女神に贔屓されて過ごす異世界で婚約破棄され追放されたのに連れ戻されそうな令嬢を庇うことになったけど今回限りだからね
二人、女神の間に連れられた。
女神からの説明によればヨリナともう一人の女性は二人揃って死んでしまったらしい。
そして、魂の保全の為に違う世界に行ってほしいと言われた。
願いを叶えると言われてその為の面接みたいなものなのだろう。
「あたし、今の世界と逆のが良いっ!」
分かりました、と女神が透明な声音で言う。
ヨリナの方を次は向かれる。
「あ、ちょっと!愛され体質忘れないでね!」
更に追加する人に女神が僅かに反応したみたいに見えたが勘違いかもしれん。
彼女は満足そうに女神に次の世界へと送られる。
それを見送ると女神は肩が凝ったという様子でため息を吐く。
全く、愚かな子、とぽつんと溢す。
「どうして違うものを望むのかしら」
ダメな子に困る母親のように。
「あなたは何にするの?」
「今から行く世界で生きられる力が欲しいです。女神様、どれくらいが平均ですか?」
すると、その人は暫し考えてからうっとりと笑う。
「賢い子。貴方は良い子ね。そうね、私のおすすめの願いをあげるわ」
「ありがとう」
「ええ。ええ。やっぱり素敵」
女神ははんなりとした手、しっとりとした雰囲気。
「私の愛しい子。選択肢を間違えないでくれて嬉しいわ。私は平等なの」
つまりは平等に願いを聞き入れて平等に審査する。
ということなのだろう。
あくまでほぼ妄想の域だ。
「かわいい子。向こうでの世界はきっと貴方を成長させてくれるわ」
微笑む女神。
まるで一つの絵のように美しい。
言っていることはシビアだが。
あの子はどうなってしまうのかと女神の反応を知りゾッとした。
間違えなかったのは二番目だったからだ。
一番目ならばどんな選択肢を取っていたかなど不明だった。
でも、身の丈にあった願いではあった筈だ。
豪華絢爛な願いは初めから浮かんでもいなかった。
女神は少しだけ楽しそうに見えた。
ような。
あまり表情が変わらないので確実ではない。
「今から与える加護はスローライフをすればするほどポイントが貯まるものよ」
スローライフを?
意味が分からないので詳しい説明を足す。
「例えは、お魚を釣る。果物を買う。売る。己の行動自体がポイントに変換されるの」
貯まると何が起こるのだろう。
「ポイントで買えるのはこの本に載ってるもの」
通販の様に本を出現させて自慢げに中身を捲る。
やりたかったんだろうなというのが感じたことだ。
こういう転生特典みたいな説明、したかったんだろうな。
確かにテンプレだし。
女神も流行に乗りたくなるんだろう。
ぼんやり思考を放棄しつつあると女神は本を渡してくる。
「一番目に叶えた子はきっと貴方との運命が交差するけれど、構う必要は全くないわ」
言われて、最初からそうするつもりだったと頷く。
「ああ。愛しい子。貴方を私の世界に送れる幸運に感謝しなくては」
「女神様ヤンデレですか」
「母性はカンスト済みよ」
女神は結構ゲーム脳だった。
こうして地上に送られてほのぼのスローライフは幕を上げた。
「いや女神様、依怙贔屓ですやん」
スローライフの要素が既に揃えられていた。
みすぼらしいアバラ屋根から始まるかと思っていたのに普通の見た目の一軒家。
しかも、中にはどう見てもシステム的にカンストしているものばかり。
冷蔵庫は時間が止まるので腐ることのない仕様だし、家の周りは常に結界。
畑は品質ゴールド、家畜も好感度MAX。
ゲームデータなら初めから一択になるが、今回は己の生活と命がかかっているので女神に感謝を毎日祈り使用させてもらっている。
完璧にクリアされやり込み要素も網羅されたデータだから、やることなどない。
畑も家畜も全て家付き妖精がやってくれている。
ご飯だって作ってくれる人達が居る。
身の丈の願いと言ったのだけれど、初めから用意されていたような感じだな。
