壊れた水車の羽
夕方のセレン村は、川のせせらぎに涼しい風が混じり、粉ひき小屋のあたりに水音が響いていた。
けれども、その水音の調子がどこか乱れていた。
川に設えられた水車の羽の一枚が折れ、流れを受け損ねているのだ。
羽は中途半端に揺れ、軋む音を立てていた。
「これじゃ粉を挽けないぞ」
小屋の主ユルドが頭を抱え、険しい顔をした。
「畑から運んだ小麦が無駄になるわ」
サラが心配そうに口を挟む。
「水車が止まれば、村じゅうの食卓が困るな」
ガルドも腕を組んで頷いた。
鍛冶屋フロイは羽を睨み、力強く言った。
「折れた部分は外して、新しい板を打ち直すしかない」
イルロは水際にしゃがみ、羽の根元を確かめた。
「根はまだ生きています。板を削り合わせて釘を打てば、すぐに戻せます」
その言葉に、周囲の人々が動き出した。
「板なら納屋にある!」とガルドが走り出し、
「槌と釘を持ってくる!」とフロイが腰袋を探る。
マリナは布切れを差し出し、「濡れを防げば木も長持ちするわ」と微笑んだ。
ノヴァは子どもたちを集め、「削り屑を拾って片付けよう」と声をかけた。
作業は賑やかに始まった。
「押さえてろ!」「もっと強く叩け!」「板を合わせろ!」
川辺に掛け声が重なり、水音と混じり合って響いた。
やがて新しい羽が取り付けられ、水車は再び水を受けて回り始めた。
「ごうん、ごうん」と規則正しい音が広がり、粉ひき小屋の窓から白い粉が舞い上がった。
「やった! これでまた挽ける!」
ユルドが大声で笑い、サラも胸をなでおろした。
「水車の音が戻ると、村が落ち着く気がするね」
ガルドの言葉に、皆が頷いた。
イルロは水に濡れた手を拭きながら、水車の回転を見つめた。
――人の手が集まれば、流れを止めることはない。
夕暮れの川は静かに輝き、水車は力強く回り続けていた。