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ファンタジーの短編まとめ

永久を生きる二人の、心の行方は

作者: 田尾風香

こちらは、武 頼庵様の企画『イラストで物語書いちゃおう!! 企画』参加作品です。テーマ用(2)のイラストを使用しています。

挿絵(By みてみん)


「ねぇ、別れましょう、私たち」

「ああ、そうだな」


 桜の木の下で、そう言ってお互いに背を向けた私たち。

 その瞬間、強く風がふいて、桜の花吹雪が起きた。さっさとこの場から離れようと思っていたのに、綺麗なその光景に足を進めることも忘れて見入っていた。


 ――その時、私たちの足元が、光ったのだ。



*****



 ――ハッと、目をあけた。


「ゆめ……ね……」


 久しぶりに夢を見た。それもあの、すべてが始まった瞬間の、夢。

 今となっては、何が理由で別れようとしていたのか、それすらも思い出せない。そもそも、()()に来る前のことは、もうほとんど思い出せない。


 思い出せるのは、あの瞬間のことだけ。


「……………」


 ふぅと息を吐いて、起き上がる。

 夜とか朝とか、そういったものは分かりはするけれど、それでも時間という概念から遠ざかって久しい。寝る必要すらなくなった私たちだ。()()()は本当に寝ることがないけれど、私はそれでも時々ウトウトすることがある。


 ウトウトして、あんな夢を見たんじゃ、あまり気分は良くないけれど。


「お茶でもいれようかしら」


 外は青い空が広がる晴天だった。その晴天に、ピンクの桜の花は映えて綺麗に見える。そして、その前にある縁側にあの方が座っているのは、いつも見る光景だった。



*****



「サガミ様、お茶をいれました。良かったらどうぞ」

「……ああ」


 声をかけると、ふり返って短い返事とともに、私の差し出した茶碗を手に取る。そしてまた、桜を見た。


 これも、いつものことだ。()()に来た最初の頃は、もう少し言葉を交わしていた。けれど、長すぎる年月は、次第にこの方の精神を削った。こうして、反応があるだけでもいいことだ。


 別れの言葉を交わしたあの日、足元が光ったと思ったら、私たちは見知らぬ場所にいた。そして、見知らぬ衣装を纏い、知らないはずの記憶が頭にあった。

 その記憶のおかげで、私たちは自分たちに起こった状況を理解したけれど、それは何の救いにもならなかった。


 "サガミ"とは、桜の神のことを指すらしい。そして、この場所は私たちがいた世界とは、全く違う世界。この世界で、彼は桜の神の依り代となり、私は彼の世話役となった。


 "サガミ"と呼ばれる桜の神は、ヒトに宿る。元は、目の前にある桜の木に宿っていたらしいけれど、いつからかヒトに宿るようになった。なぜかなんて分からない。ただ、その記憶があるだけ。


 けれど、ヒトには限界がある。神が宿ったことで常人よりはるかにその寿命は延びるけれど、永遠ではない。時間がたつにつれて、精神が病み、肉体が朽ちていく。そうして限界が来ると、サガミは別の肉体を呼び寄せ、そこに宿るのだ。


 最初は反発した。けれど、反発したって、どうすることもできなかった。できたのは、ただ受け入れることだけ。


 そうして受け入れて、どれだけの年月がたったのだろうか。

 この世界にもヒトと呼ばれる存在はあるらしく、私たちと似たり寄ったりの形の存在が、時々顔を見せる。


 最初は赤子で、親に抱き抱えられて。自分の足で歩いて来て。成長して「結婚します」と報告して。赤子を抱いて来て。やがて年老いて、ここに来なくなる。


 一体、そういうヒトを何人見てきたのだろうか。どれだけの世代を見てきたのだろうか。……分からない。もう、思い出せない。


「……美味い」


 茶碗に口をつけてお茶を飲んでいるサガミ様を見る。ほんの少しだけ、顔に笑みが浮かんでいるように見える。


 私もお茶に口をつけた。美味しい、というよりは、懐かしい気がする。何も食べなくても飲まなくても、私たちは死んだりしない。必要としていない。それでも、お茶を飲んでいる間だけは、少し心が戻るような、そんな気がするのだ。

 

 空になった茶碗を置いたサガミ様は、また無表情に戻っている。茶碗を回収しつつ、思う。"サガミ"が交代すれば、世話役も交代する。つまり、私がいつまでこうしているかは、サガミ様次第。


 時々、思う。この方の精神はいつまで持つのだろうか。……そして、こうしている私の心は、果たして正常なのだろうか。

 懐かしい味がする、この桜の花と同じピンク色のお茶は、本当に懐かしいお茶なのだろうか。分からない。何も分からない。


 頭がツキッと痛んで、同時に眠気が襲ってくる。最近、どうしてか眠ることが増えたと思う。そう疑問を覚えて、しかしそれらをかき消すような強烈な眠気に、私は目を閉じたのだった。



*****

*****



「寝たのか」


 無感動につぶやくと、世話役の体が浮かび、そのまま飛んでいく。それを何となく見続ける。


 もう何も分からない。何も感じない。世話役が限界に近づいたら、それを浄化するのが役目だから、ただそれを全うしているだけ。


 何も感じない。――彼女の入れてくれるお茶の味以外は。


「起きたら、また入れてくれ」


 今の自分は、ただそれだけを楽しみに、こうして存在しているのだから。


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