やることもなく日がな1日ぼんやりしている。
本も読むだけでは飽きる。
新しい刺激くらいは欲しいところだ。
新聞を読んでいると一国に聖女が現れたとのこと。
数日で王子と懇意になり二人はラブラブらしい。
王子には婚約者とか居なかったんだろうか。
御都合主義でないなら居た筈だ。
──コンコンコン
「男の人だよ」
妖精が知らせてくれる。
ドアを開けると偉そうに立っている男とボロボロの格好をした女が立っていた。
その女はおろおろしていて態度が対照的。
ドレスを着ている。
総合して、よもや王子の婚約者だったりして。
「今晩だけ泊めてくれ」
「うちはそういうのお断りしてます」
防犯面と警戒心は人並みに持ってるもん。
おばあさんが旅人に宿を提供するのはフィクションだからだ。
そんなのここでやったらもの盗られるだけだし。
現代でもやらないことを異世界に来てまでやるものか。
白けた目で追い払うようにドアを閉めようとするが、魔法使いの棒らしき物で挟まれる。
結界は一体どうしたんだ。
なんで機能しないんだ。
「おれの夢に女神を名乗る女が出てきて、ここに行けと指示された」
「ええ」
女神はここを相談所にでもしたいんかね。
家主に確認しとこう、そこは。
管理人が女神としても越権行為だから。
「そう言われても」
夢なんぞで入れる奴がいるかい。
アホらしいという顔をして首を振る。
「せめて、この女だけでも」
「アズルさん、それは」
「家畜小屋なら良いですよ」
玄関先で言い争われても迷惑なので結界が機能するまでそこに居てもらう。
馬小屋に案内すると毛並みが艶々で金持ちだって持ってないだろう品質の馬が出迎える。
「まぁ!こんなの家でも見たことがないわ」
このお嬢サラッと金持ち発言したけど、無防備過ぎるな。
まあ、王子の婚約者ならこんなもんか。
危険を教えられたことがないのなら仕方ない。
何故魔法使いっぽい人まで居るのか分からんけど。
護衛とかかな。
馬小屋からは物は盗めない鉄壁仕様だし、放置。
家に入って妖精に飲み物を入れてもらいこくりと飲む。
「面倒事が起こりそう」
女神は真上から見ている。
なんでも見通せるとして、この後に起こることはもう分かっているのだろう。
彼女が構わなくて良いと言ったのになにを考えているのやら。
溜め息を吐き、妖精をもみもみして癒された。
数日後、まだ厄介な客は滞在している。
勿論家にあげてなどいない。
馬小屋で寝泊まりして昼間はどこかへ行っているのだ。
新聞で王子と聖女の挙式があるから税をあげると書いてあった。
なんだこりゃと額を押す。
経済が良くなっているわけでもなく、変動していないのに税をあげたらどうなるかなどあの子は知らないのか。
あれでも現代の学校に通いテレビだって見ているだろうに。
勉強をサボっていた口だな。
ま、己には無関係だと新聞を読み進めた。
村の作物が今年は少ないと書いてある。
そういう年もあるんだろうなと次に行く。
──コンコンコン
「女の子だよ」
インターホン妖精が可愛く伝えてくれる。
滅多に来ないからあまり聞く機会がないが、可愛くて可愛くてたまらん。
でれでれと見てからドアを開けると令嬢が立っていた。
「なんですか」
つっけんどんに言うと相手は怯んだ様子でお風呂を使わせて欲しいと頼んできた。
そういうと思ってかなりレベルの低いお風呂を用意しておいた。
家に完備されていた方は万能過ぎて人に見せられないからね。
冷たい目を続けてドアを完全に開ける。
あの魔法使いの所在を聞くとどこに居るのかは知らないらしい。
ふうん、嘘臭いな。
絶対知ってるな、場所を。
知らないのに風呂入るとかあり得ん。
無防備になるのに知り合いをいさせないとかない。
自分なら一人で入らない。
魔法使いだって言い含めてそう。
独断でやる必要もないのでは。
「あの方は男性なのでちょっと」
どうやら独断で来たらしい。
