13. 呪いを解くためにするべき事
「……殿下!」
殿下との話を終えて、部屋から出ると同時に後ろから声をかけられた。
「プリメーラ?」
王太子殿下が振り返って名前を呼ぶ。
そこに居たのは、プリメーラ・ミーリン公爵令嬢。
王太子殿下の婚約者その人だった。
「姿が見えないと思えば……」
ミーリン公爵令嬢は、チラリと私を見る。
「また、女性を口説いていらしたの?」
「ちょっと待て! 違う。彼女は違う!」
王太子殿下は必死に首を横に振って否定した。
「何処がです? もうこれで何回目ですの? 今回の令嬢は見たところ爵位も低そうなー……」
全く聞く耳を持ってくれなさそうなミーリン公爵令嬢の言葉を遮るようにアシュヴィン様が口を開いた。
「ミーリン公爵令嬢、それは誤解だ」
「誤解ですって?」
ミーリン公爵令嬢が振り返ると同時に何故か私はアシュヴィン様に抱き寄せられた。
「!?」
あまりにも突然で、驚きすぎて私は声が出なかった。
アシュヴィン様ったらいったい何をしているの!?
「彼女は俺の愛………………婚約者だよ」
「え? アシュヴィン様の婚約者?」
ミーリン公爵令嬢は驚きの顔を私に向ける。そして、まじまじと私の顔を見る。
「あぁ、そういえば婚約したという話でしたわね……えっと、確かどこかの男爵令嬢……」
「ル、ルファナ・アドュリアスと申します」
「あぁ、アドュリアス男爵家の令嬢でしたわね。失礼しましたわ。プリメーラ・ミーリンですわ。どうぞ、プリメーラと」
「あ、ありがとうございます」
そんな挨拶を交わしたものの私は未だにアシュヴィン様の腕の中……
このまま挨拶をするのって失礼だと思うのだけれど、とにかくアシュヴィン様が離してくれない!
そんな私(達)を見たプリメーラ様は目をパチクリさせながら隣に立つ王太子殿下に言った。
「……熱々ですわね?」
「だろう? だからこれは君の勘違いだ」
「……申し訳ございませんでしたわ」
プリメーラ様が殿下に頭を下げる。
「いや。そもそもは、私のせいだからな」
「まぁ! ちゃんと自覚はお有りなのですね!? それならばー……」
一瞬だけしおらしくなったプリメーラ様だったけれど、すぐにまた殿下に突っかかっていた。
そんな二人を見てやっぱり思う。
呪いは多くの人を傷付けている。早く解ければいいのに、と。
「また始まったよ……だいたい、この二人はいつもこんな感じなんだ」
「アシュヴィン様……」
それよりもいつまで抱いているのですか??
さすがにだんだん恥ずかしく……なって、くる、わ……
(プリメーラ様にも熱々って言われてしまったし……そんなんじゃないのに)
「……ルファナ」
「!?」
そんなことを考えていたら、何故か更に強く抱き締められた。
どうしてそうなるの!?
混乱する私にアシュヴィン様はどこか真剣な面持ちで言う。
「ルファナ。その顔は……」
「顔、ですか?」
「反則だ」
「……はい? 反則?」
「……」
聞き返したけれど、また黙りだった。なのに離してはくれない。
もう、アシュヴィン様はずるい!! ずる過ぎる!
だけど、恥ずかしくても離れたくないと思っている自分がいるのは確かだった。
「あら? ねぇ、殿下。どうしてちょっと目を離した隙にあの二人、もっと熱々になっているんですの?」
「無意識なんだろう? ……先日の私のパーティーでもお腹いっぱいになった」
「まあ!」
──王太子殿下とプリメーラ様は小さな声でそんな会話を繰り広げていたとか。
アシュヴィン様に翻弄され続けていた私は知らなかったけれど。
◇◇◇
王太子殿下とアシュヴィン様は帰る前に先生に用事があるとかで教員室に行ってしまった。
なので、私はプリメーラ様と共に二人が戻って来るのを待つことになった。
「ルファナ様が羨ましいですわ」
「どうしてですか?」
突然、プリメーラ様が寂しそうな声で私にそう言った。
公爵令嬢が男爵令嬢を羨ましがるなんてなかなかない事態に私は慄く。
「だって、アシュヴィン様と仲良しではありませんか……わたくしなんて……」
「え!」
仲良し? いやいや、プリメーラ様、それは誤解です!
私、ずっと素っ気なくされていた身ですよ!?
そう言いたかったけれど、プリメーラ様は悲しそうに続けた。
「分かっているの……わたくしに魅力が無いから殿下は他の女性を口説くの……政略結婚で決まったわたくしでは駄目なのよ……」
「プリメーラ様……」
遠い目をしながらそう口にするプリメーラ様は今にも泣き出しそうだ。
やっぱり誤解してしまっている。
殿下のアレほ違う。全部、呪いのせいなのに!
(……今なら丁度いいかも!)
