12. 妹の思う通りにはいきません!
「アシュヴィン様、聞いて下さい! 私はいつもお姉様に……」
声をかけられたリオーナが、アシュヴィン様をうるうるした目で見つめた。
だけど実際、そのリオーナの目の奥は明らかな期待で溢れている。
(あぁ、あの子の考えている事が手に取る様に分かるわ……)
あれはアシュヴィン様が同情してくれるのを待っている。
あわよくば、この場でアシュヴィン様が私の事を“なんて酷い姉なんだ!”と罵るのを期待している。
「リオーナ嬢……君は妹なのに姉のルファナのことを全く分かっていないのだな」
「え!」
(ん? アシュヴィン様……?)
リオーナの目が驚きでいっぱいに開かれる。
アシュヴィン様は驚くリオーナの様子にはお構い無しとばかりに続けた。
「なぜ分からない? ルファナは、いつだって君のことを思って言っているに決まっているだろう?」
「え? ど、どうして、ですか?」
アシュヴィン様にどういうことかと聞き直すリオーナの顔が盛大に引き攣っている。
「どうして? 当然だ。ルファナはこんなにも、可愛……コホンッ……優……愛………………とにかく、君の誤解だ!」
「え? 何を言っているのか分かりません!」
「……ぐっ」
アシュヴィン様の語る理由がモニョモニョしていたせいで、リオーナが心底意味が分からないという表情でアシュヴィン様を見る。
アシュヴィン様自身も渋い顔をしていたし、確かに後半はなんて言いたかったのかよく分からなかった。
けれど、それでもリオーナは諦められないらしい。
気を取り直したようにアシュヴィン様に向かって、またうるうるの瞳で立ち向かった。
「誤解だなんて酷いです、アシュヴィン様! お姉様は本当にいつも私を……私のことを!」
「いやそれは無い。君はどうも放っておくと突拍子も無いことをしでかす様子だからな。ルファナの注意だってそれはそれは熱が入るだろう」
アシュヴィン様はうんうんと頷きながらそんなことを言った。
「……えっと、と、突拍子も無い? それは……どういうこと、ですか?」
「何やら奇っ怪な行動を取っていたのも見かけたし、パーティーの直談判の件だってそうだ。言い方は悪いがまともな令嬢ならあんな事はしないだろう」
「っ! そ、そんな!」
リオーナが見るからに分かりやすく狼狽え始めた。
これはアシュヴィン様の反応が思っていたのとあまりにも違っていたからだと思う。
残念ながら、リオーナが狙っていた“同情”はむしろ私に対して向けられていた。
そんなアシュヴィン様は最後に念を押すように言う。
「そういうわけでリオーナ嬢。申し訳ないが俺達は今、行かなくてはならない所があるので君の話に付き合っている時間は無い」
「待って下さい、アシュヴィン様! ど、どうして……お姉様を庇うのですか?」
リオーナは諦められなかったのかアシュヴィン様に尚も食いさがろうとする。
そして無言で何かを訴えるかのようにアシュヴィン様をじっと見つめた。
「…………」
「庇う? 君が何を言っているのか分からない。俺は本当のことを言っているだけだが?」
そんなリオーナの視線を受け止めたアシュヴィン様は首を横に振りながらそう言った。
「──そ、そんな! 嘘でしょう!? ……どうして? どうして伝わらないの!?」
すると、突然リオーナの顔は真っ青になり震えながらそう叫んだ。
(伝わらないとは? 何のこと?)
私には意味が分からなかった。
「何の話だ?」
これにはアシュヴィン様も私と同じことを思ったのか怪訝そうにリオーナに聞き返す。
「で、ですから! わ、私の目を見て下さいアシュヴィン様!! ほら……ね? 分かりますよね? 私だけ……私だけがあなたを──」
「……」
「……」
「……?」
リオーナが無言で何かを必死で訴えるけれどアシュヴィン様はますます顔を顰めるだけだった。
(リオーナは無言で何を訴えているの……?)