この人、自分の状態分かってるのか。
今のところ追放されたみたいだし。
「私は手伝いません」
「分かっているわ」
お嬢様は覚悟の目を向けて部屋へ来る。
低レベルのお風呂を目にして、怯む事なく服を脱ぎ自分で入る。
ヨリナはもちろん外だ。
暫くすると出てきた。
「使わせていただきありがとうございます」
丁寧にお辞儀をして外へ出る人。
それから関係ないので自分の時間を堪能。
「お風呂に入れてもらえたわ」
話し声が聞こえて魔法使いが戻ってきたのだと知る。
「良かったな」
「ええ、アズルはどうでしたか?」
「相変わらず結構な見張りの数だ。中にも容易に入れない」
「そう、ですか」
追い出されたような会話だ。
ここまで聞こえてくるのは建物のチートさ故だろうね。
女神様ありがとう。
ヨリナはお礼を心の中で言う。
「ここの方はかなりの資産家なのかしら?」
おっと、私の話題だ。
二人の感想が少しだけ気になった。
「確かに只の家主って感じではないな」
馬や家の周りの作物も普通ではない、という説明を男はする。
見た目が平凡ではないから目立つよねー。
「すべてが素晴らしいものね」
「逆になんでここに住んでいるのか不思議なくらいだ」
「そうね……出来れば中に入って寝たいけれど、流石に警戒されているわ」
「我慢しろ」
「分かってるわ」
二人は暫く雑談していた。
やはり高貴な出っぽい。
変なことに巻き込まれたくない。
でも、女神に導かれたと聞いたしな。
「下手に追い出すのも難しい」
そうして悩んでいる間に、変なことになった。
張り紙が貼られていると妖精が教えてくれた。
「ふうん。王子の婚約者だった令嬢を指名手配、って」
どう見てもその令嬢はあの家畜小屋の人だ。
とは言っても通報するつもりは1ミリもない。
そもそも通報するような人と付き合いもない。
「ち!面倒なことになった」
「どうしたの」
「お前の手配書が貼られていた」
知らぬ間に話を聞いていたヨリナ。
やはり、手配の女の人は令嬢だったか。
「どうしましょう」
「落ち着け」
魔法使いは令嬢からアズルと呼ばれていた。
アズルは令嬢にこの家主はでかけている気配がないので、手配書のことを知られることはなさそうだと諭される。
もうすでに知ってるんだけどね。
また数日経過した。
特になにか変わることもない。
令嬢達は怯えていたがなにも動きがないと知ると落ち着いてきた。
更に数日すると緊張もなくなって、我が家のようにしている。
お風呂もたまに借りてきている。
慣れたのは私もだ。
良く二人の会話を盗み聞きしている。
それでわかったことだが、二人はどうやら王子の元婚約者の令嬢と護衛の魔法使いらしい。
令嬢は王子に婚約を無しにされて着の身着のまま追い出された。
魔法使いは実家からの護衛らしいので見放されていないとか。
でも、今になって探し出す意味を野次馬気分に気になる。
妖精に頼んで探ってもらう。
妖精に頼んでいる間に釣りをする。
読書にも飽きてきたし。
二日後。
帰ってきた妖精。
早速聞かせてもらうと例の同じく転生した子がやっぱり聖女だった。
王子と結婚する予定の女も同じく。
人の場所を乗っ取るなんて悪女。
王子とて倫理観を失ってるし。
「うーわ」
更に聞いていくと呻くことになる。
何故令嬢を探しているのかというと、一つは王様に叱られたうえで探す様に命じられたから。
もう一つは、聖女が王妃教育を嫌がり、王子が聖女可愛さで元婚約者に実務をさせるつもりで連れ戻そうとしているとか。
ただの考えなしかよ。
こりゃ、隠れて正解だ。
探らせて良かった。
少なくとも転生者関連だから。
この場所がバレることはなさそうだし、構えることもなさそうだ。
アズル達は寝てしまう。
王もなにをやっているのやら。
手配書なんて、戻ったら嫌な目に遭うと思われるに決まっていて、余計に戻らないよ。
王子もわざとかと思うくらいだ。
私も寝よ。
──ドンドンドン!
