7. 反省の色が見られません!
「どういう事?」
さすがに王太子殿下まで、とは穏やかな話ではない。
「だってヒロインと恋に落ちる攻略対象者は、皆、呪いにかかっているんだもの、当然でしょう! あ、王太子殿下はメインヒーローなのよ」
「は?」
「あ、それと呪いの内容はそれぞれ違うわ」
「ね……ねぇ、リオーナ。それ、本気で言っているの?」
何でこの子はそういう事をあっけらかんとした顔で言えるの!?
王太子殿下が呪われているって大問題よね?
「もちろん、本気よ!」
「なら……その人達の呪いを解けるのは……」
「もちろん、私よ!」
案の定、リオーナはにっこり笑顔でそう言った。
「でもね? 残念ながら私は全員と恋に落ちるつもりはないの」
「……え?」
「だって考えてみて、お姉様? たとえ皆が私のことを好きになっても私が全員と結婚出来るわけないでしょう? あのね、この世界は逆ハーレムルートは無いの。これだけは間違いないのよ」
「……?」
全員と結婚出来るわけない。それはその通りなのだけど。
また、ちょっとよく分からない単語が……
(ぎゃ、ぎゃくはーれむ?)
とりあえず、深く考えることは止めて話を続けることにした。
だって、他にも気になることがある。
「それなら、リオーナと恋に落ちずに呪いを解けなかった人たちはどうなるの?」
「さぁ? 知らないわ。そのままなんじゃないかしら?」
「えっ!」
リオーナはどうでも良さそうな顔で言った。
「お姉様ったら、そんな顔……だって言ったじゃない? 別に呪いは命に関わるものではないって」
「それはそうだけど……」
「まぁ、呪いのせいでそれぞれ婚約者との間にヒビは入るかもしれないけどね、ふふ」
「!」
リオーナは心底、楽しそうな顔をしてそんなことを言った。
婚約者との間にヒビ……だなんて、そんな穏やかでない事を笑顔で言うなんて……!
(だけど何かしら? この違和感)
一体、リオーナはどこを見ているの?
同じ世界の空間にいるはずなのにリオーナはどこか違う世界にいる。
私はそんな気持ちにさせられた。
「とにかくそういうわけでね? だから私は一番好きな人を選ぶ事にしたのよ」
「好きな……? まさかそれが……アシュヴィン様、なの?」
「そうよ! そうでなきゃ、お姉様の婚約者に手を出そうなんて思わないわ」
「っ!」
その言葉にチクリと胸が痛む。
そして、リオーナの余裕たっぷり発言が何故か私の胸をざわつかせる。
(せっかく嫌われていないのかもと思えるようになったのに!)
「アシュヴィン様って、クールでカッコイイのよね! 何でもそつなくスマートにこなしちゃうし」
…………んん?
「それに好感度が上がらないと笑顔も見せてくれないの。笑顔が見れるまで大変だけどそこがまたいいのよ! お姉様だって彼の笑顔はまだ見たこと無……」
「え? ねぇ、リオーナ。ちょっと待って! それは誰のこと?」
クールでカッコイイ? 何でもそつなくスマートこなせる?
「へ? もちろん、アシュヴィン様の事よ」
私は首を傾げる。
……そうかしら? 私の前だけかもしれないけれど、あんな不器用な話し方をする人がスマート?
それに、婚約者になれる前からアシュヴィン様の事は見てきたけれど、リオーナが言うほどの印象ではなかった気がする……
笑顔だってそうよ。だって顔合わせの時はあんなに可笑しそうに笑っていたもの。
(いったい、本当にリオーナは何を見ているのかしら?)
