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桜が散ったら

作者: 夜宮 うさぎ

彼女がの手はどこまでもあたたかくて、安心感がある。

風に遊ばれた彼女の黒髪がさらりと肩から落ちて、目が奪われた。

春らしくなった風に彼女の香りが混じって、思わず深く息を吸ってしまった。

少しばかり冷たい肺の奥から息を吐いて、先ほど食べた炊き込みご飯の味がよみがえる。

彼女の優しい声色で身体がほぐれ、ふっと頬が緩む。

そういえば、「春」とやらは始まるらしい。

外に出て桜を見て、弁当でも持って公園にでも行こうか。



彼女は春の木漏れ日のような眼差しのまま、こちらを見つめていた。

桜の香りが混じった風が頬をかすめ、ふと目を閉じる。

口内にまだ残った林檎の風味を堪能しながら、首を傾げる彼女を見上げる。

笑いかけた彼女のおかげで力が抜けて、瞼をもう一度下ろす。

そういえば、「春」とやらは始まったらしい。

外に出て桜を見て、弁当でも持って公園にでも行きたい。



彼女の柑橘系の香りで重い瞼を上げる。

飲んだジュースが彼女の香りと混ざって、気分がよくなった。

心配そうに近づく彼女に微笑んで、随分と思い頭を枕に乗せる。

そういえば、「春」とやらは全盛期らしい。

外に出て桜を見て、弁当でも持って公園にでも行けたらな。



一口しか飲んでいない水で気持ち悪さが込み上げる。

涙ぐんでいる彼女を慰める気力もなく、ただ無力感だけが蝕んでゆく。

そういえば、「春」とやらはもうじき終わるらしい。

外に出て桜を見て、弁当でも持って公園にでも行きたかった。



彼女の叫び声に近い声でようやく目が覚める。

感覚も、視界も、意識も、遣る瀬無い感情のように消えてゆく

そういえば、「春」とやらは終わったらしい。

外に出て桜を見て、弁当でも持って公園にでも行くことは出来なかった。





彼女の手を思うように握れない。

彼女の髪を思うように見れない。

彼女の香りを思うように嗅げない。

彼女の声が思うように聴けない。

そういえば、「夏」とやらは始まるらしい。

結局医者の言う通り、一年なんて生きられるはずがなかった。


最期にでも。

彼女の身体を強く抱きしめたかった。

彼女の髪を綺麗に乾かしたかった。

彼女の香りを風が運ぶのを待ちたかった。

彼女の声を聴いて答えたかった。

そういえば、「麻痺」とやらは存在するらしい。

結局身体の言う通り、情や気合で生きられるはずがなかった。




読んでいただきありがとうございました。

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