「うるっさ」
──ドンドンドン!
「誰!?」
妖精が沢山の男達だよと教えてくれる。
更に更に、兵士だと情報を教えてくれる。
こりゃ、アズルがやらかしたか?
「出る意味なし」
無視して不貞寝を決め込んでいるが、次は叫ばれる。
「居るのは分かっている!」
「んとに!炎の花でも投げつけてやる」
不作法をしている癖に上から見ている声音に青筋も浮かぶ。
あまりの礼儀のなさに扉に出て直ぐに閉める。
「なんのようですか?」
怒気。
威圧感を最大に出すと扉を叩いた男が怯む。
「む、ああ……お尋ね者を探している」
「ああ、例の元婚約者ね。居ませんよ」
「中を改めさせていただきたい」
「ああ!?」
「ひいっ」
ただでさえ礼儀もなく聞いてきた男にキレた。
こっちは聖女のせいで迷惑被ってんだ。
なんで家探しまでされなきゃなんないの!
「私の家に一歩でも入ったら腕と足を千切るよ」
本気の声音に騎士は怯えてそそくさと退散していく。
王妃の命でか、皇太子の命でかは知らないが今まで強気の捜索をしていたのだろう。
なので今回も家宅捜索させてもらえると上から目線で来たのだ。
お生憎だ。
脅しに屈する男。
本気と知れて良かった。
マイホームに汚い足で踏み荒らされるなんて国をうっかり滅ぼされても仕方ない。
「帰っていただけます?」
最後まで強めの口調を相手にぶつけると、相手はすごすご帰っていく。
「はーあ、よわ!」
国の騎士がこの程度で引き下がるとか。
次は人数を増やして来そう。
なんか対策しとくか。
「帰ったか」
「盗み聞きは家を追い出されても文句を言えませんよ」
魔法使いが近くにいて、呟く。
どうやら騎士たちの動向を見に来たみたい。
「アズルさんでしたよね?」
「ああ。名乗ってなかったな」
「名乗ってもどうせ偽名でしたよ」
素性を隠していたし、どうみても訳有。
「ふふ、流石にバレるか」
男は楽しそうに言う。
「お姫様ともっと遠いところに行かなくて良いんですか?」
「今は国を出たくないと望んでいるからな」
ふむ、と納得した。
あの人ならなんか言いそうなこと。
「また家に来そうだから、いっちょ行動しますね」
アズルは怪訝な顔をする。
聖女をとっちめてやるよ。
「では、貴方に力を持たせます」
アズルはなにを言っているんだと怪訝な顔になって見ているが、むくむくと大きくなる魔力に驚く。
「お前は一体」
「それを言う必要はないです。あなたはお姫様のことだけを考えるんです」
その後、姫と共に男は城に向かい、即行無血開城させ、聖女を魔法をぶっ飛ばしてボコボコにした。
「なんなのよあんたぁ!」
顔をパンパンにした聖女は叫ぶがダメ押しのボコボコを追加した。
「天の、うぎゃっ!光のっ、うごが!?」
「ひぃ!」
元婚約者の王太子はそれを見てビビり切っていたらしい。
ボコボコにされた聖女は魔法を使おうとする度、ボコボコにされるのでトラウマになって使えなくなっていった。
「あー、平和ー」
平和を感受する。
ほのぼの最高。
小さなクーデターもどきも終わったと思えば、別の劇場が繰り広げられていた。
「私と結婚してくれ」
「婚約者に婚約破棄された女ですわよ」
「そんなの、兄が悪い。我が兄ながら節穴、目も美意識も非常識だっただけのこと」
王子繰り上げになった男は、まるで一つの絵のように言う。
舞台ならばピーク。
王家も民も大盛り上がり。
特に聖女が王妃の座から居なくなって、王妃はあの魔法使いと共に居た女の人が王妃になり。
王子だった人も廃嫡され、第二王子が王座に座った。
と、新聞に載っていた。
聖女についてはなにも書かれておらず、恐らく処刑か島流しか。
正直、王子に婚約破棄された時点で助けろよと思ったこちらはなにも悪くないと思う。
ただ、自分のところに牡丹餅が落ちてきただけだよねえ、これ。
聖女に関しては、身を滅ぼして当然なことをしたとしか。
「ふうん。自業自得。異世界来てまで昼ドラなんてやるからだよね」
ペラッと新聞をテーブルに置いて、妖精達を愛でに行く為に立ち上がった。
──コン
『男の人だよ』
「はい」
