5. 話が違う! と言われても……
リオーナにどこからどう伝えれば良いの? 既に招待状は私の手元にあるのよ、と。
あと、どうしてもこれだけは聞きたい。
「……ねぇ、リオーナ?」
「なぁに、お姉様?」
「その王太子殿下の誕生日パーティーは私が招待されるのよね?」
「そうよ!」
リオーナが満面の笑みで答える。
「なら、えっと、イベ……? 何故そこであなたとアシュヴィン様が仲を深める話になるわけ?」
招待されているのは私でリオーナでは無いのよね?
それならば、おかしいと思う。
私の言葉に、リオーナはにんまりと笑う。
(その笑顔はろくな事を言わない時の笑顔!)
「やだわ、お姉様ったら。そんなの決まっているでしょう? 私がそのパーティーに参加出来るからよ!」
「は?」
どうしてそうなるのか分からなくて私は思わず顔をしかめる。
「あ、お姉様。またその顔! もしかして疑っているの?」
「疑う……以前にリオーナがパーティーに参加出来る理由が分からないわ」
まさかとは思うけど、パーティー会場に乱入……とかしないわよね??
想像するだけでゾッとする。
けれど、今のこの子ならやりそうなんだもの!
「……お姉様が何を思ってるかは何となく分かるわ。まさか、私が招待されてもいないのに乱入するとでも思っているの?」
「そ、それは……!」
どうやら、私の考えは顔に出てしまっていたらしい。
「お姉様ったら、失礼しちゃうわ! いくらなんでも私はそんな真似しないわよ」
「なら、どうしてリオーナが会場に入れるの?」
「ふふん! ヒロインはいつだって特別なのよ!」
(出た!)
またそれなの? 駄目だわ。やっぱり意味が分からない。
私は頭を抱えた。
────この時の私はそう頭を抱えたけれど、なぜかリオーナが自信満々だった理由だけはそれから数日後に判明する事になる。
ちなみに、パーティーの招待状が私の元に届いた経緯は誤魔化しておいた。
◇◇◇
「ルファナお嬢様宛てに贈り物が届いています」
パーティーを明後日に控えたその日、メイドが私に小さな箱を持って来た。
「私に?」
「婚約者のグスタフ侯爵家……アシュヴィン様からみたいです」
「アシュヴィン様!?」
私は慌ててその箱を受け取る。
(何かしら? アシュヴィン様からの贈り物なんて初めてだわ!)
ドキドキしながら開封すると、そこには揃いのイヤリングとネックレスが入っていた。
「紫色……これは、アシュヴィン様の瞳の色?」
思わず、そう口に出してしまうくらいその色はアシュヴィン様の色を彷彿とさせた。
そして、中にはカードが入っている。
“パーティーの日に身につけて欲しい”
「……まぁ!」
たったそれだけが書かれた一言のカードだったけれど、私は嬉しくなって思わず頬が緩む。
(ちゃんと私のことを気にしてくれているんだわ)
嬉しい。
予定していたドレスで大丈夫かしら? このイヤリングとネックレスに合わせて……
なんて私がウキウキ考えた時、
「お姉様ー!」
バーンッと私の部屋の扉が開いた。
そうして、またしてもリオーナが私の部屋に飛び込んでくる。
もちろん、ノックは無い。
(この子はまた……!)
「……今度は何? リオーナ。それから何度も言っているけどノックもして頂戴!」
「そんな事よりも! あのね、お姉様に確認したい事があって……って、それ!!」
リオーナがかなり驚いたのか私の手元を見て叫んだ。
「どうして? どうしてそれがそこにあるの?」
「リオーナ?」
「お姉様……その手元に持っている装飾品は……!」
何事かと思ったけれど、どうやら、アシュヴィン様からの贈り物を見てリオーナは叫んだらしい。
「これ? これはたった今、アシュヴィン様から……」
「だから、どうして!?」
出たわ。“どうして”
……あぁ、これはまた何か言い出すんだわ。
さすがに傾向が分かって来た。
「どうして、とは?」
「お姉様、話が違うわ!」
リオーナが懸命に首をプルプルと横に振る。
話しが違う! と言われても。
「違うって何? どういう事?」
「だって、それは、もっと先……好感度が上がってから……いずれ私が…………何でお姉様に? 早すぎる……今じゃないのに」
「……? リオーナ、何を言ってるの?」
やっぱり思った通り、また、支離滅裂な事を言い出した。
そろそろ、これ以上放置するのは良くないかもしれない。
「……おかしい。さすがに色々おかしいの」
「リオーナ、あなたね。そろそろいい加減にしないと……」
「それに、お姉様も!! どうして元気なの!?」
──お父様達にも言って医者に診てもらうわよ?
