19. “ヒロイン”は幸せを手に入れました!
◇◇◇
「……アシュヴィン様、そんなに緊張されなくても……」
「い、いや。やっぱり初めて会うし緊張する……」
「そんなに、気を使う必要のある人ではありませんよ?」
我が家に訪ねて来たアシュヴィン様。
今日、そんな彼はちょっと緊張していた。
なぜなら……
「いやいや、ディビッド殿は姉妹をこよなく愛していると聞く。ルファナの婚約者である俺をどんな目で見てくるかは想像がつく」
「えぇ、何を言っているんですか……」
今日は数年ぶりに私たち姉妹のお兄様が領地から戻って来たから!
そんな私とリオーナをこよなく愛するお兄様は、戻ってくる前に私にこう連絡してきた。
──ルファナの婚約者に会わせろ。
そういう理由で、本日アシュヴィン様には我が家にお越しいただいた。
─────
「ディビッド・アドュリアスだ」
「アシュヴィン・グスタフです」
お兄様とアシュヴィン様が挨拶を交わす。
(アシュヴィン様! 表情が硬いわ!! 笑って、笑って!)
あまりにもアシュヴィン様がガチガチなので、私は心の中でアシュヴィン様にエールを送る。
「……何だか不思議な光景だわ。お兄様とアシュヴィン様……」
「リオーナ? どうかしたの?」
隣に座っていたリオーナが何やら意味深に呟いた。
「何でもないわ」
「そう?」
リオーナは静かに首を横に振る。
(すっかり大人しくなっちゃって……)
──あのリオーナが王太子殿下を呼び出した所に私とプリメーラ様で突撃し、無事に殿下の呪いも解けたあの日。
何故か“呪い”の内容を勘違いしていたリオーナは、大きなショックを受けたのか真っ青になった後、こう呟いた。
「お姉様…………私は“ヒロイン”ではなかったみたい」
呪いの内容を勘違いしていたことも含めて、あれだけ言い続けていた“ヒロイン”という言葉を急に否定し始めた。
どうしてそんな結論になったのかはよく分からなかったけれどリオーナの中で何かがあったのだと思う。
──無理には聞かない。
でも、リオーナが話したい時はちゃんと聞いてあげよう。
そう決めている。
そんなリオーナは奇怪な行動もやめて昔のちょっとワガママな妹に戻ったような印象。
とは言ってもあれだけ奇怪な行動が噂の的になってしまったリオーナの今後を思うと……なかなか大変そうではあるのだけれど……
(おかしいわ。あんなに困っていたのに少し寂しい気がするのは何でかしらね?)
ちなみに、プリメーラ様と気持ちが通じ合い、呪いが解けたのは半分くらいはリオーナのおかげだと王太子殿下の粋な計らいにより、リオーナが罪に問われることは無かった。
(アシュヴィン様は不満そうだったけれど)
「ルファナ、リオーナ」
「お兄様!」
「お兄様?」
アシュヴィン様との挨拶を終えたお兄様が私たちの元へと近付いてくる。
「お話はもう終わったの?」
「ああ、ルファナを頼むとくれぐれも宜しくしておいたよ」
「……っ」
(あら?)
話が終わったのかと訊ねると、お兄様は爽やかな笑顔でそう口にした。
けれど、アシュヴィン様の顔はどこかで引き攣っているような……??
「それにしても……そうか。そっちだったのか」
「お兄様?」
お兄様が私とアシュヴィン様を交互に見ながら、うんうんと頷きながら言った。
そっち?
「どっちが主人公──ヒロインなのかとずっと思っていたけど、ルファナの方だったのか……」
「?」
「ここは、あの乙女ゲームを元にした小説の世界だったんだなぁ……」
「……??」
「ま、凄い人気だったもんな……悪役令嬢・ルファナが主人公の話。内容も色々と改変されててさ……ったく、本当に皆、悪役令嬢が好きだよなぁ……」
「??」
お兄様が独り言をブツブツ呟いているけれど全く意味が分からない。
そう思っていたら隣のリオーナが大きく反応した。
その顔と目は驚きでいっぱいだった。
「…………っ!! お、お、お兄様!!」
「お? どうした? 可愛いリオーナ!」
「いやいやいや、今は可愛いとかそんなもんいらんわ! いいから説明、今の話の説明をして!!」
「く、苦しいぞ、リオーナ……お兄ちゃんを殺す気か……?」
リオーナが、まるでお兄様の首を絞めるかのような勢いでしがみついた。
かなり興奮しているせいか、口調がすごく乱れているわ……大丈夫かしら?
まぁ、私には何がなんだかよく分からないけれど、どうやら二人には積もる話がありそうだ。
(あ……! それなら!)
「……アシュヴィン様」
「うん?」
「私の部屋に行きましょう!」
「…………えっ!?」
アシュヴィン様が一瞬で真っ赤になる。なぜ?
お兄様とリオーナは積もる話がありそうだったから二人きりになりたいな~って提案しただけだったのに?
