公爵令嬢は誰を呪ったのか?
『夏のホラー2024』参加作品です。
「レイチェル、良くない噂を耳に挟んだんだが」
「良くない噂、ですか?」
「義妹であるメラニー嬢を虐めている、と言う話を聞いた」
「……それは誰から聞いたのですか?」
「学園内の生徒達が噂している、と報告を受けた。 わかっていると思うが君は私の婚約者であり将来の王妃になる。 複雑な環境であるのはわかっているが周囲の目を気にして行動してほしい」
「……申し訳ありません、気をつけます」
……これが私と婚約者であるレイチェル・アールデンとの最後の会話となった。
この時、何故レイチェルの話を聞かずに一方的に責める言葉を言ってしまったのか、公爵家の内情に介入しようとしなかったのか、私は今でも後悔している。
レイチェル・アールデンはこの翌日、自ら命を絶った。
その報告を私が耳にしたのは学園に向かう直前、公爵家からの早馬だった。
私はすぐに公爵家へ向かい、変わり果てた姿となってしまった彼女と再会した。
第1発見者はメイドで、起こしに部屋に入った時に彼女が首を吊って死んでいたそうだ。
私が思ったのは前日の会話だった。
(まさか、あれを苦に自殺したのか?)
私はメイドに頼み彼女の部屋を訪れた。
そこは公爵令嬢とは思えないぐらいに殺風景な風景だった。
必要最低限な物しか置いてなく洒落た物は置いてなかった。
(これが公爵令嬢の部屋なのか? まるで使用人みたいな部屋じゃないか。それに私がプレゼントした物が無い……)
私は彼女が何故命を絶ったのか、その理由を知りたい為に机の引き出しを開けた。
そこには日記が入っていった。
気が引けるが私は日記を読んだ。
そこには私の知らなかった事が書かれていた。
彼女はこの家で冷遇されていた事、義妹のメラニー中心で彼女は両親から愛されていなかった事、私があげたプレゼントは全てメラニーに奪われていた事、そして根も葉もない噂が広まり苦しんでいた事……。
(何と言う事だっ! 本当の被害者は彼女じゃないかっ!? そして、追い込んでしまったのは私だっ!)
忙しさを理由に彼女と十分話をしてこなかった事を激しく後悔した。
私は彼女の葬儀が終わった後、国王である父上に王位継承権を放棄し王太子の座を辞する事、修道院に入る事を伝えた。
勿論、父上や母上、周囲の人間からは反対され説得されたが強引に私は修道院に入った。
今後の人生はレイチェルの魂の供養の為に生きる事を決めた。
公爵家に対しては怒りもあったが何よりも自分が許せなかった。
それから1年が経過した。
私は彼女のお墓の前に来ていた。
「レイチェル……、君がこの世を去って1年が過ぎたよ。 君が死んだ当初は騒ぎもあったが今じゃあ何も無かった様に日々が過ぎているよ」
私は彼女の墓に花を添えた。
「王太子は弟になり君の義妹であるメラニーは弟の婚約者になった。 私があのまま王太子の座にいたらもしかしたら公爵家からメラニーと婚約するよう言われていたかもしれない。 ……貴族というのは勝手な物だな。 私は王太子を辞めて正解だったかもしれないな」
墓の前で手を合わせた。
「君が天国で幸せに過ごしている事を祈っているよ……」
「殿下? 殿下ではありませんか?」
声をかけられ振り向くとあのメイドがいた。
「君はあの時の……」
「お久しぶりでございます。 お嬢様の墓参りですか?」
「あぁ……、研修を終えて正式に近くの修道院に修道士として配属される予定だ」
「お嬢様は殿下にこんなに愛されて幸せですね……」
「いや、私はもしかしたら恨まれているかもしれない、彼女の本当の姿を知ろうともしなかった……」
「いえ、そんな事はありませんっ! もしお嬢様が恨んでいるのであればそれは公爵家の人間であり現王太子ですよっ!」
「弟が? あいつが何かしたのか?」
「今だから言える話ですが……、第2王子だった現王太子はお嬢様の事を狙っていたのです」
「あいつが? そういえばあいつは王太子の座も狙っていた、と聞いた事があるが……」
「それでお嬢様の悪い噂をメラニー様と一緒に周囲に広めたんです」
「なんだってっ!?」
「あの日、お嬢様が亡くなる前日、王妃教育を受けて城から帰って来たお嬢様は体中にアザみたいな物がありました」
「まさか、襲われたのかっ!?」
「それはわかりませんが、お城で何かがあったのではないか、と思います……」
なんと、レイチェルを死に追いやったのは我が愚弟だった、というのか……。
しかし、王籍を抜けた私が王太子となったあいつを問い質す事なんて出来る訳が無い。
何もできない自分にもどかしさを感じた。
そして、修道士としてはいけないことだがレイチェルを死に追いやった者達に天罰が起きる様に私は密かに神に願った。
その翌日、私は衝撃的な話を耳にする事になる。
知らなかったのだが昨日は弟とメラニーの結婚式があったそうだ。
彼女の命日に結婚式なんて罰あたりも甚だしいが面が厚いあいつ等ならおかしくはない。
その結婚式には勿論、王家や公爵家、有力な貴族が出席していた。
式は何事も無く進行し誓いのキスの瞬間に事件は起きた。
結婚式場となっている教会に突然雷が落ちたのだ。
昨日は雲一つ無い晴天だったが何故かその教会だけ雷がピンポイントに落ちた。
会場は一瞬にして火の手が回り地獄絵図となった。
出席した貴族達は重軽傷を負ったがその中心にいた王太子とメラニーは雷を直に受け一瞬にして真っ黒焦げになった、という。
公爵夫妻や我が両親も大火傷を負い数日後には亡くなった。
その際に公爵はレイチェルの名を喚いていたそうだ。
そして、レイチェルの死の真相が何故か世間に広まった。
結果、『レイチェル嬢が復讐したのではないか』という噂が広まった。
私の元に『王家に復帰してくれ』と懇願してくる者もいたが私は断った。
そして、王家は別の貴族が引き継ぐ事となりこの国自体が変わる事となった。
あの雷がレイチェルの恨みなのか神罰なのかはわからない。
ただ、彼女を死に追いやった者達はこの世から姿を消したのだ。
私は今日も彼女の魂と寄り添いながら生き続けている。