「はぁ……本当に意味が分からないな。もうこれ以上は付き合っていられない。失礼するよ。君は大人しく先に帰ると良い。お姉さんはちゃんと俺が家まで送るから。さぁ、ルファナ行こう」
リオーナのしたいことが分からなかったアシュヴィン様がため息をつきながらリオーナを突き放す。
「そ、そんな……どういうこと? こんなはずじゃ……おかしい、こんなの嘘よ……!」
リオーナは顔が真っ青なままブツブツとそんな事を呟いていた。
私はこのまま放っておいていいものなのか分からず、何となくリオーナから目が離せない。
「……ルファナ。妹が心配なのは分かるが今は時間が無い。そろそろ行こう」
「は、はい……」
(そうよね……今は殿下をお待たせしてしまっているもの)
私とアシュヴィン様は呆然と立ち尽くすリオーナを置いて殿下の元へと向かうことにした。
私たちの姿がそこから見えなくなるまでリオーナはずっとブツブツと何かを言っていた。
────
「……」
「……」
何となく互いに言葉を発せずに黙々と歩く。
そんな沈黙を破ったのは意外にもアシュヴィン様の方だった。
「薄々感じていたが……君の妹はちょっと……いやかなり変わっているな」
「も、申し訳ございません!」
私が謝るとアシュヴィン様は不思議そうに首を傾げる。
「ルファナが謝ることではないだろう? しかし、さっきのあれは分からない。何故、わざわざあんな風にルファナを意図的に陥れる必要があったのだろうか」
「あ……」
アシュヴィン様は、リオーナがわざと言ったのだということも含めてちゃんと全部分かっている……そう思えるようなことを口にした。
──まさか、私を“悪役令嬢”にしたかったから、とは言えない。
これは、このままリオーナの奇行として片付けられそうだ。
それよりも、私が気になっているのは──
「あの! アシュヴィン様は、その……リオーナの言葉を信じなかったのですか? ……わ、私が妹を虐める酷い姉……なのだと」
「……」
アシュヴィン様が黙り込む。
え! ここで黙ってしまうの?
そう思ったらアシュヴィン様がそっと私の手を取りギュッと握った。
(……えっ!!)
「ルファナはそんなことをしない」
「!」
それだけ言うとアシュヴィン様は思いっ切り私から顔を逸らした。
そんな彼の頬がほんのり赤く見えるのは…………気のせい?
(私の願望……かしらね)
「…………」
「アシュヴィン、様」
「…………」
言葉もそれだけだし、顔も逸らされてしまったけれど、繋いでいる手の温もりはとてもあたたかくて、アシュヴィン様の気持ちが伝わって来る気がした。
───あぁ、アシュヴィン様はちゃんと私を信じてくれている。
そして、言葉にしなくても伝わって来る気持ちってあるのね、そう思った。
「アシュヴィン様、ありがとうございます」
心がポカポカして嬉しくなった私はそっとアシュヴィン様に向かって微笑んだ。
「……っ!」
(ふふ)
アシュヴィン様は変わらず無言で顔を逸らしたままだったけれど、そんなことは今はもうちっとも気にならなかった。
だって、アシュヴィン様は繋いだ手を決して離そうとはしなかったから。
◇◇◇
「え!? 呪いを解けるのは女性だけ、ですか?」
「あぁ、調べさせた所によるとこういった類の呪いやまじないを解くには、異性の“愛の力”が必要らしい」
「愛の力!」
王太子殿下の元を訪ねたところ、殿下からの話というのは当然だけど呪いに関する話で……
そこで私がリオーナとの会話から思ったことと同じことを言われた。
「ん? ……その驚き方は、呪いを解く方法があったことに対する驚きではないな。ルファナ嬢、まさか君も同じことを思っていたのか?」
「は、はい。私も同じようなことをお伝えしようと思っていました!」
王太子殿下は流石というか鋭い。私の些細な反応を簡単に見破った。
「そうか。そしてその肝心の“女性”なのだが……」
「……」
──“呪い”を解けるのは私だけ。
リオーナのその言葉を思い出す。
(やっぱり、それはリオーナだけなのかしら?)
そう思ってしまうけれど、私の仮説みたいに“呪われている人が愛する人”という可能性もきっとあるはず……
そう思いながらも、何度も聞いたリオーナの言葉は私の頭の中からなかなか消えてくれなくて少し困った。