11. 妹は、私を“悪役令嬢”にしたいらしい
「無いわ。前にも言ったように“呪い”を解けるのは私だけ」
リオーナは私に向かってはっきりとそう言った。
(あぁ、やっぱり駄目かぁ……そうよね)
リオーナのこの言葉を受けて私はショックを受けたフリをした。
これまでのリオーナの様子から、そう言われるのは分かっていた。
むしろ、予想通りの答えすぎて清々しい。
(それでも何か手掛かりとなる事を語ってくれれば……そう思ったけれど、やっぱりいつ聞いても答えは変わらないものなのね)
リオーナの事だから、こうして私が焦って必死な様子を見せれば、本来なら言うつもりの無かったことまで、ついついペロッと口にするかもと期待してみたけれど、案外強情だった。
以前のあの子なら、私が少しでも弱みを見せるとこんな時は得意そうな顔をして、何でも喋ってくれたのに……やっぱり性格も変わってしまったのかも。
「……」
リオーナの語る事が真実かどうかは分からないけれど、何か新しいことを語ってくれれば呪いを解く為に試してみる価値はあるかもしれない!
だからこの際、知っている事は洗いざらい吐いてもらおうー……
そう意気込んでの突撃だったのだけど。
殿下も詳しい人に調べさせていると言っていた。
これ以上の新しい情報も無さそうだし……もう、ここまでにして、リオーナには頼らずに呪いを解く方法を探した方が賢明だわ。
答えが変わらないのなら、もうリオーナに用は無い──
そう思って下がろうとした所に、リオーナが続けてどこか嬉しそうな声で言う。
「ねぇ、お姉様……そんなにアシュヴィン様の呪いを解きたいのなら簡単な方法があるじゃない」
「……リオーナ?」
私が怪訝そうな顔を向けるとリオーナはニッコリ微笑んだ。
「アシュヴィン様の婚約者の座を私と交代すれば良いのよ。それで私がアシュヴィン様と仲を深めて恋に落ちれば呪いは解けるわ」
「……っ」
本当にこの子はっ!
思わず叫びそうになった。結局そうなるらしい。
そんなリオーナは私の内心も知らずに更に続ける。
「どうやら、お姉様は呪いを解く方法を知りたいみたいだけれど、私にしか解けないのだから方法を知ってもしょうがないでしょう?」
「……」
「そもそも彼に愛されることが前提条件なんだから。愛されていないお姉様には無理だわ」
「……」
ここまで聞いてふと思った。
リオーナは、一貫してずっとブレることも無く自分と恋に落ちて……とか愛されて……と言い続けている。
詳しい方法はともかくとして、鍵となるのは……愛?
だって今、彼に愛される事が前提条件だと言っていたわ。
アシュヴィン様がリオーナの事を愛しているなら、呪いはリオーナにしか解けないでしょうけど、リオーナの事を愛さなかったら……どうなるの?
そんなリオーナは何故かアシュヴィン様に愛される気満々だけれども。
呪いを解ける人間って本当は“リオーナ”ではなく、呪われた人が愛している人こそ解く事が出来るのでは……?
そう思った。
これはあくまでも仮説に過ぎないけれど、こうなるとやっぱり具体的な方法が知りたかったと思う。
(でも、これ以上は時間の無駄ね。リオーナは話す気は無さそうだもの)
「……リオーナ。あなたに何を言われても婚約者の交代はしないわ」
「え? あら、そうなの? 残念だわお姉様……」
リオーナが驚いた顔をする。どうして驚くの。
「……部屋に戻るわね、お邪魔したわ」
私はそれだけ言って今度こそリオーナの部屋から出て行った。
「ふぅ、残念ね…………お姉様がそう思っていても待ってる未来はどうせ婚約破棄なのに」
──私が部屋を出て扉を閉める瞬間、
小さな声でリオーナがそう呟いていたことを私は知らない。
◇◇◇
「……ルファナ」
翌日の放課後、いつものように図書室で過ごしていたらアシュヴィン様がやって来た。
「アシュヴィン様? どうかしましたか?」
「……」
あら? ここで、黙ってしまうの?