「……何で赤くなるんです?」
「だ、だ、だって……ルファナの部屋……だぞ!?」
「そうですけど?」
「……くっ! この天然小悪魔め!」
「?」
「……くっ! その顔が可愛い!」
アシュヴィン様も何を言いたいのかよく分からなかった。
リオーナとお兄様の話がなかなか終わらなかったので、結局、私とアシュヴィン様は私の部屋にやって来た。
「どうぞー……ってアシュヴィン様?」
「…………」
何故か無言になってしまったのだけど……どうして?
「あ、あぁ、すまない。何かもう全部がルファナって感じが伝わって来て……言葉が出なかった」
「大袈裟ですねぇ」
クスクスと私が笑ったらアシュヴィン様はちょっと拗ねた顔をしながら私を抱きしめる。
「家に入るだけでも恐れ多いのに好きな人の部屋は更に特別なんだよ」
そんなことを言いながら私を抱きしめる腕には更に力が入った。
(そういうものなのね……──ん?)
「……ねぇねぇ、アシュヴィン様」
「どうした?」
「婚約を結んだ後、アシュヴィン様が我が家を訪ねて来ることが全くと言うほど無かったのって……まさか」
「ああ……ルファナの家だと思うと俺なんかが足を踏み入れていいのか分からず、恐れ多くてなかなか訪ねられなかっただけだ!」
人の家を聖域みたいに言っている……
(この人は本当に……)
素っ気無いのも家に訪ねて来てくれないのも、全部全部嫌われているから……なんてこっちはずっと勘違いしていたというのに……もう!!
蓋を開けてみれば全部、勘違い!
「アシュヴィン様!」
「?」
私は背伸びをして、アシュヴィン様の首に腕を回す。
そして、自分からアシュヴィン様の唇にチュッとキスをした。
「ル、ルファナ!? う、嬉しいが…………こ、ここではマズイ!」
「どうしてです?」
「……ディビッド殿に殺される……」
「お兄様に?」
私は首を傾げる。
なんということ! お兄様のことだからきっと何やら面倒なことを言い出していたに違いないわ。
「さっき言われたんだよ。結婚するまでルファナに手を出すな……と」
「あぁ、もう……お兄様ったら! え? でもアシュヴィン様……それ守れるの?」
「ぐっ!」
アシュヴィン様の目が泳ぐ。ふふ、なんて分かりやすいの。
思わず笑ってしまう。
「…………無理、だな」
「ふふふ」
「笑うな!」
「だって!」
私たちは顔を見合わせて笑い合う。
「──ははは、幸せだな。ルファナ……君を愛しているよ」
「アシュヴィン様?」
そう言って、さっそくお兄様の言いつけを破ったアシュヴィン様が、そっと私にキスをした。
「気持ちを口に出して言えるって……幸せなことだったんだなぁ……」
「……そうですね」
「しかし、結局、何だったんだろうな、あの呪い」
「そうですね、んー、試練……とかでしょうか?」
「試練?」
だって、あの呪いはそれぞれの婚約者との関係にヒビを入れながらも、それを乗り越え最後は元に戻り、むしろ互いの絆を強くしてくれた……そんな気がする。
「アシュヴィン様」
「うん?」
「また、変な呪いにかかったら、その時は隠さずに教えて下さいね!」
「へ?」
アシュヴィン様が、ちょっと間抜けな顔をして聞き返すものだから、私は可笑しくなってしまって満面の笑みで答える。
「その時は、何度だって私があなたの呪いを解いてみせます!」
「ははは、頼もしいなぁ」
「でしょう? 私の愛は最強ですよ!!」
「違いない。まぁ、俺も負けてないけど」
そう言ってもう一度、アシュヴィン様の顔が近づいて来たので私はそっと瞳を閉じてその熱を受け入れた。
──やっぱり、幸せの味がする……
ある日、おかしな発言をするようになった妹に、私はたくさんたくさん引っ掻き回された。
でも、すれ違いそうになっていた大好きな人とこうして笑い合えるようになった……
(自称“ヒロイン”の存在も悪い事ばかりでは無かったかも……“悪役令嬢”とやらはよく分からなかったけれど)
リオーナのことをそんな風に思いつつ私はこの先の事を思う。
────呪いも吹き飛ばした大好きなアシュヴィン様と歩むこの先の未来はきっと明るい!
~完~
ここまで、お読み下さりありがとうございました。
これで完結です。
最後の最後に登場した、ぽっと出の兄(転生者)が明かしたように、
実はこの世界は……
そして、本当のヒロインは……
というお話でした。
そりゃ、妹の思う通りにいくはずがありません。
どうやら、自称“ヒロイン”の妹はスピンオフの存在を知らなかったようです。
この話は元々2021年の10月に他サイト様に投稿開始しておりまして、初期の頃の作品です。
そのため今回の転載にあたり、かなりあちこち修正を加えました。
時間が経つと書き方も変わるのだなぁと実感しました。
最後までお読み下さりありがとうございました。
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本当にありがとうございました。