そう言おうと思ったのに。
どうして、この子はタイミング良く気になる事を言ってくるのかしら……
「は? 元気? 見ての通りよ?」
「本当に? どこか具合が悪かったりしない? 熱があるとかお腹が痛いとか……何でもいいから」
「……?」
おかしい。どうして、そんなに私を病気にしたがるの?
私は眉をひそめた。
「もう、パーティーまで時間が無いのよ!」
「…………ねぇ、リオーナ? まさかとは思うけど、あなたがパーティーに参加する……いえ、参加出来る理由って」
「そんなの決まっているわ! お姉様の代わりよ! パーティーの三日前から体調を崩したお姉様がパーティーに行けなくなるから、私が代理として一緒に行って欲しいとアシュヴィン様に誘われるのよ!!」
「……」
目の前がクラクラした。
元気だったけど私はたった今、具合が悪くなりそうよ……
えっと、これは一から説明しないといけないの?
私がため息をつきながらリオーナに顔を向けると、リオーナは顔色を悪くしたまま、ブツブツと呟いていた。
「おかしい。話が違う。これは大事な出会いイベントを起こせなかったから狂ってしまったの?」
「……」
リオーナの言っていた“恋に落ちる”出会い。
それを果たしていないのなら、例え本当に私が体調を崩してパーティーに参加出来なくなっていたとしても、リオーナが私の代わりに誘われる可能性は低かったのでは?
そう思うけれど、リオーナの中では違うらしい。
(それよりも、リオーナが私の具合が悪くなる事を望んでいたということがショックだわ)
「このままでは、パーティーのイベントも起こせないじゃないの」
(……まさかとは思うけど、私に一服盛ったりはしないわよね……?)
いくら、困った妹でもそこまでは……しない…………はず。
いえ、最近のあの子を見ていると自信を持って言えないけれど。
「だとしても、狂いすぎよ! これは、バグなの? それとも、私の知らないルートが存在するとでも?」
「……」
今のリオーナには何を言っても無駄だと思った。
◇◇◇
そしてパーティーの前日。
リオーナの不吉な発言のせいで、自分の身を心配したものの体調不良なども起こらず私は元気に過ごしていた。
(まぁ、食事にはちょっと警戒してしまったけど)
だって今のリオーナの様子なら一服盛ったとしてもおかしくない。
「ルファナ嬢」
「ア、アシュヴィン様……?」
明日に備えて今日は寄り道せずに帰ろうとした所でアシュヴィン様が私の教室にやって来た。
(こんな事は初めてだわ!)
私は平静を装いつつ内心は大興奮していた。
「……帰宅前にすまない。ちょっと君に聞きたいこと……があって」
「? 何かありましたか?」
「……」
相変わらずアシュヴィン様は、私の顔を真っ直ぐ見ようとしない。
たまに目が合うとやっぱり逸らされる。
そんなアシュヴィン様はとても気まずそうに口を開いた。
「明日のパーティーの事で……ちょっと」
「……あ、はい……」
その言葉にドキッと胸が跳ねる。
やめて! パーティーの話は心臓に悪いから。何だか聞くのが怖い。
「……それと、君の妹の事なんだが」
「え!」
ここで、リオーナの話なの!?
私は体調不良も起こしていないし、元気なままよ?
なのに、まさかとは思うけれど……パートナーをリオーナに代わってくれなんて言い出すのでは?
動揺した私はそんな不安に駆られてしまい、ドキドキしながら次の言葉を待った。