6. 妹の頭の中を覗いてみたい
あぁ、ドクドクと心臓が凄い早鐘を打っているわ。
今すぐ破裂しそう!
(アシュヴィン様……お願いだからリオーナが良いなんて言わないで!)
そう祈っていたらアシュヴィン様が口を開く。
「先程……君の妹が俺を訪ねて教室にやって来た」
「え!」
“パーティーには、君ではなく妹のリオーナ嬢と行きたい”
なんて言われるのを勝手に想像してしまっていたせいで、その言葉に思わず拍子抜けしてしまう。
(リオーナに感化され過ぎたわ……)
そうよ……冷静に考えたらそんな話のはずがないのに。
だって、リオーナの言うところの“恋に落ちる”出会いは失敗しているんだもの。
それならば今のところ、リオーナに交代する理由はどこにも無い。
「そ、それは、すみません。リオーナ……妹はいったい何の話をしに?」
「……」
私の質問にアシュヴィン様が、はぁ……とため息をつく。
その様子を見てすぐに思った。
これ、絶対にいい話ではない……!
「……王太子殿下の誕生日パーティーに自分も参加したい、と。姉である君ではなくパートナーを交代して自分を連れて行って欲しいと言いに来た」
「!!」
私は驚きと衝撃でヒュッと息を呑む。
リオーナ! ──あの子は何をしているの!!
なんと、リオーナはまさかの直談判という実力行使に出ていた。
「ア、アシュヴィン様は……それで、なんとお答えに……?」
私の声が震える。
「なんと? もちろん断ったが?」
「あ……」
当たり前の事なのに、私は心の底から安堵していた。
私は本当にリオーナの言う事を真に受け過ぎていたみたいだ。
「妹、リオーナが勝手をして本当に申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました」
「……」
「妹はどうしても、パーティーに行きたかったようです……」
凄い執念だ……なんて恐ろしいの。
だけど、まさかの直談判するなんてあの子の思考回路はどうなっているの?
「───てっきり…………んだ」
「はい?」
アシュヴィン様がちょっと暗い顔をして小声で何かを言った。
「いや……俺は……君がパーティーに行くのが嫌で……彼女に頼んだのか、と……」
「まぁ! 確かに私が殿下の誕生日パーティーに参加だなんて恐れ多い話ですけど、嫌だなんて事は……」
「そうではなくて!」
「?」
珍しくアシュヴィン様がちょっと声を荒らげた。何なら顔もちょっと赤い。興奮しているから?
そして今、なんて?
私が首を傾げていたら、アシュヴィン様はちょっと声を大きくして言った。
「き、君が俺のパートナーとして参加するのが嫌だと言ったのかと思ったんだ!!」
「え?」
私は、思いもよらぬ言葉に間抜けな声をあげて、アシュヴィン様の顔をまじまじと見た。
そして一瞬だけ目が合ったけれど、すぐに逸らされてしまった。
あぁ、もう! 何でよ! アシュヴィン様、どうしてそこで目を逸らすの!?
「───アシュヴィン様っ!」
「……っ!?」
私はちょっと強引にアシュヴィン様の両頬を掴んで強引に私の方へと向かせた。
アシュヴィン様の目が大きく見開き、驚きで一杯の表情になっている。顔の赤みも増したかもしれない。
(ふふ、アシュヴィン様ったらこんな顔も出来るのね?)
アシュヴィン様のそんな顔を見てちょっと嬉しくなった。
「いいですか? 私は、たとえ嫌だと思っても妹に頼むなんて、そんなことはしません!」
「……」
「それから、私はアシュヴィン様のパートナーが嫌だなんて思っていませんから、勝手に誤解しないで下さい!」
「……!」
「そもそも! どうして勝手に決めつけたのですか?」
「……あ」
アシュヴィン様は、よほど気まずかったのかまた目を逸らそうとするので、私は彼の両頬を掴んだままもう一度叱り飛ばす。
「アシュヴィン様! お願いですから逃げないでちゃんと私の目を見て答えて下さい!」
「す……すまない」
それでも、アシュヴィン様の目が泳ぐ。
「……」
「リオーナ嬢が……本当は君が俺とパーティーに行くのを嫌がっている……そんなことを匂わせた発言をしていたから……つい、信じてしまった……」
「!!」
リオーナ! あの子はそんな事まで……!?