扉を叩かれてそちらへ向かい扉を開けると、例の魔法使いがこちらを見つめていた。
「お前に実は頼みたいことが」
「間に合ってまーす」
ドアを鼻先で閉めた。
「あ、おい、ちょっと待てっ。話だけでも」
どうせ厄介を持ってきたに違いない。
コーヒーメーカーで優美な午後のために、魔法で防音にしてもらった。
「なに?」
扉越しにまだなにか言い募ってるらしい。
邪魔過ぎる。
しかも、こちらの家の前にいるということは玄関にはもう入り切っていて、不法侵入ものだ。
憤慨とまではいかないけれど、胸に引っかかるものはある。
言っておくと、彼らは正式にも非公式にもこちらに身分を未だ言ってない。
「声だけ届けて」
妖精に頼むと声だけ聞こえてくる。
「話を聞いてくれ」
「聞いたら帰ってくれるってこと?二度と来ないと約束してくれるってことだよね」
確認をすると、相手は黙る。
黙ればいいってもんじゃないんだよなぁ。
こちらにそれは通じん。
「じゃあ、聞いたら二度と来ないということで。どうぞ要件を」
相手は沈黙のちに言うことにしたらしく、話し出す。
「王妃が妊娠しづらいらしく、なんとかならないかと聞きに来た」
「すっごいセンシティブ」
センシティブというものは、繊細なことという意味である。
人によっては取り扱い注意に含まれるので、関わり合いたくない。
「おたく、気付いてる?やり方があの聖女と同じ。私に迷惑かけてる。自分たちがやられたのに喉元過ぎて忘れたの?」
「わかってる」
(わかってたら来ない)
「話は聞いたから二度と来ないでね」
「!―待てっ」
相手が言い終える前に声がかき消えた。
妖精との契約として結ばれたのだ。
二度と現れることはないだろう。
その後悠々自適に過ごす。
誰も来ない日々を過ごしていると、また扉が叩かれる。
「今度はなに?」
買い物に行く必要もない。
『女の人』
外に出る必要もないから、誰かと知り合いになることもない。
「女の人?」
外の景色と人物を確認するために画面を壁に映してもらう。
ブォン、と音を出して現れた顔に、食べていた煎餅がぽろりと落ちそうになる。
「王妃じゃん。こんなところでなにやってんの?」
今や国の母になった元ご令嬢様だ。
しんなりとした様子で立ちすくんでいる。
木々で見えないけど、うちの妖精による映像では護衛達の姿が赤裸々に映っている。
どこに誰がいるのか丸見え仕様。
今はもう王妃の女一人を森にのこのこ行かせるわけがないから、護衛がいるのはわかる。
「なんのようですか」
「私ですわ」
と、名前を名乗られる。
前に名乗られた時は偽名だったから、前回と違う。
やっぱりね、と呆れる。
偽名を名乗ったことをもう忘れているのかもしれない。
どの人も勝手みたい。
「あなたの使いには二度と来ないように誓わせましたよね?破るなんて最低ですけど」
「すみません。ぶしつけなのも分かっております」
謝るくらい、誰だってできる。
三歳からでも可能だ。
彼女も人間であり、言葉が話せるのだから謝ることなんて簡単。
でも、そうじゃないことすらわからないみたい。
「あなたの名前も聞き覚えはありません。お帰りください」
「えっ」
話を聞く前に追い返そうと言葉を重ねると、彼女は虚をつかれた顔つきで目を丸くする。
「あの、私の名前を知っておりますよね?前にお風呂を貸してもらったりして」
「いえ、名前は名乗ったけど別名だし」
「……あっ、ああっ、そ、そうでしたわ」
うっかりしていたと顔を赤くする彼女。
「で、でしたら改めて名乗らせてもら」
「必要ありません。帰って」
ピシャッというとまだなにか言っている女に答えることはなく、居留守を使う。
「王妃になんという態度だっ」
「待て、この家の主人は聖女を伐つことに一番貢献したと王妃が言っておられた。念押しで我らに何度も言っていただろ」
「魔法使いも無礼のないようにと」
「王妃なのだぞっ?」
「王妃もこの家にいる時は一人の子女だった。王妃になったとて、当時はそうだったのだ」
「少しでも気分を損ねさせるなと聞いているだろう、お前も」
全部聞こえてるけどね!