アシュヴィン様を見ているようで実は見ていない……そんな気がした。
「それで、お姉様? 本当に私にアシュヴィン様のパートナーの役目を譲ってくれる気は無いの? 今から具合が悪くなったとか言ってくれても大丈夫よ? 私ならいつでも代われるわ」
「譲るわけないでしょう! それにアシュヴィン様には断られたんでしょう?」
「ぐっ……」
私の言葉にリオーナは「やっぱりおかしい」と呟く。
「やっぱり出会いイベントが失敗したからなの……?」
「リオーナ?」
「いえ、まだよ……好感度さえ上がれば……きっと!」
リオーナが何やら鬼気迫る表情でブツブツと呟き出した。
「お姉様、パートナーを譲る気が無いのならもういいわ。部屋から出て行って!」
「は? ちょっ……リオーナ! あなた反省は?」
リオーナが無理やりグイグイと私の背中を押して部屋から追い出そうとする。
「仕方ないからパーティーのことは諦めるけど……もう一度よくゲームについて思い出さなくちゃいけないわ……どこか間違えているのかもしれないもの!」
「は?」
結局、リオーナには反省の色は全く見られなかった。
その日の夜、さすがに私もこれ以上は黙っていられずお父様とお母様にリオーナの様子がおかしいことを話した。
だけど、悲しいことに二人はとても呑気だった。
「なに、ちょっと王太子殿下のパーティーに行けるルファナが羨ましかっただけだろう」
「……そうではなくて!」
「そうよ、ルファナ。いくらリオーナでも婚約者を奪い取る真似なんてするわけないわよ」
「お母様まで!」
ダメだわ。全然伝わらない。
しかも。これは、むしろ──
「“お姉さん”なのだから、多少の事は我慢しなさい」
「……っ!」
やっぱり言われた!
これは昔から……リオーナが可愛らしいワガママを言う度に必ず言い聞かされて来た言葉だった。
「で、でも! あの子が何かしでかしてからでは遅いのよ? 現にアシュヴィン様にだって迷惑をかけて……」
「分かった、分かった。そのことは注意はしておく。それでいいだろう?」
「お父様!」
──ダメだった。
どうして、他の人にはリオーナがおかしくなった事が伝わらないの?
「……」
きっと、あの子がおかしな言動をしているのは私の前だけなのだろう……
「虚しいわ……」
結局、リオーナのことは自分でどうにかするしかないと思わされただけだった。
(それでも、アシュヴィン様をあの子に譲るのは……嫌)
◇◇◇
結局、リオーナの反省する姿はは見られないまま王太子殿下の誕生日パーティー当日がやって来た。
(当日だものね。さすがにもう、代われとは言わなくなったわ。良かった)
実は、王太子殿下の誕生日パーティーなんてこれまで縁の無かった行事だけでなく、アシュヴィン様の婚約者として公に出るのも今日が初めて。
(これは気を引き締めて行かないと!)
「アシュヴィン様……」
アシュヴィン様からの贈り物のネックレスとイヤリングをつける。
──アシュヴィン様の色。
(今日の彼は私の目を見てくれるかしら?)
──私の目を見て、顔合わせの日に見せたような笑顔を見せてくれないかしら……?
そんな事を思わず願ってしまった。
──────
「……アシュヴィン様。お待たせしました」
今まで、我が家に来ることの無かったアシュヴィン様だけれど、さすがに今日は迎えに来てくれた。
私がアシュヴィン様の元に近付くと、アシュヴィン様がゆっくりと振り返る。
「……」
「……」
そして互いに沈黙。
でも、なんと目は合っている! まだ逸らされていない。
(だ、だけど……こ、この沈黙は何?)
「……かっ……コホッ……用意が出来たなら行こう」
「あ、はい」
あからさまに目は逸らされることはなかったけれど、やっぱり素っ気無いのは変わらないみたい。
(可愛いとか似合っている……なんて甘い言葉を期待したわけではないけれど)
分かっていてもどこか寂しい。
嘘でもいいから言って欲しかった……いえ、それも虚しいわね。
それでも、アシュヴィン様はエスコートの為に手は差し出してくれたので、そっとその手に自分の手を重ねる。
「…………る」
「え?」
その時、小さくアシュヴィン様が何かを呟いた気がしたけれど、よく聞こえなかった。