雨の残り香”みたいなものだ。……枕元に置いておけば、耳がさみしくならない」


 ユラは涙ぐみながら笑った。

 「母、きっと喜びます」


 その後、木の傘は“音の傘”として村で知られるようになった。

 雨の日にしか作られず、注文は受け付けない。

 けれど、誰かが“音のない雨”をほしがったとき、イルロの工房にはふたたび、その形がそっと削られていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