「……その、いつも俺の君にしている態度は……そう思われても仕方が無い、と思った……」
「え! もしかして自覚がおありだったのですか?」
「……うっ」
アシュヴィン様がシュンと項垂れる。
(え、か、可愛いわ……)
リオーナが余計な発言をしていたことよりも、今、目の前の子犬みたいに項垂れたアシュヴィン様が可愛く見えて仕方ない。
(アシュヴィン様ってこんな顔もする人だったのね?)
好きな人の新たな面を知って思わず胸がときめく。
もしかして、素っ気無いのも単なる不器用だからなのでは……?
そんな期待の気持ちがムクムクと湧いてくる。
(……でも、違うわね。それだと顔合わせ以降の変化の説明にはならない。顔合わせの時は普通に会話をしていたんだもの)
結局、素っ気無くなった理由はよく分からない。
だけど──
「アシュヴィン様」
「……」
「イヤリングとネックレス、ありがとうございました」
「……! あ、あれは……」
またしてもアシュヴィン様の目が泳ぐ。
えぇい! まだ目を逸らそうとするのね!?
私はまたまた強引にアシュヴィン様の顔を私に向けさせる。
「嬉しかったです!」
「!」
だって、あなたのその瞳の色なのよ?
偶然なのか敢えて選んでくれたのかは分からないけれど……私はとっても嬉しかったの。
「アシュヴィン様。私はあれらを身につけてパーティーに参加するのを私はとても楽しみにしているのです」
「…………っ!」
私が微笑んでそう言ったら、アシュヴィン様は驚きの表情を浮かべた。
そして小さくだけど「ありがとう」と言って頷いてくれた。
(良かった……)
ちょっと強引に迫った気はするけれど嫌がられなかったわ。
やっぱりちゃんと話すことは大事ね!
改めてそう思った。
(そして、嫌われている……のは、私の思い込みだったのかも)
素っ気無い部分はあるけれど、何だかそう思えてしまって自然と口元が緩みそうになった。
◇◇◇
「リオーナ。どういう事か説明して!」
「……」
「黙っていないで、何とか言ったらどうなの?」
そしてその日、帰宅した私は真っ直ぐリオーナの部屋に向かい、リオーナのしたことを問い詰める。
アシュヴィン様の可愛い一面が見れて、嫌われていないかもしれないという希望が見えたけれど、あんな風に迷惑をかけたことはどうしても許せない。
「だって、お姉様は今日までやっぱり元気なままで……このままじゃ、私はやっぱりパーティーに行けない」
「呼ばれていないのだから行けなくて当然でしょう?」
「そんなぁ……」
私の言葉にリオーナが項垂れる。
「ねぇ、お姉様! それなら、イベントはどうなるの? 王太子殿下に口説かれてアシュヴィン様に嫉妬されるという大事なイベントなのに!!」
「は?」
リオーナが王太子殿下に口説かれるですって?
「……リオーナ。さすがにそんなことは妄想でも言ってはいけないわ」
「妄想ではないわ! 本当に起きるのよ! 乙女の夢がつまったイベントなのよ? お姉様にはそんな乙女心が分からないの?」
「……」
不可抗力とはいえ、人の婚約者とパーティーに参加し、これまた婚約者持ちの王太子殿下に口説かれることを乙女の夢がつまっているなどと言ってのけるとは!
リオーナ。私は今すぐあなたの頭の中を覗いて見たいわ。
私はため息を吐くとはっきりとリオーナに向かって言う。
「申し訳ないけれど、そんなことを言うあなたをますますパーティーに近付けるわけにはいかない」
「そんな! お姉様……酷い!」
「……」
酷いのはどっち? まさかの王太子殿下まで巻き込もうとしているなんて信じられない!
────ん? あら? ちょっと待って?
とっても……嫌な予感がする。
「…………ねぇ、リオーナ」
「なぁに? お姉様」
「まさかとは思うけれど……王太子殿下までアシュヴィン様のように“呪われている”とか言わないわよね?」
「……」
私は今になって思い出した。
あの日、リオーナがおかしな言動を始めた日。
確かにリオーナはこう言っていた。
────素敵な男性たちと恋に落ちるの!
……と。
男性“たち”……あれはどう聞いても複数だった。
まさか、その中に王太子殿下が含まれていたり…………
「そうよ、さすがお姉様。察しがいいのね! 王太子殿下もアシュヴィン様のように呪いにかかっているのよ! そして私と恋に落ちるはずだった一人なのよ」
私の質問にリオーナはにっこりと笑ってそう答えた。