失礼な奴らだ。
益々嫌いになれた。
ありがとうございますーっ。
居留守を使うと本音が聞けると、よくよくわかって何よりだ。
「静かに。失礼ですよあなた達。私の邪魔をするのなら帰りなさい」
「王妃!」
「王妃様っ!」
「なりません」
止められてるけど、今の今までここまで引き連れてきたのあなたですよね?
「ならば、口を閉じなさい」
と、今さらな注意をされてもな。
面白いことを色々言うよね。
初めから全員張り切る気もなかったのか。
隠れ家として使った場所に関係ない人たちを連れてくるとは。
普通、次の隠れ場所にする時に教えないよね?
こっちがおかしいのかな?
「はぁ、場所変えたい」
ため息を吐くと本がテーブルに落ちてくる。
そこには、女神からの言葉とこの場所を動かせることが書かれていた。
そもそも、この場所を教えたの女神だったな。
責任を取るのは当たり前だ。
本には地図が付いている。
早速地図に爪を合わせてそこへ行けるように念じる。
「ふーん、温泉の国。いいね」
そこに家ごと転移。
王妃とお付きの人達の前から家が丸ごと無くなったことだろう。
どうでもいいけど。
十分国に貢献したよ。
貢献する義務もないけどさ。
腹立つピークが近かったというか、もう嫌気がさしていたから。
「ついた?」
外に出るとあまり草木がなく、火山の山が見えた。
活発な火山、生きている火山に近い。
この家はなにものも弾いたりするので、火山が噴火しても平気なのだ。
「でも、街もあるし火山を元手に生活してるっぽい」
街に向かうと、軽装な服を着た人たちが行き交う街。
「南国だー」
服装は街で買うとして、街へ入ると普通に入れたので通過する。
この国は、そういうのいらないらしい。
家へはスキップでその場で帰れるようにしてくれた。
お詫びだって。
逆にお詫びを渡すために、試練をやった可能性もあるぞ。
ただではあげられないど的な。
「服も用意してくれてるのか」
家に戻ると服があったので、それを着た。
でも、この国でも服を買いたいかもしれない。
お金を握り締めて町へ入ったら、人が行き交うのがさらに見える。
温泉がいいと、アドバイスやポイントとわかりやすく書いてあったので、選んだ。
温泉はいい。
それだけで選んだ。
天然温泉だ。
選ばないわけがない。
女神はわかってるじゃないか。
早速温泉に向かうとみんなが楽しそうにしている場所があり、近くにいた人に聞くとあそこが温泉だよと、優しげな笑顔が弾けた。
良い人に当たったらしい。
彼はまた案内を最後までしてくれて、ありがとうと伝える。
「温泉っ」
中に入ったら着替えをして中に入る。
剥き出しだけど、硫黄の匂いがつんとくる。
これぞ温泉!
