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お薬手帳2

この話に出て来る医療の知識は、あくまで異世界のものです。皆様は、現実の医療の常識に従って行動して下さい。

あと、医師など医療従事者のいう事に従って下さい。

 それからは、それはもう大忙しだった。ステイシーとマージョリーは、魔法陣を出現させて消毒液を調合する。アーロンは、転移魔法も使いつつ効率的に医師や看護師に消毒薬を渡していった。

 セオドアは、避難している一般市民に食事を提供する為の炊き出しを手伝っていた。平民の恰好をしているし、気さくに市民と接しているので、誰も彼が第一王子だと気付かない。


 しばらくすると、ある会話がステイシーの耳に届いた。

「薬を渡してやりたいけど、いつも何の薬を飲んでいたんだい?」

「それが、名前が分からなくて……胃薬で、白い錠剤なんだけど……」

「白い胃薬といっても、色々あるからなあ……」

 どうやら、患者さんが医師に、いつも他の病院でもらっていた薬が無くなりそうだから処方して欲しいと頼んでいるらしい。患者である高齢の女性も、処方を頼まれた若い黒髪の医師も、困り果てているようだ。


「あの、少しよろしいでしょうか」

 ステイシーは、二人を放って置けなくてつい声を掛けてしまった。

「お話が聞こえてしまったのですが、いつも飲んでいる薬の名前が分からなくてお困りのようですね……頭文字だけでも思い出せませんか?」

 高齢女性は、頬に手を当てて考え込んだ。そして、しばらくの沈黙の後首を横に振った。

「……ごめんなさいね、頭文字も思い出せないわ」

「そうですか……」

「私、その病院の他にも、モーガン先生の治療院にも通ってるんだけどねえ……」

 女性の呟きを聞き、ステイシーは目を見開いた。

「本当ですか!?なら、何とかなるかもしれません。少しの間ここでお待ち下さい!」

 ステイシーはそう言うと、女性の名前と生年月日を聞き、モーガンの元に走って行った。


「ふうん、なら、何とかなるかもしれないな。治療院に戻って記録を見れば、分かるかもしれない」

 事情を聞いたモーガンが、顎髭を触りながら応える。

「じゃあ、アーロンに頼んで治療院に連れて行ってもらいましょう!」

 その後、アーロンに治療院に連れて行ってもらったモーガンは、カルテを手にして教会に戻って来た。


「ああ、この薬です。薬剤師のお嬢さん、本当にありがとう」

 高齢女性は、ステイシーに向かって頭を下げた。モーガンは、治療院に来た患者さんが他の病院に通っているか、他の病院でどういう治療をしているかをカルテに記録していた。それにはもちろん薬の名前も含まれていたので、高齢女性が飲んでいる薬の名前も分かったのだ。

 そのおかげで女性は若い医師に薬を処方してもらう事が出来たので、提案してくれたステイシーに感謝していた。

「いえいえ、お礼なんていいですよ。……それより、今後もこういう事があったら困りませんか?よろしければ、この手帳を使ってみて下さい」

 そう言って、ステイシーは一冊の小さな手帳を女性に見せた。

「これは?」

「お薬手帳です。今自分が何の薬を飲んでいるか記録するものなんです。これを持ち歩いて、可能であれば薬局で薬を貰う時、薬の名前を書いてもらって下さい。そうでなければ、お手数ですが自分で瓶のラベルに書いてある名前をメモして頂ければ……。それと、この手帳は病院毎に分けずに、時系列で記録して頂くと飲み合わせの確認もしやすいと思います」

 これを持ち歩いていれば、今回のような非常時でも薬を処方してもらいやすくなる。エイベル氏の眩暈の件があった時から、やはりこの世界でもお薬手帳は必要だと思っていた。前世では、電子版のお薬手帳もあったが。


「ありがとう、頂くわ」

 女性は微笑んで手帳を受け取った。その時、不意に声を掛けられた。

「少しよろしいですかな?」

ステイシーが振り向くと、そこには四十代くらいの男性が佇んでいた。背が高く、黒髪と、整えられた黒い口髭が特徴的だ。

「どちら様でしょう?」

 ステイシーが首を傾げると、男性は名刺をステイシーに差し出した。そこには、『エイミスファーマシー』の文字が記載されている。

「ファーマシー……薬局ですか」

「はい、私、薬局を経営しておりますロードリック・エイミスと申します。失礼ですが、お嬢さんのお名前を聞かせて頂けないでしょうか?」

 ステイシーは、笑みを浮かべて答えた。

「私、『薬屋カヴァナー』で薬剤師として働いております、ステイシー・オールストンと申します」

「ああ、オールストンというと、あの公爵家の……」

 平民落ちの事情を知っているようだ。


「それで、ご用件は?」

 ステイシーが聞くと、エイミスはチラリとお薬手帳を見て言った。

「今、お話を耳に挟んでしまったのですが、そのお薬手帳というのは、そちらの薬局で発案したものですかな?」

「ええ、私が発案したものですが、それが何か?」

 前世の事を話せないステイシーは、しれっと嘘を吐く。エイミスは、咳払いをした後に切り出した。

「お薬手帳を、うちの薬局と共同で販売しませんか?薬局の利益にもなると思うのですが」

 ステイシーは、考えた。確かに、お薬手帳を販売すれば薬局の経営の助けにはなるだろう。しかし……。

「申し訳ございません、エイミスさん。お薬手帳は販売できません。経済的に余裕のない患者さんにもお薬手帳を利用して頂きたいので、希望者に無料で配布する方針なんです。店長のカヴァナーにもその方針で納得してもらっています」

「そうですか……残念です。気が変わりましたら、いつでもお声掛け下さい」

「はい、お誘い、ありがとうございました」


 エイミスは、ステイシーに背を向けてその場を去った。歩きながら、エイミスが忌々しげな表情をしていた事を、ステイシーは知らない。


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