「プリメーラ様、もしも、自分の意思とは無関係に勝手に女性を口説いてしまう……という呪いのようなものがある、と言ったら……信じてくれますか?」
「は?」
顔を上げたプリメーラ様が目を丸くして驚いている。
そういう反応になるのは仕方ない。
「何を言っているのです?」
「プリメーラ様、殿下は何度かあなたに言いませんでしたか? 女性を口説くのは自分の意思では無い、と」
「ええ。なんて見苦しい言い訳をなさるのかと思っていましたけど?」
プリメーラ様はその時のことを思い出したのか、少し声が怒っていた。
やっぱりこのままではもっと二人は拗れてしまう……!
「実はそれ、本当に言い訳ではないのです」
「言い訳、ではない?」
「はい」
殿下と殿下の近しい学友の面々に、今、何が起きているのかを私はプリメーラ様に説明をする。
実は、殿下にそれとなく話して貰えたら……と、頼まれていた。殿下は「もう自分では話を聞いてもらえないから」と寂しそうだった。
なので、話の矛先が呪いに関連する話になって助かったわ。
───
「……つまり、あなたの婚約者のアシュヴィン様も何か症状が?」
プリメーラ様の言葉にわたしは頷く。
「みたいです。アシュヴィン様はどんな症状なのかは教えてくれませんが……お辛そうでした」
「クルス様の婚約者であるミーニャが言っていた、クルス様が突然変わられてしまって、酷い暴言を吐かれたから哀しくて叩いてしまった、と泣いていたのは……」
「それも呪いですね……」
クルス様の件はさっき聞かされた。
あれは双方共にショックの大きい呪いだと思う。
「……ルファナ様、あなたはその話を信じているんですの?」
「えぇ、信じています」
「……」
黙り込んだプリメーラ様の心は明らかに揺れていた。
こんなのすぐに信じられる話ではない。
私だって、リオーナからおかしな話を散々聞かされていなければ、あの日、殿下に“呪い”だと打ち明けられても信じる事など出来なかった。
「プリメーラ様、殿下は内密に呪いの解呪方法について調べています。そして、先程私はその手がかりの一つを知らされました」
「解けるんですの!?」
「!?」
プリメーラ様が勢い良く食らいついてくる。
その目は真剣そのもの。
(あぁ、プリメーラ様も殿下の事を想っているのね)
「解呪に必要なのは……愛、なんですって」
「愛? そんなの抽象的過ぎるわ!」
「ですよね、私もそう思います」
さっき、殿下は言っていた。
呪いを解くには女性の愛が必要だと。
そしてー………
──────
───……
「そうか。そしてその肝心の“女性”なのだが……」
(リオーナ……解けるのはたった一人の女性だけ! なんて言わないわよね?)
そんな思いで私は殿下の言葉の続きを待った。
「単純に考えれば、各々の婚約者が適任だとは思う」
「!」
「だが、アシュヴィンはともかく、私達の今の婚約者との関係を思うと……」
「……」
殿下が悔しそうにそう言った。
そうだった。皆、呪いのせいでそれぞれの婚約者との関係にはヒビが……
「……果たして今の状態で彼女たちに話しても信じてもらえるかどうか」
だが、話してみるしかない……殿下は悔しそうな顔でそう言った。
───……
──────
「プリメーラ様。まだ確実な方法は分かりません。それでも、私はアシュヴィン様の呪いを解くのは私でありたいです」
「ルファナ様……」
私はリオーナには絶対に譲りたくないし、お願いもしたくない。
それと、
どうやらこの呪いは、遠い過去にも似たような事が起きていたらしく、なんとその時の記録が見つかったらしい。
ただ、残念ながら記録には……解呪に必要なのは“愛”であるとだけ記され、詳しい方法は載っていなかったという。
だって、殿下はこうも言っていた。
─────……
「だが、過去の記録ではこういった類の呪いの事が明らかになると、“解呪出来る方法を知っています”と、言い出す女性が現れたそうだ」
それは、呪われた人達の婚約者でも何でもない女性だったらしい。
(それって、まさに今のリオーナのと同じではないの!?)
その事実に私は慄いた。
けれど、殿下ははっきりとした口調でこう言った。
「私は正直、そんな胡散臭いことを言い出す女性に頼みたいとは思わない!」
胡散臭いには同意する気持ちしかない。
だからこそ何としても婚約者との関係を改善したいのだ、と殿下は強く言った。
─────……
「……ルファナ様」
「はい」
「私、しっかり殿下と話をしてみますわ」
「……!」
「あと、ミーニャにも話をしなくてはね」
そう話すプリメーラ様を見て、
あぁ、これなら本当にリオーナに頼らなくても大丈夫かもしれない。
そう思った。
◇◇◇
「ルファナ……それじゃ」
「アシュヴィン様、ありがとうございました」
「いや……」
アシュヴィン様はリオーナに言ったようにきちんと私を屋敷まで送ってくれた。
馬車の中でも散々目は逸らされたけれど、それでもそのことが前より気にならなくなったのは……アシュヴィン様のことが前より理解出来るようになったからかもしれない。
そうして別れの挨拶を終えアシュヴィン様を見送った私は屋敷の中に入る。
「あぁ、ルファナ……おかえり」
「お父様?」
帰宅すると直ぐに玄関口に何故かお父様が現れた。
そして、お父様の顔色が良くない。
(……ん? 何だかお父様の様子が変だわ……)
「……ルファナ、すまない。ちょっといいか?」
「?」
「お前に話がある」
どうしてかしら。とてもとても嫌な予感がした。