14. 妹は本当に“ヒロイン”なのかしら?
「ルファナ、すまない」
「?」
お父様が突然謝って来た。
特に謝られるようなことをされた覚えもないので意味が分からない。
むしろ、嫌な予感しかしない。
「お父様? 何かあったのですか?」
「……」
どうしたのかしら?
お父様は何か言いたいけれど言いたくない……そんな顔をしている。
「お父様?」
「すまない。実はさっきリオーナが……」
「リオーナが?」
その名前を出されるだけで、ろくな話では無いことが分かる。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ルファナの婚約を解消して……代わりに自分がアシュヴィン殿と婚約したいと言い出した」
「…………は?」
あはは、嫌だわ、私ったら疲れてるのかしら?? 聞き間違いよね?
リオーナが婚約者の交代を申し出た、なんて!
「お父様、こんな所で冗談を言っている場合ではないですよ?」
「冗談ではない。リオーナは本気だ」
「……え?」
私の笑顔が固まる。冗談……ではないの?
「お前が少し前に訴えて来たことは本当だったのだな。すまなかった」
「……」
確かにあの時は簡単に流された……お姉さんなんだから我慢しなさい、と。
「……それよりもお父様。お父様はリオーナの言うことを……まさか聞いたりは……していないですよね?」
いくら何でも、勝手に婚約者交代を決めて手続き進めたりしていないわよね?
私の意思確認もなくそんな勝手な事をしないわよね……?
お父様はため息と共に言った。
「さすがに、ルファナの意思も聞かずに勝手には決められんよ……」
「!」
良かった!
お父様の事だからリオーナを甘やかして言うことを聞いてしまったかと思ったわ!
と、喜んだのも束の間。
お父様は困った顔で言いにくそうに口を開いた。
「だが、ルファナ。この際だ……リオーナがあれだけ言うのだ。アシュヴィン殿との婚約の件、考え直してみるのはどうだろう?」
「は、い?」
一気に地獄に突き落とされたような気分になった。
「やだ、お父様。ちょっと待って? 何を言っているの?」
「本ばかり読んで可愛らしい趣味の一つも持たないルファナの嫁ぎ先が心配でグスタフ侯爵家との話はルファナに持っていったが……根気よく探せばお前でも構わないという人もいるはずだ」
「え……だからって……」
冷たい汗が背中を流れる。
本来に本当にお父様は何を言っているの?
「幸い婚約時にグスタフ侯爵家はお前たちのうち、どちらでも良いと言っていた」
「!!」
お父様のその言葉に目の前が真っ暗になった。
(駄目……しっかりしなくちゃ!)
今ここで反論しなかったらお父様は本当に婚約解消に動き出してしまう!
震える身体と足を叱咤して私はお父様の目をしっかり見つめた。
「リオーナが望んだからと言うだけで婚約者を交代させようとする意味が分かりません!」
「そこは悩んだよ。だがな、リオーナも言っていたが……お前とアシュヴィン殿はあまり会話も弾まずギクシャクしているばかりではないか」
「……そ、それは!」
お父様は嫌な所を突いてくる。
「いくら政略結婚で仕方無いとは言え、そんなの互いに不幸なだけだろう? だったら、社交的で明るいリオーナとの方が上手くいく可能性が高そうではないか。そう思わんか?」
「思いません!」
私は間髪入れずに答えた。
私の方がアシュヴィン様と上手くやれる……!
そんな傲慢な事は思っていない。それでも、嫌だ……リオーナに婚約者の座を譲るのだけは嫌なの!
(だって、あの子は本当のアシュヴィン様を見ていない気がするんだもの)
「お父様、確かに私とアシュヴィン様は上手くいっていると言えない時もありました。ですが今、私達は互いに歩み寄っている所なのです」
あんなにも急に素っ気無くなったから、嫌われしまったのだとばかり思っていた。
でも、違う。
きっとアシュヴィン様はちょっと不器用なだけなの。
(誤解した時もあったけど、私はもう間違えない!)
リオーナの嘘を何一つ信じようとしなかったアシュヴィン様。
それは、ちゃんと私のことを見てくれている証拠だ。
「そうは言ってもな……リオーナはアシュヴィン殿のことが好きなんだそうだぞ」
「──そんなの、私だって! 私だってアシュヴィン様が好きなの……ずっとずっと好きでした」
「なに?」
お父様が驚く。
まさか姉妹揃って? ……とブツブツ呟いている。
「だが……」
「……お父様! お願いです! リオーナの言うことだけを聞いたりしないで!」
「ルファナ……」
「お願いします!!」
私は何度も何度も必死に頭を下げてお願いをした。
(お父様がリオーナに甘いのは知っているわ。でもここは絶対に絶対に引き下がれない……!)
今、引き下がったら婚約者は交代されてしまう!
「…………ルファナ」
お父様が困った様子で私の顔を見ている。
「は、はい!」
「お前の婚約は──……」
◇◇◇
お父様との話を終え、私はとりあえず部屋へと戻る。
(疲れたわ……)
一度部屋に戻って休んで……その後はリオーナと話をしないといけない。
でも、とにかく今は一旦休みたい───
なのに。
運命の神様はどうやら私に手厳しいらしい。
「お・姉・様!」
残念ながら廊下でリオーナが待ち伏せしていた。
「リオーナ……」
「お姉様、おかえりなさい! 待っていたのよ!」
「……」
「大事なお話があるの。あ、それとももう、お父様から聞いているかしら??」
リオーナがふふっと嬉しそうな顔で私に近寄って来る。
この余裕たっぷりの笑みは、全てが自分の思い通りになると思っているから……?
(どちらにせよ、その笑みは腹が立ってくるわね……)
「ねぇ、お姉様。アシュヴィン様の婚約者の座は私が貰うことにしたの。お父様から聞いたかしら?」
「……」
「ちょっと早いけどもう良いわよね? あ、お姉様の新しい婚約者の事は心配しないでても大丈夫よ! 私に来ている縁談をお姉様に回すから」
(良いわけないでしょう!?)
本当に妹の思考が分からない。その縁談だって私ではなく、リオーナに来たものでしょうに。
「早いも遅いもないわよ?」
「どういう事?」
リオーナが怪訝そうな表情を浮かべながら首を傾げる。
「リオーナの思い通りの展開にはならないからよ」
「え? どうして?」
「アシュヴィン様の婚約者の座はリオーナに譲らないからに決まっているでしょう?」
「え? ……だから、どうして!? だって、お父様は検討してみるって……」
「だから、その検討した結果よ?」
「……」
そう。
お父様には婚約者交代を仄めかされたけれど、結果的に思いとどまってくれた。
「嘘よ!」
「嘘ではないわ」
「いいえ、嘘よ!」
必死に叫ぶ妹を見て私は思う。
──ねぇ、リオーナ。
どこか違う世界にいるみたいな様子のあなたも、そろそろ現実に戻って来るべきだと思うのよ。
「そんなのおかしい! だって私は“ヒロイン”なのよ?」
……また、それだ。
リオーナが言葉にするそれすらも私には呪いに思えてくる。
「それなら、リオーナに聞きたいわ」
「?」
「あなたは自分が“ヒロイン”だと、何かある度にそう口にするけど、そんなヒロインのはずのリオーナがこれまで願って来たことは何一つ叶えられていない気がするわよ?」
「そ、それは……」
リオーナの目が泳ぐ。どうやら思う通りになっていない自覚はあったらしい。
だからこそ、私は聞いてみたい。
「ねぇ、リオーナ? あなたって、本当に“ヒロイン”なのかしら?」