重すぎる戸板
昼下がりのセレン村。
工房の前に姿を見せたのは、養蜂家のオルネだった。
両腕には分厚い木の戸板を抱えていて、額には玉の汗が浮かんでいた。
「イルロさん……ちょっと頼みがあるんだ。この戸、重すぎて毎朝開けるのがひと苦労でね」
オルネは息を切らし、苦笑いを浮かべた。
戸板は頑丈すぎるほど分厚く作られており、蝶番も固く、軋む音を立てていた。
イルロは戸を撫で、蝶番の錆と木の厚みを確かめた。
「強さは十分ですが……これでは人の手を拒んでしまいます。厚みを削り、蝶番を調整すれば、軽く動くようになります」
作業を始めると、オルネは工房の隅に腰を下ろし、蜂箱の話をし始めた。
「蜂を飼うには毎朝戸を開けて見回るんだ。だけど、この戸のおかげで腰を痛めそうでな」
イルロは鉋で戸を薄く削りながら頷いた。
木肌が現れるたび、甘いような木の香りが立ちのぼる。
「蜂も道具も、人の手に馴染む軽さが大事です」
「なるほど……蜜だけじゃなく、戸まで軽やかにしてもらえるとはな」
削った戸を蝶番に戻すと、今度は驚くほど静かに開いた。
オルネは何度も押し引きし、満足げに笑った。
「おお、これなら朝一番でも楽に開けられる。……蜂たちも喜ぶに違いない」
イルロは木屑を払いつつ、わずかに微笑んだ。
――重すぎるものも、工夫ひとつで人に寄り添う。
戸が軽く開く音が、工房に心地よく響いていた。