(そう言えば呪いの事で頭がいっぱいで、何故アシュヴィン様が私に素っ気無いのかは謎のままだったわ)
嫌われているわけではない、と思うようになった。
こうして名前で呼んでくれるようにもなったし、何となく少しずつ歩み寄ろうという姿勢を感じるようにもなった。
「……殿下が話しておきたい事がある……と」
「え?」
「だから今から一緒に来てくれないか?」
「は、はい。分かりました」
これは丁度いい。私もリオーナと話して思った事を伝えておきたかった。
(リオーナについてどう説明するかは悩むところだけれど……)
私はそんな事を考えながら、読みかけの本と課題を慌ててしまってアシュヴィン様と図書室を出た。
───
「……すまない。また、勉強の邪魔をした」
「え!」
これは何という進歩なのかしら! アシュヴィン様から雑談とはいえ話しかけてきた!
私は感動した。些細な事だけどやっぱり嬉しい。
「……それなのですが、アシュヴィン様は私がよく図書室で勉強していることをご存知だったのですか?」
「…………え?」
アシュヴィン様の表情が驚きと共に固まった。
そんなに変な事を聞いたかしら?
「…………ま、まぁ。そうだ、な。うん。前に見かけたことが…………あったから」
「そうだったのですね」
いつからかは知らないけれど、やっぱり知っていてくれたんだわ。
私がそうほっこりした気持ちを抱いた時、後ろから声をかけられた。
「お姉様!」
ビクッ
思わずその声に身体が跳ねた。
間違いない。この声はリオーナの声……
(何でこんな時に……)
よりにもよってアシュヴィン様といる時に? と思わずにはいられない。
「お姉様、勉強はどうされたのです? まだ帰るには早い時間だわー……って、あら? アシュヴィン様!」
私に近付いてきたリオーナが、横にいたアシュヴィン様を見て驚きの声をあげる。
どことなく嬉しそうに。
「……」
「……あ、大変失礼しました。まさか、二人が一緒だとは思わず……つい驚いてしまいました」
「リオー……」
アシュヴィン様の無言の視線を受けてリオーナが慌てて謝罪する。
あと謝るなら先日の無礼も謝るべきだと私が口を開きかけた時、リオーナは続けてとんでもない事を言った。
「ねぇ、お姉様? 二人でこれからどこかへ行かれるの? 私も一緒についていっては駄目かしら?」
「!?」
「は?」
また……突然、何を言い出したの、この子は……!
「リオーナ、申し訳ないけどそれは出来ないわ」
「え? 駄目なの?」
リオーナは何故? と首を傾げる。
何故と言いたいのは私の方。それに今日に限ってどうしたというの?
私はため息と共に言う。
「リオーナ。無理よ……分かって頂戴」
「……」
リオーナは黙り込んだ後、涙目で私を睨んで言った。
「……酷いわ!! お姉様はいつもそう! 頭ごなしにあれもダメこれもダメ……そんなに私の事が嫌いなの?」
「へ?」
───嫌い? 何ですって!?
「確かに急なお願いした私が悪かったけど、それでも! もっと優しい言い方をしてくれてもいいと思うの。私がいつもどれだけ傷ついているのかお姉様はご存知!?」
「ちょっと……リオーナ何を言って……?」
どうしたというの? また、リオーナがおかしな事を言い出した……!
「お姉様は冷たい人よ!! そうやって、いつも私を虐げて楽しんでいるのよ……」
そう叫ぶリオーナの視線は何故かアシュヴィン様に向かっていて、私の頭の中は混乱した。
(リオーナがおかしい!)
リオーナの言い方はまるで、わざと私を陥れるような事を言い出したみたいに聞こえる。
だけど、そこでリオーナが前に言っていた言葉を思い出す。
──嫉妬したお姉様は私を虐めるの。
──それが“悪役令嬢”の役目なのよ。でも、お姉様もそんな事をするのは疲れると思うし、面倒でしょう? だから、さっきも言ったけれどこうして先に話して、お姉様にはさっさとアシュヴィン様を諦めてもらおうと思ったのよ!
「!!」
これは、リオーナの言う“悪役令嬢”とやらに私を仕立てあげようとしているのでは?
きっと私が昨日の話に乗らずにアシュヴィン様を諦めようとしなかったから。
アシュヴィン様のいる前で、私が如何に酷い姉かどうかをわざと聞かせて……彼に私への不信感を持たせようとしている?
私はそう考えた。
その証拠にリオーナは泣いているように見えるけれど、よく見ればその目からは一滴の涙も出ていない。
これはもう完全に泣き真似だ。
(アシュヴィン様……)
私はチラリとアシュヴィン様の顔を見る。
アシュヴィン様は、リオーナが現れた時からずっと言葉を発しておらずなぜか沈黙していた。
「……リオーナ嬢」
そして、その沈黙を破るかのようにアシュヴィン様がリオーナをじっと見つめながら口を開いた。