入るとジーンと温かさが体を巡る。
ふいい、と声が出た。
温泉は広いから、口にしても雑音で掻き消える。
女神から定期的に手紙を貰うのだけど、王妃になった彼女達のことが記してあったりとゴシップに事欠かない。
やっぱり程よい情報の受け取りは必要だからと余すことなく読む。
それによると、あの時一瞬でいなくなったこちらと家に唖然と立ち尽くしていたらしく。
その後探しても見つからず、魔法使いの護衛になにをやっているのだと叱られたらしい。
聖女という悪政を真に退けた英雄を追い出したとまで言われ初めて地味に肩身が狭くなっているのだとか。
魔法使いも、一番最初に頼ってしまったことが言い合いで露呈して、雇われ先の王妃の実家で評価をかなり落としたのだという。
本当は自分が協力したことなど、言わなくていいのだと王妃になった子に言ったものの。
なぜか、知ってもらうべきだと周りに名前は出さないけど、吹聴した元令嬢のやった行為。
今になって、巡り巡って首をギュッとしてしまっている。
堪能してから上がり、服を着直して外へ。
数歩だけ歩くと、先程案内してくれた人が手を上げた。
こちらも手をあげて、挨拶を交わす。
「やあ、どうだった。うちの国の自慢の温泉は」
「すごく良かった」
自慢にしたくなる気持ちはわかる。
すごく良かったという感想にそうだろうねと、あいづちを打つ男。
「よかったら君に街の名物ジュースを奢りたい。いいかな」
まるでナンパっぽいお誘いを受けて、慣れてないというか初めてのことにぎこちなく首を縦に振る。
「こっち!」
手を掴まれて引っ張られる。
「爽やかで美味しいんだ」
子犬系のタレ目な顔つき。
それが楽しげに柔らかくなる。
こちらも嬉しくなる。
例のクーデターの時は慌ただしいだけで、楽しくはなかった。
こちらの生活圏に入り込んだから振り払っただけ。
それを勘違いした王妃達が再びきたのにはがっかりだと思えた。
ここなら、なにごともなく過ごせるかもしれない。
温泉もあるし、人もおおらかで過ごしやすそう。
気に入った。
彼に手を引かれて、連れて行かれたジュース屋のジュースを飲んだら、とても美味しかった。
「美味しいね」
「だろう?特にこの八つの味がおすすめで」
ジュースの種類が二十三種類ある。
「種類多いね?」
「街の人たちもかなり試行錯誤して考えたんだ。おかげでこんなに多くなった」
照れくさそうにいう様子に好感度が上がる。
単純という勿れ。
誰だって可愛いと思う人懐っこさがあるし。
毎日、温泉に入ると自ずと彼『マウロ』とよく話すようになった。
「ヨリナっ、見て欲しいものがあるんだ」
「なに?」
「子猫っ。生まれたてだ」
「えっ。見たい」
「だよね!」
その子猫引き取って育てたい
昔から飼うの夢だったし。
わくわくして、子猫の生まれたという家に向かう。
「マウロも子猫好きなの?」
「大好きだ。飼いたいけどうちじゃダメって言われてて」
「そっか、ご家族の人たちがダメならなかなか飼えないね」
ヨリナならば、飼えるかもしれないとは言えない。
確実になるまでは言わない方がいいよ。
飼うかもまだわからないからね。
それよりも見せてもらった子猫が異世界風で羽が生えていたり、額にクリスタルみたいなものがあったりして、ファンタジー生物だと嬉しくなる。
異世界に来たんだなと、今になって実感するとは。
異世界に来られたのは、宝くじに当たるよりも凄いのかもしれない。
「わあ!子猫いいなあ」
マウロが頬を赤くしながら子猫を抱っこする。
「かわいーっ。くうう、飼いたいけど、だめだあ」
本当に悔しそうに言うので、思わず笑みを浮かべて癒される。
彼は名残惜しそうにして、子猫の家から帰る。
彼と可愛かったなと言い合う。
「将来は飼いたいなぁ」
同じ気持ちなので頷き同意する。
夕日に火山が照らされて幻影的だ。
「どうしたんだい」
「火山に夕日が当たって綺麗」
そういうと「え?」と彼は驚いたように夕日を見る。
「そんなの思ったことがなかった」
「長年住んでる地域あるあるだよね」
うんうんとなる。
温泉の良い街だけど、住人達にとっては当たり前だからね。
ヨリナらは会話をしながら道を歩く。
柔らかい空気と暖かな気候が体を包み、温泉上がりの自身を風が通る。
南の国は大正解だった。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
南国の国で温泉は最高でしょうね。
ポチッと⭐︎の評価をしていただければ幸いです。